19. ちゃんと私を見てくれていれば
「…おい、これ、何があったんだ…」
福田と警察が到着したころには、現場はすでに落ち着いていた。
「あ、あおい、大丈夫か、真は?裕は?」
現場よりも少し遠くに立ち尽くしていたあおいに声をかけた。
「うう、福田さん…ごめん、住所送るの、忘れてて…もう、全部、終わってて」
警察が到着するよりも先に救急隊が現場の確認を行っていた。
「そうなのか、大丈夫、もう大丈夫だから」
「…あ、え」
匠が向けていたナイフは、裕ではなく、裕との間に滑り込んできた真の腹に刺さった。
「真!?」
倒れ込む真に真っ先に駆け寄ったのは真の母だった。
「…お前」
裕は匠に殴りかかった。
胸ぐらをつかみ、匠を睨みつけた。
「お前と、親父みたいな人間にはなりたくないから、俺はお前を殴らない。お前に恨まれるようなクソになんてならないからな」
「花音をそそのかす時点でお前はもうクソじゃないのか」
「お前はやってるレベルが違うだろ、俺の妹を傷つけやがって…!」
裕はつかんでいる匠の襟を引っ張り上げた。
「お父さん、なに、なんで、こんなこと」
「花音、お前を裏切ったこんな人間、苦しんで当然なんだ」
「こんなこと、私が望んでるわけないじゃない!」
「…えっ」
「今、話を聞いて、裕くんが、お母さんが目的で私に近づいたってようやくわかった。ようやく理解した。当然利用されて嫌な気持ちはあった。でも、私が同じ状況なら、同じこと、したかもしれないって思った」
「…なんで、花音」
「裕くんのわがままに振り回されて、ショックだったけど、でもそれには理由があるってわかったの。それなのに、こんなことして欲しいなんて思ってるわけないじゃない」
「…そんな…俺は」
「私は、ただお父さんと一緒にいたかっただけ、それだけで良かったのに」
「裕」
「…親父、遅いよ、何やってんだよ」
到着したころには、警察も救急隊も到着していた。
歩いて近づいてきた息子に一回ビンタを食らう。
「全部遅いんだよ、親父は。でも、来ないと思ったから…だから…」
今まで我慢していた涙が少しずつ頬を流れる。
「ごめん」
勇気を振り絞って、声を出した。
「…義明さん」
「…」
涙と娘の血で汚れた元妻の姿を見て、体の震えが止まらなかった。
「…ごめんなさい」
「え」
自分よりも先に相手が頭を下げた。
「義明さんも、裕にも、真にも、今まで、私のせいで、こんな目に合わせて」
「…」
「親父…」
震える体を気合で動かし、一歩近づく。
「…ごめん、ごめん…」
結局変わったのは、母が離婚して匠との縁を切ったことと、父が無駄に引っ越しをしただけだった。
父と母が離婚した後、父は一回り小さい家に、母は匠と過ごす家に引っ越したところ、たまたま近所だったらしい。
そのことに先に気づいた父は、真に気づかれずにその場を離れたかったらしい。
父は、誰よりも離婚後の母の現状を知っていた。
あの時すぐに父が改心して母と接触しなくて良かったのかもな、と今では思う。
目を覚ますと、白い天井を見上げていた。
腹部に痛みが走る。
まだ、生きている。
良かった。
「真?目を覚ましたか?」
声がしたほうを見ると、福田さんがお茶を飲んでいた。
「ああ、良かったなあ、全部終わったよ。全く、もうそんな無茶しないでくれよ。俺の友人が減るのは嫌だから」
「…ごめんね」
「いや、逆だよ。真は裕と自分の母親を守ったんだ。すごいな、怖かったろ、頑張ったな。不器用だけど、ちゃんとみんなには伝わってるから」
「…うん」
「失礼します、あ、お父様ですか?」
いつもと変わらないスーツを身にまとい、小さな花束を持ってきたのは、斎藤だった。
「いやいや、ただの友人です。じゃ、俺はみんなに連絡して来るから」
父親と間違われたのが気まずかったのか、福田はすぐに病室を出て行ってしまった。
「…天野さん」
「…ごめんなさい、迷惑かけて」
「そんなこと思ってるわけないじゃないですか、天野さんが刺されたってお兄さんから聞いて、すごく驚きましたけど、天野さんがお兄さんをかばったとも聞いて、天野さんらしいなと思いました」
「…え」
「天野さんは、あんまり言葉で気持ちを伝えることが少ないですけど、行動ではめちゃくちゃ気持ちが表れてますよ」
「そう、なんですね」
「僕は、そういうところも好きです。でも、天野さんがこういう目に合うのは間違ってます。今度は、僕が天野さんを守りますから」
「…本当に、ありがとう、うれしい」
斎藤の誠実な言葉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。
「おい」
裕の低い声が聞こえた。
「ただの仕事仲間だと思ったら、そういう関係だったのか…?」
「え、あ、お兄さん、初めまして、僕は別にそういう」
「なんだよ、好きって、今、言ってただろうが!真をちゃんと幸せにできる人間じゃないと俺は認めないからな」




