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そこには布団が並べられていた。斬新な形で。

 さすが武家屋敷と言うべきか、服部邸には檜造りの立派な風呂が用意されていた。

 戦略会議のたと、おれはお萌とルエルの三人でその檜風呂に入ることにした。

 伊賀の掟だから仕方がない。


 おれたちは全員、この家に泊めてもらうことになっていた。

 半蔵さんの許可を得ずに勝手にそんなことをして大丈夫なのかとお萌に確認したら、

「このところ父上は江戸城の泊まり込みが続いています」

 とのことだった。


「お母さんは?」

「母上はお萌が幼い頃に亡くなりました」

「あ、そうなの。ごめん」

「お気になさらず」

 服部家には使用人が何人かいて、食事の用意などはその人たちがしてくれることになっていた。

 お萌はここではお嬢様なのだ。


「と、ところで、殿」

 と、お萌が湯につかりながらもじもじとした様子で言う。

「ん?」

「あのですね、徳川家を助けたあとは、やはり元の世界に……」

 お萌は目を伏せて最後までは口にしようとしない。

「ああ、それね」

 と言いながらおれはお萌を見て、ルエルを見る。

 ルエルも目を伏せている。

 ぱちゃぱちゃと湯の表面を叩いていた。

 おれが「元の世界に帰る」と口にすることを怖れているかのように。


 帰りたいという気持ちはもちろんある。

 しかし、一方でお萌やルエルたちと別れたくない気持ちもある。

 その気持ちは日に日に大きくなっている。

 と、そこでおれはあることに気付く。

「なあ、ルエル」

「な、なんだ!」

「おれをまた召喚することってできるの?」

 いったん元の世界に戻っても、またこっちの世界に来れるのなら、別れも辛くない。

「それは……なんとも言えない。できるかも知れないし、できないかも知れない!」

「だってお前、ケルベロスなら何回も召喚してるじゃん」

「あれは、もともとついていたものだから」

 なんだよ、もともとついていたって。


「私たち召喚魔法が使える者には、いつでも呼び出せる特定の眷属がいるんだ!」

「眷属ねえ」

 標準装備みたいなものだな。となると、おれはオプションといったところか。

「私の眷属はケルベロスだけど、スイスはキマイラだぞ!」

「え? スイスも召喚ができるの?」

「そうだ!」

 双子なんだからアビリティも同じなのか。

 でもいまはそっちに話題を持って行く時ではない。

 キマイラってどんな生き物だったっけとも思ったが、それも後回しだ。

 いまはおれが元の世界に戻るのかどうかという話だ。


「元の世界のことだけど、とりあえず」

 と言うと、また二人が目を伏せる。

「もうちょっと先にする」

「え?」

「ん?」

「ほかにも仕事が残ってるからね。ほら、ルエルをお姉ちゃんに会わせなきゃだろ?」

「殿!」

 とお萌が言い、ルエルが

「セツヤ!」

 と言った。その言葉にお萌が反応する。

「む。ルエル様。その呼び方は」

「うん。セツヤはイエヤスじゃなくなったから、そう呼べと言われた!」

「むむむ」

 とお萌が唇を噛んだ。なにやら対抗意識を燃やしているようだ。

「では、お萌もそう呼びます。せつや様」

「あ、うん。別に呼び捨てでもいいよ」

「え。じゃ、じゃあ……せつや」

「うん」

「きゃあ!」

 とお萌はそう叫んで「どぷん」と湯の中に頭を沈めた。

 謎のリアクション。

 ま、うれしそうだからいいんだけど。


 風呂からあがったあとは、みんなで食事をとった。

 お萌が奮発してくれたようで、ご馳走が並んだ。

 そのご馳走を味わいながら、おれはみんなにこう言った。

「江戸城に乗り込むにあたっておれからお願いしたいことが二つある」

 みんなが箸を止めておれを見る。

「一つ、死なないでほしい。だから絶対に無茶はしないように。危ないときは逃げる」

「はーい」

「分かりました」

「はい」

 と美少女たちが答える。

「もう一つは、殺さないでほしい。相手は基本的に味方だから。命を奪うと恨みが残る」

「はーい」

「分かった」

「オッケー」

 とこれまた返事が戻ってくる。


 攻撃は明日未明。夜明け前に決行することにしていた。

 その時間帯なら江戸城の人たちも眠っているだろうし、襲撃への対応も遅れるはずだ。

 寝ぼけ頭ならIKB10の秘術にもかかりやすい。

「ということで、今夜はゆっくり休むことにしよう」

「おー!」

 

 その夜、おれたちは大広間で寝ることになった……のだが。

「………」

 室内に入って、おれは思わずぽかんと口を開けた。

 そこには布団が並べられていた。斬新な形で。

 一つの布団を中心にして十二の布団が円を描いて並べられていた。ちょうど花びらみたいな感じ。それぞれの枕は真ん中の布団の側に置かれている。

「せつや様はこちらで」

 とお萌が示したのはその真ん中の布団だ。うん、そうだと思ったけどね。

 まわりの布団に美少女たちが潜り込み、頭をこちらに向ける。「くすくす」という笑い声も聞こえる。

 やれやれ。こんな状態で眠れるはずがない。

 ……とはならず。

 睡眠の大切さを知っているおれは、いつものように熟睡したのだった。

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