3. これでよかったのか
2003年6月21日
○○市不法侵入及び女児誘拐未遂事件について
被疑者:橋本匠
被害者:天野真
概要:被疑者が被害者宅に玄関から不法侵入を行い、リビングにいた被害者を連れ去り、所持する車にて逃走。被害者の母親がすぐに通報し、被害者宅から2キロほど離れた路上で警官が職務質問を行い、後部座席にいた被害者を発見し、被疑者を現行犯逮捕。
「福田、おはよう」
「おはようございます。あの子が被害者の?」
福田が目を向けた先には、1人で絵本を読んでいる子供の姿があった。
「そうだ。すまん、福田。今日空いてる人がいなくて、あの子の面倒見てくれないか?」
「え、親御さんとかは?」
「父親は仕事があるから終わり次第早退して来る。母親は犯人の顔見た途端泣きわめいて手に負えない。まさか面識があるとはね」
福田は事件の概要と現場にいた警官のメモを読みながら、子供へと歩み寄った。
「こんにちは」
「…こんにちわ」
挨拶をすると、その子はぴたっと動きを止め、その子は福田の顔をまじまじと見た。
「お嬢さん」
「はい」
「初めまして、福田と申します」
「はい」
その子は、深々とお辞儀をして挨拶をした。
「まことっていいます、えほんよんでます」
「そうか」
「君さ」
「わたしのなまえはまことです」
「…。真ちゃん、今日男の人と車に乗ったの?」
「うん」
「その人、知ってる人?」
「ママのおともだち」
「そうか…。その人に何か嫌なことされた?」
「ママとおにいさんと、まいにちいっしょってやくそくした」
「毎日一緒…」
「おじさん」
「俺はまだ24歳だ」
「…おじさん、なんでこわいかおするの」
「…それが俺の仕事なんだよ。人を疑う仕事」
「それってたのしいの?こわいかおしてみんなをこわがらせちゃだめだよ」
「ああ、はい、わかった…」
「うん!わかってね!」
「なんだこのガキ」
事情聴取メモ
母親がゴミ捨てに出かけた際、玄関のかぎをかけ忘れた。その隙に犯人が侵入。
父親は仕事に出かけており、もう1人の子ども、長男は別室にいた。
母親が幼稚園のバスに長男を乗せた後、娘がいないことに気づき、保育士に「後で追いかける」と告げ、娘の捜索を開始。
母親と被疑者に面識はあるが、犯行に関して共謀している様子は見られなかった。
「さっき父親から、息子迎えに行ってからここ来るってさ」
「大変っすね、親って」
「うーん、俺はゴミ捨ての時鍵かけるけどな」
「先輩、ちゃんとゴミ捨て行ってるんすね」
「まあな、お前だって彼女と別れたばっかなんだから、鍵の閉め忘れは気を付けたほうがいいんじゃね」
「元カノのこと思い出させないでくださいよ」
「はは、警察官なのにそんな物騒な顔してるから浮気されるんだろ、どっちかっつーとヤクザ寄り?」
「今日の飲み会で今の発言暴露して、先輩のおごりにしますね」
「ごめんなさい」
ちらっと真の方を見ると、同じ絵本を繰り返し読んで暇をつぶしているようだった。
「あの子もかわいそうだよなあ、被疑者のこと知ってたんだろ?」
「本人が言うにはそうですね」
「母親が来るまで、もう少し会話してあげてくれ」
「はい」
「真ちゃん」
「なあに」
「暇か?」
「ママまってる」
「それを暇っていうんだよ、なんかやりたいことあるか?」
「かんじおしえて」
真が待機用に置いてある雑誌を手に取った。
「これ」
「これ?これは大人の洋服の本だぞ」
10代、20代向けのファッション雑誌だった。
「きれい」
「ませてんな、これがいいのか」
「うん!」
真は先ほどまで読んでいた絵本を気にすることなく、雑誌にくぎ付けになり、楽しそうに本を読み始めた。
こんなに不穏な空気が漂う警察署の中で、唯一和やかな雰囲気が漂う場所になる。
あまり子どもが好きではない福田も、徐々に真に心を開き始めた。
この日以来、真の明るい笑顔を見ることはなくなった。