20. 前を向くことを決めたから
「お母さん」
「…真」
入院してから少し経ったある日、花音さんが母を連れて病院にお見舞いに来てくれた。
病室に母は来てくれなかったが、中庭にいると教えてもらい、2人の時間を少しだけ設けてもらった。
ベンチに座っていた母の隣に腰掛けた。
「裕から、今までのことを色々教えてもらった。真は、匠、真を誘拐した男から少し聞いたんだよね?」
「そう」
「…今まで、そばにいてあげられなくて、本当にごめんね、沢山、真を傷つけて、一人にさせてしまっていたよね」
「うん」
不思議と涙は出なかった。
「夫婦の問題で、あなたたちを不安な目に合わせてしまって、本当に申し訳ない。もう、謝っても、今までの出来事の清算はできないっていうのは分かってる」
「うん」
「真は、これから、どうしていくの?」
「…私は」
今まで、子供の頃の自分から抜け出せなかった。
幼いころに負った心の傷を、誰かに打ち明けることができなかった。
ただ、お母さんに会えれば、お母さんに抱きしめられれば、この傷がどうにかなると思っていた。
でも、そんな単純な傷ではなかった。
母は母として、私とは違う人生を送っている現実を突きつけられただけだった。
「私は、お母さんから離れる」
「…え?」
「今まで、お母さんだけが私の味方だと思っていた。お母さんも私のことだけ考えてくれていると思っていた。でも違った。お母さんには花音さんがいて、私には裕と、あおいと、会社の仲間がいてくれていたってことを、ようやく、受け入れることができた」
「うん」
「だから、私はこれから、今まで通り過ごす」
「そっか」
「お母さんは?」
「うん、お母さんも、あなた達と離れて過ごそうと思ってる。今更、家族としてやり直させてなんて言えないし、あなたにもう一度会えた、話せただけで、私は救われたから」
ふと母の顔を見ると、涙で目がきらきらと光っていた。
その顔を見て、ようやく、涙と感情がこみ上げてくる。
「今まで寂しい思いをさせてごめんね、辛かったよね、私も辛かった、あなたが成長していくのを、この目で見ていたかった。あなたが辛いときに、そばにいてあげたかった」
「うん、うん…」
「真、一つだけ、どうしても、聞いてほしいお願いがあるんだけど、聞いてくれない?」
「なあに?」
あの事件から2年が経った。
「あ、真!おはよう~」
「おはよう、あおい。きれいだね」
関係者室に入ると、真っ白なドレスに包まれたあおいがくつろいでいる最中だった。
「えへへ、ありがとう」
「あれ、お兄ちゃん達は?」
話をするとすぐ、隣の部屋から子供を抱きかかえた裕がやってきた。
「あ、真」
「…かっこいいじゃん、いいね」
「ん、ありがとう。ほら、優真、真おばさんだよ」
「ふふ。あ、そうだ、1枚だけ写真撮ってもいい?」
「ああ、別に何枚でも撮りな」
裕は子供を抱いたままあおいの隣に並んだ。
「お兄ちゃん、あおい、結婚おめでとう」
「こちらこそ、いつも助けてくれて本当にありがとう、俺の自慢の妹だよ」
「そういえば、さっき撮った写真、私にも送ってよ。見たいな」
「うん、ちょっと待ってね」
関係者室を出て、入り口近くのソファに座ってスマホをいじる。
『久しぶり。今日、お兄ちゃんの結婚式。写真、約束だったから送るね』
『お兄ちゃんとわたしを産んでくれてありがとう』
『元気でね』
文章と写真を送り、メールアドレスを消去した。
スマホをカバンにしまい、兄と親友の元へと戻った。




