「んな? ちち違うよ、バカ」
「ん?」
おれは違和感を覚える。なんだろう、この感覚。まるで……。
鏡にはおれが映っていた。
きょとんとした顔をしていたが……やがてそれが不敵な笑いに変わった。
同時におれも自分の顔の筋肉が動くのを感じた。
ああ、なるほど。これは……。
鏡の中のおれが腰の脇差しを抜くと、一瞬の遅れもなくおれも同じことをする。
「殿!」
お萌が声をあげる。
すかさず鏡が言った。
「近づくな。近づくと、切る」
「殿、それはあまりに……。さっきのはほんのギャグでしたのに」
お萌が覚えたての言葉を使って嘆く。
「いや、それは分かってるよ。てか、いまの声っておれのじゃないよね?」
おれは言う。声までは乗っ取られていないようだった。
そう、乗っ取り。
ギーの秘術「メイク・ザット・チェンジ」はどうやら鏡の前に立った者の身体の動きを奪うものらしい。
鏡の中の者が鏡の前の者をコントロールする。
「徳川家康よ。お前はもう私からは逃れられない」
「それはギーがおれのことを好きになっちゃったから?」
「んな? ちち違うよ、バカ」
「お萌は許しません!」
「私も許さないぞ!」
お萌が言い、ルエルが張り合う。
二人とも鏡を睨みつけるが、用心をして自分の姿が映らないようにしている。
さて、どうしたものか。
こうして身動きを封じたということは、じきに他の甲賀異人衆が来ると考えるべきだろう。
この状態ではギー自身も身動きが取れないので、彼女の秘術は敵を足止めすることを目的としたものだ。
ギー自身が鏡に化けているのか、それとも鏡は装置として機能していて、ギーはどこかに潜んでいるのかは分からないが、いずれにせよ彼女一人ではおれたち三人を甲賀の里に連れて行くことは難しい。
だから仲間を待つ。
おれの命を奪う考えはないようだった。
もしそのつもりなら、脇差しを抜いた時点で、その切っ先はおれの喉元に向いていたはずだ。
おれたちのことは生け捕りにしたいと考えているのだろう。
その読みは当たったようで、突然鏡の後ろから「ポン!」と音がして花火があがった。
上空で「パパパン!」と鳴り響く。きっと仲間への合図だ。
まずいな、急いでこの秘術を解かなければ。
お萌もルエルもおれが陥っている状況を理解していて、近づいてこようとはしない。
そのルエルが杖を持ち替えながら言った。
「鏡を割ったらどうだ?」
「ふふふ。そんなことをすれば、徳川家康の身体もこなごなに散らばってしまうぞ」
ギーが言う。
「そんなのやってみないと分かんないよな。よし、ルエル、やってみな」
「分かった!」
ルエルが杖を振りかぶったと同時にギーが必死の声で叫んだ。
「あ、ホントだって! やめて、ホントに。この鏡、これしかないんだから!」




