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浴衣がはだけて真っ白な生足が剥き出しになっている。

 睡眠というのは脳を休めるためにある。

 肉体的な疲労を取るには眠らずとも横になるだけでいい。

 しかし脳の疲れはそうはいかない。

 だから寝不足だと脳に負担がかかり、やがてはメンタルが病んでしまいかねない。


 父親から聞いたのだが、メンタルがやられるのは相当にキツイ経験らしい。

 上から目線でものを言う割にはあの人もいろいろとあったようだ。

 そういうことから、おれは睡眠はしっかりと取るように心がけている。

 お萌とルエルに挟まれながらも、ぐっすり眠れた。

 深く静かに潜行し、集合的無意識の領域にまで到達するほどの眠りだった。

 そもそも二人とは昨夜も洞窟で一緒に寝てるしね。


 おれはその深い眠りの中であることに気付いた。閃いたと言っていい。

 きっかけは夢だった。こんな夢を見た。


 厳かな音楽ホールの舞台に白い衣装をまとった天使のような美少女たちがいる。

 その美少女たちが澄ました顔で「ABCの歌」を歌い出したのだ。

 ただし、歌詞が違う。

 最初の一人が「アーベーシー」と歌い、二人目が「デーエフ」、三人目が「ギー」と続けた。そのあとは聴き取れなかったが、それで充分だった。

 歌は甲賀異人衆の名前の由来をおれに告げていた。あれはアルファベットだ。

 音楽ホールの座席にいるおれは「なるほど、アベシはABCで、デフはDEFか」とつぶやいていた。「ギー」というのはGHIだな。まだ会っていないけど。

 やがておれは深い眠りから浮上し、半覚醒の状態で考えを巡らせた。

 甲賀異人衆は十人いるとのことだ。

 一人につきアルファベットを三文字ずつ使うとすると「ABC」「DEF」「GHI」「JKL」「MNO」「PQR」「STU」「VWX」「YZ」になるが、これでは九人だ。

 もしかすると三文字ずつではなく、二文字の名の異人衆もいるのかも知れない。最後の「YZ」が二文字であるように。

 ABCをアベシと読むのも変な感じがしたが、もしかするとドイツ語の発音なのかも知れない。

 それはともかく、彼女たちはそんな風に「芸名」を与えられている。異国の人間だからアルファベットを当てはめておけばいい的な発想が垣間見えて彼女たちが可哀想になった。

 そこまで考えた時にははっきり目覚めていて、おれは起き上がった。


 三組敷いていた布団だが、まともに使用されていたのはおれの布団だけだった。

 右側に寝かせたルエルは部屋の隅に転がっていた。

 浴衣がはだけて真っ白な生足が剥き出しになっている。

 左側に寝たはずのお萌はもう一方の部屋の隅に寝ていた。

 両手を胸の上にのせ、両足も揃えて姿勢良く眠っている。寝相がいいのか悪いのか。

 おれの起き上がる気配に目覚めたお萌は自分が寝ていた位置に気付いたあと「く。一生の不覚」と唇を噛んでいた。

 じきにルエルも目を覚まし、おれたちは朝食の用意されている部屋へと向かう。


 そこには先代も同席した。

 朝食をとりながらおれは夢の話をした。

「遠い異国の地に売られてきて、所属している組織からは冷遇されて、アルファベット順で適当に名前をつけられて、あの子たちもあの子たちで同情する余地はあるのかもね」

 と言うと、なぜか先代が困ったような顔をした。

 お萌を見ると、彼女も彼女で目が泳いでいる。

 ルエルはというと、すごい勢いでご飯をかっこんでいた。


 先代とお萌が妙な反応を見せたのは、おれが敵に同情をしたからかも知れない。

 非情な戦国の世で手の優しさは命取りになる……と諭すべきか迷っているのだろう。

 朝食後、先代はおれと目を合わせないように別の座敷へと案内した。

 中庭に面したその広間には……女の子たちがたくさんいた。

 なんと、総勢十六名。

 全員くノ一の姿をしていて、いずれも美少女。「IGA16」とかそんな感じ。

 彼女たちは四人一組で列を作っていた。昨日茂みから手裏剣を投げてきた子もいた。

「えーと、あー、こほん。ご紹介します」と先代が言う。「ここにいるのは伊賀のくノ一の精鋭たちです」

「ほう」

 凄いな。甲賀と違って伊賀は女の子たちを重用しているようだ。

 ま、見方を変えれば女の子たちに危険な仕事をさせていることにもなるんだけど。

「殿が無事に江戸に戻れるよう、この者たちがお力添えいたします」

「それはありがたい」とおれは彼女たちに声をかける。「みんな、名前はなんていうの?」

 その言葉に反応したのは、なぜか先代とお萌で、それぞれに「あ」「う」と呻いて数歩後ずさった。

「?」

 おれは首を傾げたが、最初の女の子が名乗ったことで、さっきからの二人の不自然な態度の理由が分かった。


「伊賀ひらがな党いろは組のいろはです」

「同じく、にほへです」

「とちりです」

「ぬるをです」


 あー、そういうことか。

 次の四人一組が言う。


「わかよ組のわかよです」

「たれそです」

「つねなです」

「らむです」


 えーと、じゃあ次は「ういの組」かな?


「ういの組のういのです」

「おくやです」

「まけふです」

「こえてです」


 次の四人の名前はすでに分かっていただけど、最後まで聞くのが礼儀だ。


「あさき組のあさき」

「ゆめみ」

「しえい」

「もせす」


「みんなありがとう。おれは徳川家康です。よろしく」

 とおれはいろは歌になぞらえてネーミングされた女の子たちに頭を下げる。

 そう、彼女たちの名前を続けて読むと「いろはにほへと〜」のいろは歌になる。アルファベットにちなんだ甲賀異人衆のネーミングと基本的に発想は同じだ。

 道理で先代とお萌が気まずそうにしていたわけだった。


 その二人を見ると、目を伏せている。

「えーと。なんか、ごめん」

「あ、いや。こちらこそ」

「殿。伊賀ではこの子たちをとても大切に思っています。そのことはくれぐれも」

「うん、分かってるよ。気を遣わせちゃったね」

 ルエルがきょとんとしているのは、いろは歌のことを知らないからだろう。

 おれは気まずい空気を振り払うように言った。

「でも、この十六人がついて来てくれるってこと?」

 多すぎて、逆に目立ってしまいそうだ。

 その疑問を読み取ったのか、先代は首を振る。

「この者たちにはそれぞれ役割を与えます」

「役割。どんな?」

「まず、いろは組は囮となって甲賀異人衆の気を引きつけます」

「囮」

「殿たちの姿に化けて江戸へ向かわせます」

「なるほど」

「わかよ組は一足先に江戸へと走らせます。殿がご無事であること、江戸に戻ろうとしておられることを徳川家に知らせなければなりません」

「そうだね。死んだと思われてるかもだしね」

「ういの組には敵方の動きを探らせます。豊臣が兵を引いたのか、それとも東へ進んだのかを探り、必要に応じて殿にお知らせします」

「あさき組の子たちは?」

「目立たないように、殿の護衛につきます」

「そう。それは頼もしい」

「では、早速ご出発の準備を」

「オッケー」


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