11. 私を越えられない
「私はどうしたらいいと思う?」
「え…」
目が合ったままどちらも口を開けない。
「…ごめん、今日は解散しよっか」
「あ、えっと…うん」
どんな声をかければいいか全くわからず、無言で別れた。
親友と実の兄弟に子供ができたにもかかわらず、今はうれしくない。
街を歩いて頭の中を整理しているときに裕からLINEが来た。
『話したいことあるんだけど空いてる?』
「おつかれ」
「おつ」
適当な居酒屋に集合して、兄と向かい合わせで座る。
「どうしたの?」
「まあ、とりあえずなんか食べよっか」
「単刀直入に言うけどさ、花音さんに会った?」
「ああ、もうそんな話になってたか」
「何があった?」
私も裕も少しにらみ合いながら顔をうかがう。
あなたは何を知りたい?
「…」
スーパーでたまたま会ったということにして、裕に軽く話をした。
あおいのことは何も言わない。
妊娠はお兄ちゃんが直接聞いて。
「そうか」
ビールをちびちび飲みながら状況を整理しているようだった。
「あおいはどうして花音さんのことを知っていた?」
「スマホの通知をたまたま見たって」
「真は?」
「あんたが女の人と一緒にいるところを見た」
「ふうん…」
「私からの質問ってもういい?」
「…ああ、うん」
「何がしたいの?浮気?それとも何か違う目的がある?」
「浮気なわけないだろ」
「別に私お兄ちゃんのこと信用しているわけじゃないからギリ浮気もあり得ると思ってるけど」
「目的と言うか、まあ利用しようとはしていた」
「浮気と間違われるくらい女の人に近づく必要はあった?」
「…なかったかもしれない…かな。それは俺の力不足というか、そうするしか方法が思いつかなかった」
不器用な兄のことだから、最近やっと周りを傷つけていることに気づいたのだろう。
「そう。私からもう質問はないけど何か言いたいことある?」
完全に真の方に形勢が逆転していた。
というか、お互いに探り合いすぎて何の情報も得られない。
「今は俺の行動とか目的は詳しく言えない」
「…」
「いずれ言うから、真はもう近づかないで」
「…分かった」
「もうすぐでこんなことしなくて良くなるから。俺のことが終わるまで、迷惑かけないから」
「…うん」
「本当にごめん」
「それはあおいに言ってよ」
「うん」
「そろそろお開きにしようか」
「ああ」
もうこれ以上しゃべっても話は特に進まないだろう。
2人で冷たい外気に触れた。
駅へと向かう沈黙を破ったのは真だった。
「お兄ちゃん」
「ん?」
お兄ちゃんは、喧嘩をしてもいつも優しく振り返ってくれた。
人の気持ちを考えて行動することは少し苦手だが、大切にしてくれている気持ちは伝わる。
「私は、お兄ちゃんの敵にはならないはずだから」
「…」
「お兄ちゃんは、いなくならないでね」
「俺はいなくならないよ」
お兄ちゃんは表情を変えずに即答し、再び歩き出した。
真もそれについて行った。
いつも通り気持ちを切り替えて仕事を行ったつもりが、斎藤さんに顔をのぞかれていた。
「少し顔色が悪いように見えますよ、大丈夫ですか?」
「…え?私?」
「天野さん以外いないですよ」
「ああ、ごめんなさい、ちょっといろいろあって」
「そうだよ~、どうしたの最近?」
「え、麻衣?」
珍しくうちの部署に用事があったらしく、麻衣が肩を叩いてくれた。
「今日3人で飲みいかない?斎藤君とも話してみたいし!」
「え、いいですね!…天野さんはどうですか?全然無理しなくても大丈夫ですけど」
「…いこっか、たまには少人数でご飯食べよう」
「やった~!」
真を励ます気持ち半分、自分たちが楽しみたい気持ち半分が見え見えだった。
それでも、真は周りの温かさがうれしかった。
ふと、麻衣と斎藤さんの笑顔を、あおいと兄に当てはめた。
純粋だった2人の笑顔は、母親を失った真の心をどんどん埋めていった。
母の所在が再び気になり始めたのは、2人の笑顔をあまり見なくなったころだったような気がした。
何とも言えない気持ちを隠すように、無理やり口角を上げた。




