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「ご主人様!」

 ……話を聞いてみると、確かにおれのせいだった。

 ではあるが「そんなこと言われても」という思いも強い。

 とりあえず、命を奪われることはないと分かって安心はしたのだが……。


「もぐもぐ。うまいな、これ。気に入った!」

「それはシュークリームって言うの。こっちはモンブラン。好きなだけ食べてね」

「任せとけ! もぐもぐ」

「ルエル。そんなに食べると太るぞ」

「ふぇ? そうなのか?」

「大丈夫よ。これ全部、マボロシだから」

「え、そうなの?」

 驚くおれにワイジーが「そうなのよ」と笑顔でうなずく。


 YZのワイジーは甲賀異人衆の一人。

 髪の毛は七色とカラフルで、お約束通りの美少女。

 彼女の秘術は「ヘクセンハウス」というそうだ。日本語に訳すと「お菓子の家」。

 あの「ヘンゼルとグレーテル」に出てくるアレである。


 ……いま、おれたちは森の中に現れたそのお菓子の家でテーブルを囲んでいる。

 ルエルはシュークリームとモンブランを交互に頬張り、ロップはペロペロキャンディを口に入れている。

 その他の少女たちも幸福そうな顔でお菓子を食べ、紅茶を飲んでいた。

 ただし、それらはワイジー本人も言っているように幻覚だ。

 とは言え、手に持てば質感はあるし、口に入れれば甘さが広がる。

 限りなく本物に近いマボロシなのだ。


 それはともかくとして。


 なぜ甲賀異人衆の全員がおれたちの前に現れたのか。

 そしてそれがなぜおれのせいなのかと……というと。

 早い話、彼女たちは甲賀からクビを言い渡されたのだった。


 その理由だが、おれをつかまえることができなかったからだ。

 それで「役立たずは放り出せ」とばかりに甲賀の里から放逐されたらしい。

 もともと甲賀はくノ一を使う習慣がなかった……とはお萌から聞いていた話だ。

 秀吉の鶴の一声でその習慣を破らざるを得なかったわけだが、本来は男社会である。

 彼女たちは活躍のチャンスを与えられなかった。つまりは冷遇されていた。


 そこにたまたま徳川家康であるおれとの遭遇があったのだから、これを千載一遇のチャンスととらえないほうがおかしい。

 豊臣側にとって最大の敵である家康をつかまえれば甲賀にとっては大手柄となり、甲賀異人衆にしても存在感を示せることになる。

 だから彼女たちは張り切った。


 彼女たちは甲賀の偉い人たちに内緒でおれの捕獲に取り組んだそうだ。

 ヘタに報告すると手柄を横取りされる怖れもある。

 まずはおれをつかまえて、甲賀の里の人たちに一泡吹かせようとしたわけである。

 しかし、彼女たちの目論見はばれてしまい、あろうことか何度もおれの捕獲に失敗したことも知られてしまった。

 おまけに新しい徳川家康が立てられる始末。

 もうおれをつかまえる理由もなくなり、彼女たちが存在感を示す手立てもなくなった。

 甲賀の偉い人たちにしてみれば「お前らがもっと早く報告していれば甲賀の全総力を割いてでも見つけ出したのに」ということになる。

 で、その責任をとって甲賀異人衆は全員解雇ということになったのだそうだ。

 確かに、おれのせいと言えばその通りなのだが、でも襲撃されたら反撃に出るのは当たり前のことなので、そこで責められても……と思うのである。


「そこまでは分かったよ」

 とおれはガトーショコラを食べながら両肩をすくめた。

「それなのに、家康ではなくなったおれたちの前に現れた理由は? 腹いせで殺そうとでも?」

「腹いせではありませんが、殺そうと思ったのは事実です」

 とデフが物騒なことを言う。

「でも殺さなかったんだよー」

 とロップが言う。

「そうだね。ありがとね、ロップちゃん」

「へへー」

「セツヤ、このシュークリーム美味しいぞ! 私のをやる!」

 なぜかルエルが話の流れにそぐわないことを言い出す。

「ありがと、ルエル。優しいね」

「えへへ」

「あたしのキャンディもあげるよー」

 とロップが口からペロペロキャンディを出して差し出す。

「うん、気持ちだけで充分かな」


「あなたを殺さなかった理由ですが」とデフが話の流れを戻す。「人間性を試しました」

「ん?」

「死を目前にして、どういう態度を取る人間なのかを確かめたいと思ったのです」

「で、どういう人間だと思ったの?」

「聞きたいですか?」

「そうだね、この流れではそうなるよね。そう聞いたしね」

 するとデフは顔を赤くして目をそらす。

「?」

「ご立派でした」

 と小さな声でデフが言う。

「なんて?」

「ご立派な態度でした」

 デフが赤面しているのはそんな褒め言葉を言うのが照れくさいからだろう。

 おれもつられて照れてしまう。で、目をそらした先にアベシがいた。

「やあ。ハンスだよ!」

「ふん」

 とそっぽを向かれてしまった。しかし、その表情にトゲトゲしさはなかった。

「はっきり言うとね」と今度はワイジーが言った。「君は私たちのマイスターにふさわしい人だと思ったんだよ」

「マイスター?」

「英語で言うとマスターだよー」

「えーとつまり、日本語で言ったら……」

「ご主人様!」

 と声を揃えて元・甲賀異人衆はそう言った。


 ……んーと、なんでそうなる?

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