16. 私だけを見てくれる
〇月〇日
最近、義明さんとうまくいかない。
新しく生まれる子のこととか、裕の幼稚園のこととか、いろいろ話したいことがあるのに、繁忙期の残業と仕事のストレスでまともにしゃべれなくなっちゃった。
正社員の経験もないからいまいち仕事のストレスを理解できないしな。
引っ越ししたばっかりで家のことも落ち着いてないし、やることがいっぱい。
とりあえず明日、散歩がてら家の近くの散策でもしようかな。
〇月〇日
初めて義明さんと大喧嘩した。今も頬が赤く腫れてる。
もちろん気が遣えない私も悪いけど、いくら何でも手を上げられるのはショックだった。
明日の朝もう一回話し合えるかな。
もうすぐ生まれるおなかの子のためにも。
〇月〇日
久しぶりに義実家へあいさつに行った。
義明さんと結婚できて幸せね、と言われたけど、本当にそうなのかなって最近思い始めている。
そんな自分にも嫌気がさす。
家のために頑張って働いてくれる義明さんのためにももっと頑張らないと。
〇月〇日
だんだん体のあざが隠せなくなってきた。
なんで義明さんは私を殴るの?
裕の入園式にも来ないし、あの人からの愛情を感じられないのが辛い。
匠にも指摘されて、この前の親戚の集まりの時も言われたし、正直に言った方がいいのかな。
誰かに助けてほしい。限界が近づいてる。
〇月〇日
お義母さんにあざのことを打ち明けたらビンタされちゃった。
まあ、証拠もないんだからそりゃ自分の息子の方を信じるよね。
あの人、暴力をふるうときは子供たちにも見えないところでやるの本当に卑怯。
でもまだあの人が改心することを待っている自分がいる。
相談する相手が間違ってた。もう嫌だ。
〇月〇日
バレないように離婚届を書いてみた。楽しかった。清々した。
本当はまだ義明さんが好き。だけど、もう無理だ。
私に勇気があれば、子どもたちと一緒に家を出たい。
直せるところは直した。頑張った。でも義明さんとは合わなかった。それだけ。誰も悪くない。
本当にごめんなさい。でも、子どもたちに幸せになってもらうために私は義明さんから離れる。
義明さんに出会えてよかった。
明日の夜、ちゃんと話し合おう。
「天野義明は、俺の妻にストレスをぶつけ、暴力をふるっていた。でも、シングルマザーとしてやっていける経験はないし、親戚は天野を褒め称え、精神的に疲弊していった。」
男はようやく落ち着いた口調で話し出した。
「俺は、やつれていく彼女を見て、ただ相談に乗っているだけじゃだめだって気づいて、君を誘拐した」
男と目が合う。
「俺の姉も、旦那のモラハラで自殺した。君が生まれたころだったかな」
男の話は続く。
「君とお兄さんを誘拐して、どうにかなって俺と彼女の子にできないかなあって、バカなのはわかっているが、彼女が死ぬくらいなら犯罪者になった方がましだ。浅い考えで行動に移したが、今では君のお母さんは俺の妻となり、死ぬことはなかった。大成功だと思わないか?」
「母さんはあんたのこと信じてたのに、夫婦としてやり直したいとずっと思ってたのに、それに応えようとしなかったのはお前なんだよ。お前こそ、母さんの何が分かるんだよ。暴力ばっかり振るうお前なんかと結婚したことすら、母さんは後悔してないんだよ」
『まだ結婚もしたこともないバカに何が理解できるんだ、お前の母親はお前が知ってる以上に無能で、ビッチで、何もできない人間なんだよ』
「そりゃ夫婦の事情なんて知ってるわけないだろ。だとしても、俺はあんたと母さんの子どもだから」
「多分、君のお兄さんは、花音の母親が自分の母親だと知ったから近づいたんだろう」
「…え」
「あ、知らなかった?そうか、驚かせたね」
思いもよらない事実を急に聞かされ、思考が止まる。
「え、お、お母さんは、結婚、してる、んだ」
「…君のお母さんはね、俺のせいで、君たちに2度と接触できなくなってしまった。悩んだけど、君のお父さんに歯向かう手段が思いつかなくてね、君たちとの人生を諦めたんだ」
勝手に、お母さんも私に会いたくて、私を探しているのかと思っていた。
でも、薄々感じていた。
お母さんに会いたがってたのは、私の方だけだったのか。
また、もう1人、私を必要とする人がいなくなる。
私の愛は、もう誰にも届かないの?
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
警察官が車の窓を叩いた。




