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「殿のバカ! バカ殿!」 「あいーん」

 江戸城近くにある服部半蔵邸。

 門からのぞくと、庭で掃き掃除をしているお萌の姿が見えた。

「よ!」

 昼過ぎに訪ねてみると、幸いなことにお萌は在宅してくれていた。


「あら、殿。今日はいいお天気ですね」

「え、うん。そうだね」

 お萌は平気な顔で掃き掃除を続ける。思わず拍子抜けしてしまった。


 おれとしては「感動の再会」的なことが起きるのかな、と思っていたのだが、どうやらお萌にはそこまでの思い入れはなかったようだ。

 おれのほうを見ようともせずに箒を動かしている。やはり徳川家康ではなくなったことは大きいのだ。

 いまおれのことを「殿」と呼んだのはうっかりというやつだろう。


 手持ち無沙汰になったおれが頭を掻いていると、お萌が言った。

「ルエル様は?」

「あ、ちょっと用事」

「そうですか」

 ルエルは珍しく気を利かして「一人で行ってこい、セツヤ!」と近くの団子屋で控えている。IKB10たちも一緒だ。たまには本物のスイーツが食べたいそうだ。


「えーとあの、お萌」

「なんでございましょう」

「徳川家、大変みたいだね。お萌は大丈夫なのか?」

「見ての通りでございます」

「うん、そうみたいだね。ぶじで良かった」

「おあがりになりますか? お茶くらいはお出しできますよ」

「えー、ありがとう。でも忙しそうだからいいよ」

「忙しくはありません。お掃除も終わりました」

「いや、お萌のぶじが確認できたら、おれはそれでいいんだ」

「私がぶじに見えますか?」

「え?」


 お萌はおれを見ようともせずに「どうぞ」と玄関へと向かう。

 仕方なく、おれはそのあとにしたがった。

 居間に通されたおれは、ややぎこちない空気を感じながら松坂で別れて以降のことを話した。

 ルエルとともに大坂城へ向かったこと、その途中で甲賀異人衆が仲間に加わったこと、スイスとコンタクトを取ろうとした際に驚愕の情報が飛び込んできたこと……。


 それに対するお萌のコメントはこうだった。

「そうですか。十人もの側室を」

「いや、側室じゃないよね?」

 豊臣側の人間が徳川家康になったことよりも、そっちが大事なようだ。

「と言うことは、もう、お萌の胸は用済みですか」

「いや、あのさ。用済みというか、まだ用を済ませてないよね?」

「まだ?」

 とお萌の目が光る。

「え」

「では、いつ?」

 お萌がずいと寄ってくる。

「あの、お萌?」

「いま?」

 ずいずい。

「えーと、ギャグだよね? お萌ちゃん」

 そう言うと、お萌はしばらく無言でおれを睨みつけていたが、やがて「わっ」と泣きながら抱きついてきた。

「殿のバカ! バカ殿!」

「あいーん」

 おれは勢いに押されてひっくり返った。そのおれの胸にお萌は顔を埋める。

「うわーん!」

 とお萌が泣き声をあげる。胸のあたりがお萌の涙で濡れた。

 おれはその背中におずおずと手をまわし……グッと抱きしめた。

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