ウサ耳幼女もニッコリ笑顔で答える。
そして次の日。
おれたちは桔梗屋の主人に大坂城まで行くことにしたと告げた。
てっきり反対されると思っていたが、主人は意外にもあっさりとうなずいた。
「分かりました。では、そのように取り計らいましょう」
「え、いいんですか?」
「はい。じつはお萌様からお二人がそう言い出すかも知れないとうかがっていました」
「え⁉」
「ルエル様は一人でも大坂城に向かおうとするだろう。そして殿……もとい、あなたがそんなルエル様を放っておくはずがない、と」
「………」
「半蔵様も好きにさせてやれとおっしゃっていました」
主人が用意してくれた衣装は虚無僧コスプレだった。顔に籠をかぶるアレだ。
あの籠は「天蓋」というそうだ。金髪碧眼のルエルにはぴったりと言っていい。
主人は路銀も渡してくれた。
おれたちはもう追われる身ではないので、追っ手のことは心配しなくてもいいだろう、とのことだった。だからあさき組の護衛も必要ない。
ルエルには迎えが来るという話だったが、それもルエルが江戸に戻る意向を示した時に主人が連絡をとって来てもらうことになっていたようだ。
なのでおれたちは迎えの人に無駄足を踏ませることなく出発できる。
「お世話になりました」
主人に礼を言って、おれたちは出発した。
大坂城へは紀州街道とやらをまっすぐ行けばいい。
その街道へと向かいながらおれはルエルに言った。
「お萌はお見通しだったんだな、おれたちが大坂に行くこと」
「……うん」
「どうした?」
ルエルが生返事をしたので、不審に思ってそう聞いてみた。
「徳川家は私のことをもう必要としていないようだな!」
「どうして?」
「必要なら大坂城に行かせるはずがない!」
「でも、それはお萌が」
「お萌の父親が許すはずがない!」
「………」
言われてみれば、そうかも知れない。
ルエルはまだ徳川家専属の魔道士だ。
それなのに豊臣の本拠地である大坂城に向かわせても良しとするのは……ルエルがどうなってもいいと考えているからなのかも知れない。
「私もセツヤと一緒にセツヤの時代に行こっかなー」
「え、できるの? そういうこと」
「できない!」
「なんだよ、それ」
「も、もしできたらどうする?」
「来ればいいさ」
おれは即答する。
「ふーん。そ、そうなのか。セツヤはよっぽど私と離れたくないんだな!」
「まあね」
それは本音だった。お萌を失ったいま、ルエルとも別れるのはマジで辛いと思った。
「し、仕方ないな、セツヤは、まったく!」
とルエルは言った。
こいつのことだ、きっとドヤ顔をしているに違いない。しかし天蓋をかぶっているので確認することはできなかった。
道中はスムーズだった。
夕方頃、街道沿いの宿屋に泊まったがなにごとも起きず、朝を迎えることができた。
旅装を整えて出発をしたおれたちは山道を西へと向かう。道は歩きやすかった。
ウサ耳幼女にばったり出会ったのは、昼食をとってしばらくしてからのことだった。
「甲賀異人衆だよな、どう考えても」
おれがルエルにささやくと、ルエルも小声で答える。
「私もそう思う」
ウサ耳幼女は道沿いの木の切り株に腰掛けて足をぷらぷらさせていた。
近づいてくるおれたちをあどけない笑顔で見ている。
あの笑顔はおれたちの正体を知ってのことだろうか、それとも通りすがりの虚無僧に向けてのものか。
もし前者なら、いまさら甲賀異人衆とやり合っても仕方がないし、かと言ってああもあからさまにおれたちのことを待っていることを考えれば、おとなしくスルーさせるつもりもないのだろう。
できれば後者であってほしい。
「あ」
と、そこでおれは一つの可能性に思い当たる。
おれが徳川家康ではなくなったことを、甲賀異人衆は知っているのだろうか……。
もし知らないなら厄介なことになるのは明らかだ。
まずは声をかけて様子を見よう、とおれは思った。
これまでの経験から彼女たちはおれを殺そうという気はないと考えていい。
だから、いきなり襲いかかってくることもないだろう。
単なる虚無僧と思ってくれていたらいいが、そうでなければ、おれが彼女たちの「獲物」ではなくなったことをきちんと伝えなければならない。
とは言え、相手は幼女。果たして、どこまで会話が成立するか……。
「こんにちは!」
おれは明るい声で言った。
「こんにちは!」
ウサ耳幼女もニッコリ笑顔で答える。
「なにをしてるのかな、こんなところで?」
「うん。お前を殺そうと思って待ってた」
「あ、やっぱり。そういう展開なんだね」




