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「1万年でしょうか?」 「お萌はちょっと黙ってようか?」

 評定所は広い畳の部屋で、一画に一段高い場所があった。

 おれはそこに座らされた。背後にお萌とルエルが控える。

 目の前には角張った姿勢の武士が4人。

 そのうち3人が初老の武士で、いかにも百戦錬磨といった面持ち。

 1人だけ若いが、こちらも切れ者のような顔つきだ。


 この人たちが徳川四天王。

 初老の武士は本多忠勝・榊原康政・井伊直政で、若い武士が酒井家次だ。

 彼らの背後にも数人の武士がいて、文机の前で記録を取っている者もいた。

「殿。このたびはまことにめでたく存じます。今後、家康公としてご精進のほどを」

 本田忠勝が平伏し、他の武士たちもそれに倣う。「めでたい」と言われてもうれしくもなんともない。しかし礼を言う気にもなれないので、軽くうなずくだけにとどめた。

「さて、このたびの評定の議ですが」

「聞きましたよ。石田三成の件ですよね」

 おれが応じると、お萌が耳元に口を寄せて囁いた。

「殿。主君にふさわしい話し方を」

「あ、そうなの?」

「はい」

「石田三成の件だよね。お萌に聞いた」

 タメ口に切り替えたが、四天王は気分を害した風でもなく、そのまま会話は続いた。

「はい。これより先の時代から来られた殿であれば、徳川家の行く末もご存じのはず」

「うん、知ってる」

 おれがうなずくと、一同から「おう」というどよめきが生じた。

「して、わが徳川家は……」

「勝つよ」

「なんと!」

「むう!」

「したり!」

「よし!」

 四天王はそれぞれに反応を示す。

 しかしおれは彼らの喜びに水を差す言葉を投げかける。

「とは言ってもギリだけど」

「ギリ? 義理で勝つとはどういうことでござるか?」

「辛勝。勝つには勝つけど、かろうじて。負けてもおかしくない……というか、ほぼ負けそうになってた」

「なんですと!」

 四天王たちが目を剝く。


 さて、ここからが交渉だ。

 相手にまず魅力的なメリットを提示する。次に、しかしそれは確定しているものではないことを伝える。すると相手は、そのメリットを確実に手に入れるためにはなにをすればいいかを知りたがる。そこで条件を提示して飲み込ませる。交渉の基本だ。

「ほぼ負けかけていたけど、あることがきっかけで形勢が逆転して徳川家率いる東軍が勝利を収めることになる」

 おれは言った。そして畳みかけるようにさらに言った。

「そのあることを知らないと戦には負けることになる。そこでだ」

「むむ?」

「一つ頼みがある」

「頼みとは?」

「おれを元の世界に戻してほしい。それを約束してくれるなら、どんな方法で戦に勝ったのかを教える」


 評定所は静まり返った。

 四天王の顔は凄まじいものになった。背後でお萌とルエルが息を飲んだのが分かった。

 おれは脇の下に冷たい汗をかいていたが、目を伏せることなく四天王たちを見返す。

 彼らの怒りを買って刀を抜かれたりしたらイヤだなと思ったが、しかしおれの持つ情報は重要この上ないものだ。提示した条件を受け入れないはずはない。

 彼らが欲しいのはおれの持つ情報であり、徳川家康の身代わりではない。

 おれを元の世界に戻したとしても、次の家康をたてればいいだけの話だ。


「殿」

 本多忠勝が押し殺した声で言う。

「殿は徳川家のことをなんと心得る」

「立派な武家だと思うよ」

「ではなぜ、そのような、」

「おれはね」と本多の発言を遮る。「平和な世の中に生きていたんだ。戦がなく、誰もが安心して暮らせる世の中に生まれて育ってきた」

「だからと言って」

「その世の中を作ったのは誰だと思う? 徳川家だよ」

「なんと!」

「今回の戦は後の世に、こう呼ばれるようになる。関ヶ原の合戦」

「関ヶ原の……合戦」

「こんな言い方もされるよ。天下分け目の関ヶ原。これは諺になったね」

「諺でござるか」

「うん。それほど日本の歴史にとって意味のある戦になるってこと。で、この戦に勝った者が天下を取るんだけど、それが徳川家ね」

「ではなおさら、勝つための方策を」

 ずいずいと四天王が膝ですり寄ってくる。おれは彼らを手で制す。

「天下をとった徳川家は、その後、長い歳月にわたってこの国を治める。さて、ここでクイズ」

「くいず?」

「ここで問題」

「なんの問題が起こるというのでござる?」

「……えーと、いまのはナシで」とおれは改める。「長く天下を治めることになるんだけどさ、どれくらいの期間だと思う?」

「ふむ」

「うむ」

「はて」

「さて」

 四天王が顔を見合わせる。やがて本多が言った。

「50年ほどでござるか?」

「違うね。もっと長い」

 今度は榊原が言った。

「……100年でござるか?」

「まだまだ」

 おれが首を振ると榊原は「なんと!」とのけぞり、次に井伊が言った。

「で、では150年」

「欲がないね」

 おれが言うと、口を開きかけていた酒井が「ふむ」と考え直す。

 そのタイミングを逃さず、お萌が言った。

「1万年でしょうか?」

「お萌はちょっと黙ってようか?」

「2万年だろ!」

 今度はルエルが言う。

「ルエルも黙ってて」

「むう」


 やがて酒井が口を開く。

「足利尊氏公が興した室町幕府は200年の長きにわたりました。それより長いとなると前代未聞のこととなりますが」

 四天王の中で一番若いだけあって、そんなアプローチをしてきた。あまりもったいぶっても申し訳ないのでおれは答を口にする。

「足利以上だよ。およそ300年」

「ささ、300年!」

「で、話を戻すとね。その300年の長きにわたって徳川家はこの国を治め、コツコツと天下泰平の世の中を作り上げたんだ。その間、大きな戦は起きていないし、新たに天下を狙う者も出てこなかった。農民も職人も商人もみーんな安心して暮らせる世の中になった。その平和な世の中はおれの生まれた時代にも引き継がれている。その礎を築いたのが徳川家であり、特に徳川幕府を開くにあたって力を尽くしたあなたたち四天王のおかげと言っていい」

「徳川幕府……」

 四天王が「ぱああ」という顔になる。「徳川幕府」という言葉は彼らにとって魅力的な響きなんだろう。

 では、ここでもう一押し。

「本多忠勝」

「はっ」

「榊原康政」

「はっ」

「井伊直政」

「ははっ」

「酒井家次」

「ははっ」

「あなたたち4人の名前は歴史に残っています。徳川家を支え、徳川幕府を開いた功労者として。世にも類い希なる忠臣として」

 おれの言葉に本多が腕に目を押しつけ「くくく……」と泣き出した。

 それにつられて他の3人も目をうるうるさせている。

 ちょっとやり過ぎたかな。しかしこれも元の世界に戻るためだ。

「おれはあなたたちが礎を築いた平和な世の中に生まれた。すべて、あなたたちのおかげです。とても感謝しています。その感謝の気持ちとして、あなたたちの天下取りに協力したい。徳川幕府が開けるよう力になりたい。だけど、おれの気持ちも分かってほしい。あなたたちが作った平和な時代に戻りたい。どうか、頼みます」

 おれは頭を下げる。

「殿!」

「殿!」

「殿!」

「殿!」

 と四天王が言い、他の武士たちも目頭を押さえていた。

「イエヤス!」

「殿!」

 背後からルエルとお萌が抱きついてきた。


 感動の一場面。

 ……なのかも知れないが。

 なぜかこの時、おれは妙な胸騒ぎを覚えていたのだった。

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