その幼女が不思議な恰好をしていたからだ。
伊賀街道で松坂まで行き、そこから舟を調達して伊勢湾を横切り、対岸の田原に上陸する。
その先は東海道に沿うかたちで山道を選びながら浜松を目指す。
浜松には徳川家ゆかりの浜松城がある。そこでかくまってもらい、できれば屈強な武士たちに守られながら江戸まで戻る。
それがもっとも早い行き方だと先代は言った。
そしておそらくは相手が先読みしてくるであろう行き方だとも。
そこでおれたちは逆手をとって中山道から江戸に戻ることにした。
昨日一昨日と辿った道を戻り、内陸から江戸に向かう。日数はかかるが、そのほうが安全だと言える。
山に入ったところで異人の子どもに出くわした。十歳くらいにしか見えない。
「?」
とおれが首を傾げたのはその幼女が不思議な恰好をしていたからだ。
栗色の頭にウサギの耳がついている。
本物ではないのだろうが、ふわふわしていて、さわると気持ちが良さそうだ。
白い装束に身を包んでいることから甲賀異人衆の一人であることは明らかだ。
「なにやつ!」
お萌が叫んで手裏剣を構える。
「私、ロップ! ロリロリポップ、略してロップだよ!」
ロリロリポップとはなんのことか分からないが、行く手を阻む者は容赦しない。
甲賀異人衆であれば、なおさらだ。ロップは殺しておこう。
攻撃開始の合図は特にない。おれたちは同時にロップに襲いかかった。
互いの呼吸は完全に合っていた。
お萌が手裏剣を投げ、ルエルは炎の波をくらわせる。
おれは短刀を抜きざま、高く跳んでいた。
この同時攻撃をかわせる者などいない。ましてや相手は年端もいかない子どもだ。
ことは簡単に終わる……はずだったが。
宙に跳んだおれは太ももに激しい痛みを感じ、そのままどさりと落下してしまった。
お萌とルエルも地面に叩き伏せられている。そして、護衛役も。
どうしてこうなったのか分からない。それほどロップの動きは速かった。
目をあげるとロップがウサギの耳を両手に持ってニコニコと笑っていた。
どうやらあの耳で打たれたらしい。いつの間に頭から取り外したのだろう。
「殺すなって言われてるから手加減したけど、いつもは頭を狙うんだよ?」
おれは思わず唸る。あの打撃を頭にくらったらひとたまりもない。
「こ、殺すなと言ったのは誰だ。甲賀か」
おれは少しでも伝えるべきことを得ようと思った。
「んーとね、オクラってやつ」
「オクラ?」
おれが首を傾げると、背後から声がした。
「ロップ、そこまでだ。口が軽いぞ」
「はーい」
ロップは首をすくめて舌を出す。
背後から現れたのは銀髪の少女と亜麻色の髪の少女だった。銀髪の少女が言った。
「昨日は世話になったな」
亜麻色の髪の少女も言った。
「こんなに早く再会できるとは思いませんでした」
そして二人はおれの両側に立った。
「家康様。甘かったですね。昨日、私たちを殺さなかったのが運の尽き」
「その優しさがあだとなったんだよ」
二人はおれを立たせようと腕をつかんで、そして。
「あ!」
「あ!」
と叫んだ。
「お前はニセ者!」
「その通り」
とおれは言った。
「私は伊賀ひらがな党いろは組のいろはだ!」
「同じく、にほへ!」
「とちり!」
「ぬるを!」
と仲間たちが倒れながらもそれぞれに名乗る。
「く。家康めらは松坂に向かったか」
銀髪が舌打ちをした。
「まあいいですよ。あちらにはギーたちが向かってますし」
亜麻色が言う。
「なーんだ、ニセ者なの。だったら殺しとく?」
とロップが言ってウサギの耳を持った手を大きく振り上げた。
………ということがあったのをおれ(囮じゃないほう)が知ったのは、後のことだ。
わざわざ「おれ」という一人称を用いてまでおれになりきってくれた健気で仕事熱心ないろはちゃん。彼女たちが命を奪われるようなことはなかった。
なぜ甲賀異人衆は彼女たちを殺さなかったのか。
アベシとデフにこれまた後で聞いたら、それぞれにこう言った。
「か、勘違いするんじゃないぞ。あそこであいつらを殺したらお前に嫌われると思ったからじゃないからな」
「そ、そうですよ。私たちは別にあなたに命を奪われなかったことに恩を感じているわけじゃありませんから」
なぜおれがアベシやデフと会話を交わすことになったのかは、これから起きる出来事に関わってくるのだが、しかしその話をする前に伊賀の里を出てからのことについてふれなければならないだろう。




