汗をかきすぎて、おかげでもう一度風呂に入るはめに。
そのあとは甲賀異人衆に邪魔されることなくぶじに松坂まで辿り着いた。
「なあ、お萌」
「なんでございましょう、殿。お萌の胸にご用ですか?」
「いや、胸に用はないよね、普通」
「そうですか……」
「わ、私の胸か!」
「うん、ルエル。そっちも大丈夫だから」
まったくなにを言い出すんだ、こいつらは。
「護衛をしてくれているあさき組の子たち、出番がなくて拗ねてないかな」
「まあ、殿はあの子たちの胸にご用があるのですね」
「うん、全然違うよ?」
「ギャグはさておき」
どうやらギャグという言葉が気に入ったようだ。
「お萌はお萌自身の手で殿をお守りしたいのでございます」
「ほう」
「どうしても手に負えないとなれば、あの子たちの手も借りるつもりですが」
「あ、そうだったの」
「それに護衛がついていることはなるべく伏せておいたほうがいいかとも思います」
「まあそうだね」
ギーの時もJKの時もちゃんと切り抜けることができたし、それならそれでいい。
「私もいるから安心だろ、イエヤス!」
「そだね、ルエル。ありがとね」
確かにこの二人がいると安心だな。なにより一緒にいて楽しいし。
そう思う一方で、こういう楽しい時間もいつかは終わりを迎えるということは覚悟していた。
それが相当に辛くなる……ということも。
そんなことを考えたのは、あとで思えば、虫の知らせだったようだ。
松坂に着いたのは夕方だった。
おれたちは大きな商家に泊まった。
旅館でも民宿でもなく、海産物を扱っている一般の商家だ。
なんでも伊賀の里の出身者が経営しているらしい。
「忍びにはいろんな形があるのです」
お萌は声を潜めて言った。
忍者の主な仕事は情報収集。
忍者装束に身を包んで活動する者がいる一方で、特定の地に根を張って地域の信頼を得ながら情報を集める者もいるとのことだった。
なるほど商人なら多くの人との交流があるので情報もいろいろと集まってくるというわけだ。
桔梗屋というその商家の主人は山のような魚介類でおれたちをもてなしてくれた。
伊勢エビにタイにヒラメにマグロにカツオにサザエ。
いずれもぴちぴちと鮮度が良く、じつに美味しかった。
冷蔵庫もない時代なのにどうやって保存していたのかと思ったら、なんのことはない、生け簀を使っていた。
新鮮な海の幸を堪能したあとは三人で風呂に入った。
伊賀の掟だから仕方がない。
桔梗屋の主人は「そうなんですか。それはいつからですか?」と首を傾げていたけど……。
風呂からあがったあとは、三人で一つの部屋に寝た。これまた伊賀の掟だ。
おれはお萌とルエルに枕投げを教えた。
汗をかきすぎて、おかげでもう一度風呂に入るはめになった。
……と、こんな風に本筋とは関係ない話をしているのは他でもない。
江戸へと向かう道行きの、これが三人で過ごした最後の夜になったからだ。
翌朝、おれは思いも寄らない人物から思いも寄らない宣告を受けることになる。




