4. 望んでいない変化
事件の後、真の両親は離婚し、父親の方が2人を引き取ることになったと上司から聞いた。
被疑者が母親と面識がある(というか、かなり仲のいい友人だったらしい)ことが父親経由で親族に伝わり、母親は『不倫と誘拐を行った裏切者』と総叩きされ、縁を切りざるを得なかったらしい。
まあ、俺には知ったこっちゃないが。と思っていた。
「おじさん!」
「え…」
事件から1か月後、たまたま真と再会した。
俺の顔を見ると同時に真が走って近づいてきた。
「あ、あのときの刑事さんですか?その節はご迷惑を…」
「ああ、いえいえ、仕事なんで」
父親、真と長男の3人にそろって会うのは初めてだった。
「おにいちゃん、このひとがかんじのおじさん!」
「こっちは長男の裕です。裕、こんにちはは?」
「こんにちは」
少し釣り目の小さな男の子が警戒しながら福田の顔を見上げた。
「おじさん」
「…俺の名前は福田洋二郎。福田さんって呼んでね」
「ふくださん」
「そう。で、なに?」
「ないしょのおねがいがあるの」
真はきょろきょろ周りを見渡して、2人の視線を気にしているようだった。
「うん。2人はあっちにいるから今なら聞こえないと思うよ」
「ふくださん、おかあさんさがすのてつだって」
「…え?」
真の瞳に涙がたまる。
「おかあさんにあえないの。おとうさんとおにいちゃんにいっしょにさがしにいこうっていってもだめっていわれて、おこられるの。わたしはただ、おかあさんにあいたいの、わるいことしないから、あいたい」
「真?」
見ていないうちに父親が近くに来ていたようだ。真はびくっと体を震わせ、すぐに涙をぬぐった。
「すみません、本当に、環境が変わって錯乱状態なんです。今日のことは忘れていただいても構いません」
父親の表情は、申し訳なさそうに眉毛を下げているにもかかわらず、冷静さも感じられた。
「いえ、俺は全然、大丈夫です、あの…」
「すみません。どうか、この子のために忘れてください」
「はあ…」
「…どうしたの?」
「ちょっと昔のこと思い出してな。事件の少し後、3人と俺がたまたま会った時のこととか」
「ああ…」
「お前のポケットに電話番号入れといたのはファインプレーだったなって今でも思うな」
「そうね、それに関しては本当にありがとう」
真は、母親と突然会えなくなったショックから立ち直っていいのか今まで悩み続け、まだ過去の事件の衝撃から逃れられていないように見えた。
あの日からの記憶、思い出のほとんどが、母親のことを思い出してしまう材料となっているのだろう。
俺の存在もまた、そうなのだろうな。
「今日はありがとう、福田さん」
「別に。送ってく」
「いや、実はこれから予定があって」
「ああ、そうなのか。最近忙しそうだな」
「お兄ちゃんとご飯を食べに行くんです」
「そうか、楽しめよ」
「うん、じゃあね」
真は、少し緊張しながら福田と別れた。
「お兄ちゃんとご飯食べるのに緊張するとか思わなかったな…」
何を話そう、どんな表情で兄と向き合おうか、考えているうちに予定の飲食店に到着した。