2. 今日が終わる
今日は久しぶりにヒールを履いてきてしまった。
こんなに全速力で走るなんて、思わなかったから。
さっき見た景色は何だ?なんて考えたくなかった。
けれど、頭の中にこびりついて離れない。
現実を理解できず、ただ夕日に向かって走っていた。
「はあ、はあ…」
バッグをソファにぶん投げて、テーブルに肘をついて呼吸を整える。
自宅に着き、走るのをやめた今、考えることを再開しなければいけないのかと怖くなった。
『お兄ちゃん、久しぶり~』
『今度久しぶりに2人でご飯食べない?おごってもらってゆっくりご飯食べたいな~』
とりあえず、直接言おうと思っていた内容をLINEで送ることにした。
『今年最後な』
『おごってもらって食う飯ってうまいよなー!!!!!!』
いつも通りの明るい口調で返事が来る。
妹がこんなに悩んでるのにと思いつつも、自然と口角が上がる。
ーさて、これからどうしようか。
あおいに、言うべきか。今日見たことを。
そもそも、兄は本当に浮気しているのだろうか?
女性と2人きりだっただけ、あのハグも私の思い違いなのでは?まあ、彼女がいる身にも関わらず、女性と自宅前にいるなんてどんなシチュエーションなのかと問いたいが。
それに、あおいがもし浮気以外の理由で別れを考えているとしたら、私が余計なことを言えば、兄への嫌悪感が確実に増すことになるだろう。
1人の親友として、「あんな男に騙されないで!」なんて言ってみるか…???
どれもこれもいい案だとは思わなかった。
ならば、実際に浮気されたことのある人に相談するしか方法はない。
再びスマホを手に取り、LINEを送った。
少し心の余裕が出てきた真は、ソファに投げっぱなしだったバッグを丁寧にテーブルに置いた。
「せっかくの休日前で金曜日なのになあ」
待ち合わせのベンチへ向かうと、だるそうにその人物は真を待っていた。
「ありがとう、でも会って話そうって言ったのは福田さんだけどね」
福田洋二郎さんは、真が小さいころにお世話になった警察官のおじさん。
真の人間関係などはよく知っている(真がすべて喋っている)良き相談相手。
不愛想で不器用な性格ゆえ、浮気された経験があるらしい。
「あんな感情が何も伝わらないツールで相談されてもな」
福田さんなりの優しさなんだろう、と真は感じた。
真は福田の隣に座り、話を続ける。
「それで、相談っていうのが、あおいとお兄ちゃんのことなんだけど」
「はあ…。あ?その2人は大学から付き合ってるんだっけか」
「そうそう」
「はあー、で?」
「実は…」
福田に今までの経緯を話す。
「ほお。まあ、真は何もしなくていいと思うけど」
「ああ…、やっぱり?」
「何もわからない今は2人の味方、裕がもし浮気していたのであればあいつを叱り、思い違いであれば、その時また考えろ」
「うん」
「真は話を聞いてやるだけでいいだろう。そばにいてやれ。それだけで人間ってのはいい方向に進むもんだ」
「うん、そうだよね。なんか安心した、ありがとう」
「あらゆる可能性を考えて頭爆発させるなんて時間がもったいない、未来の自分に任せりゃいい」
「そういえば」
福田さんが私をじっと見つめ、さらに真剣な顔になった。
「最近、お母さんはどうなんだ」
「…」
私と福田さんが出会ったあの日から、私の母はどこかへ消えた。