どっちが勝つかなんて日本人なら誰もが知ってることだ。
評定というのは会議のことだ。
これから徳川四天王たちとその会議が開かれる。
おれたちは若い武士のあとにしたがい、評定所へと長い廊下を渡っていく。
「なんの評定をするのかな?」
というおれの問いにお萌が答える。
「申し上げませんでしたか? いま、徳川家は存亡の危機に瀕しております」
「うん、聞いてなかったね。昨日の今日だしね」
「その状況を打ち破るために、殿が召喚されたのでございます」
「ほほう」
えらく頼りにしてくれているみたいだけど、その根拠がどこにあるのかを知りたい。
「私が提案したんだぞ、イエヤス!」
とドヤ顔のルエル。
「存亡の危機ってどういうこと?」
まずはそのことを確認しておかなければならない。状況に対応するには現状を把握する必要がある。
おれの質問にお萌が答えた。
「石田三成が軍勢を進めて、こちらに向かっております」
「石田三成? 秀吉の家来の?」
「さすが殿」
お萌がキラキラした目でおれを見る。
でも、そんなにうれしくない。常識だし。
ん? てか石田三成? 三成が徳川家と戦おうとしている?
それって……。
「秀吉公亡きあと、徳川家は五大老の一員として全国の諸藩をまとめるために力を尽くしてきましたが、それを快く思わない三成が『徳川は豊臣家から天下を奪い取ろうとしている』と言い出し、いまの状況に至っております」
五大老というのは確か、晩年を迎えた秀吉を支えるために選ばれた人たちだ。他に前田利家とか上杉景勝とかがいたはずだ。おれが知っている歴史では、徳川家康はその地位を利用してじょじょに自らの権力を拡大していったことになっている。
「で? 三成側につく藩も多いの?」
「はい。三成はすべては秀頼公のためと称し、豊臣方につくようにと働きかけています。毛利、宇喜多、島津などがすでに敵方にまわったか、と」
「秀頼公って、秀吉の子どもだよね」
「さすが殿」
だから常識。
「状況は分かった。それでおれになにをしろって言うの?」
「それはですね」
「あ、私が言う! それは私が言う。私が考えたから、私に説明させろ!」
ルエルが大声で割りこんでくる。
なんだ、こいつ。やけに承認欲求が強い子だな。おれのいた時代に生まれてたら、絶対に自撮りしまくるタイプだ。
「いえ、お言葉ですが、それは私が」
お萌も張り合ってるし。
ここでルエルを説明役に指名するとお萌は「自害します」とか言い出しそうだし、お萌に説明させようとしたらルエルがごねだすことは間違いない。なのでおれはこう言った。
「よし。じゃ、順番に一人一言ずつ説明していこうか」
「ぶー」
ルエルは頬をふくらませ、お萌は
「な、なんと……」
足をよろけさせたが、おれは押し通す。
「いやならいいよ。そこのお侍さんに聞くから」
「せ、拙者ですか」
若い武士が戸惑った顔をする。
巻き込んですまないとは思うが、おれは「そうです」とうなずく。
そのおれの顔を見てルエルが言った。
「分かった。じゃ、私から! えーとね、いまの徳川家の危機を救うには」
そこでお萌が割り込む。
「徳川家の行く末をご存じの方に」
「知恵を借りればいいと思ったのだ!」
「そのためには、いまのこの時代にいる方ではなく」
「遠い先の時代の人間に聞くのが早いってことだ。なぜなら」
「三成との戦がどうなったかをご存じでしょうし」
「もし勝っていたら、それでいいけど」
「負けてしまっていたとあれば、その成り行きを知ることで」
「勝ちにつなげていけると考えたんだぞ!」
なるほど。この時代の人たちにとっておれは未来人。当然ながら徳川家がこの先どうなるかということは知っている。
ここで徳川家が滅ぶのか、それともお家が続くのか、さらには天下を取れるのかどうか……といったことが最大の関心事となっているわけだ。
彼らにしてみれば、おれの持つ情報は喉から手が出るほど貴重なものであることは違いない。
……でもこの人たち、タイムパラドックスとか考えてないんだろうな。
未来の人間が過去に干渉したら、その後の歴史は変わってしまうし、その変わってしまった歴史を、なんで未来のおれが知っているのかという話になってしまうのだが……それは未来人にとっての問題で、いまこの瞬間に生きている人たちにとってはまだ未来は確定していないのだからどうでもいいことなんだろう。
説明しても、分かってもらえないとも思うし。
だからそれについては考えても仕方がない。
でもなあ……。
正直なことを言えば「この程度のことで呼ばれたのか」というのが正直な思いだ。
だって、いまのこの状況って「関ヶ原の戦い」前夜ってことだろ? どっちが勝つかなんて日本人なら誰もが知ってることだ。
そんなことをわざわざ教えるために400年以上も過去に引っ張り込まれたおれのトホホな気持ちも分かってほしい。
「いかがなされました、殿。顔色が優れませんが」
お萌が顔をのぞきこんでくる。胸元が迫る。
おれは急いで目をそらし「なんでもない」と首を振る。なおもなにか言いかけるお萌を制して、一応の確認のためにルエルに尋ねる。
「ルエル。いま西暦何年だ?」
「ん? セイレキ?」
「えーと、キリストは知ってるよね?」
「……知ってる」
と、なぜか口をへの字にしてルエルが答える。
「キリストが死んでから何年たってるか分かるか?」
「グレゴリオ暦のことを言ってるのか?」
「あ、それそれ。ルエルなら分かるだろ?」
「なぜルエル様なら分かるとお考えですか? このお萌にも」
「いやほら、ルエルは異国の人だろうから」
「む」
とお萌は傷ついたような顔をする。
「グレゴリオ暦なら1600年だぞ!」
「我が国の暦でいえば慶長5年にございます」
「うん。分かった。ありがとうね」
1600年ね。これでもう確定だ。
徳川家がこれから臨もうとしている戦は関ヶ原の戦いで間違いない。
だとしたら?
その情報を使って自分に有利な状況に持ち込むには?
おれは考えた。
で、思いついた。
よし、評定への備えはできた。