「渇いてる。口移しで飲ませろ」
半蔵さんとお萌が去ったあと、おれはルエルの額に手を置く。
まだ熱は下がっていないようで、ひどく汗をかいている。
身体を拭いて着替えさせたほうがいいと思い、桔梗屋の人に頼もうと腰をあげたところでルエルが目を開けた。
「……イエヤス」
「ん、起きたか? 喉、渇いてないか?」
「渇いてる。口移しで飲ませろ」
「ははは。そんなギャグが言えるようになったら、少しは元気になったってことだな」
「………」
おれは湯のみに水を注ぎ、ルエルを抱き起こして飲ませる。
身体全体から熱が伝わってきた。風邪を引いている者特有のこもった熱さだ。
「じつはな、ルエル。お萌が」
「イエヤス」
とルエルがおれの言葉を遮る。
「なんだ?」
「わ、私の胸に用はないか?」
「いや、ないけど」
「それは私の胸が小さいからか!」
なぜかキレた。きっと、熱で意識が朦朧としているんだな。
お萌のことはいまは話さないほうがいいようだ。おそらくは、さらに混乱するだろう。
「いいからルエル。いまはおとなしく寝てろ」
「ふん」
「着替えを用意してもらってくるよ」
おれは立ち上がり、部屋を出る。
ルエルに早く治ってもらいたい気持ちと、そうでない気持ちがあり、気分的には複雑だった。
お萌が置いていってくれた薬が効いたのだろう、翌日、ルエルは快復した。
まだ完全とはいかないまでも起き上がることはできるようになった。
桔梗屋の主人は半蔵さんに言い含められているのだろう、おれたちの滞在が長引いてもイヤな顔一つせず、世話をしてくれた。
新鮮な海の幸も相変わらず出してくれる。それらは確かに美味しかったが、三人で食べた時ほどの喜びはなかった。
ともあれ、ルエルがある程度は元気になったので、おれはお萌のことを話した。
「そうか」
とルエルは素っ気なく言った。
ぜんぜん驚いていないけど、どうしてだ?
「それで私はイエヤスを元の世界に戻せばいいんだな」
「うん、頼めるかな」
「お茶の子さいさいだ!」
「それは頼もしいね。あと、おれはもうイエヤスじゃないから」
「分かった。これからセツヤと呼ぶ!」
「うん、それでいい」
「セツヤ!」
「はいよ」
「セツヤ!」
「なんだよ」
「私のことはルエルでいいぞ!」
「うん、これまでずっとそう呼んでたよね?」
「セツヤ!」
「どうしたんだよ」
「……元の世界に戻す前に、一つだけ、頼み事を聞いてもらえるか?」
ルエルは上目遣いでおれを見る。
「どんな頼み事だ?」
「わ、私は……大坂城に行きたいんだ」
「ほう」
「つ、連れて行ってくれないか……」
「いいよ。だったら早く元気になれ」
ルエルは「ぱああ」という顔になる。
「うん!」
おれが即答をしたのは、ルエルの気持ちを察したからだ。
その顔つきから、自分でも無理を言っていると分かっていることが明らかだった。無理を承知で言ってみた、というやつだ。
それだけ大坂城に行きたい……つまりは姉のスイスに会いたいということなんだろう。
そんなルエルの思いを撥ね付けるわけにはいなかった。
だから素早く、そして気軽な調子で承諾すべきだと判断したのだ。
「セツヤはいい奴だな!」
「知ってるよ」




