10. 私はどこにいればいいの
「あ、いや、充電ケーブルを間違えて段ボールの中に入れちゃって」
「…ここにはお前の段ボールはない。ちゃんと戻せよ」
「ああ、ごめん」
着ていたジャケットを使って日記を隠したおかげで、特に何も言わずに親父はリビングへと歩いて行った。
上着で日記を隠しつつ、部屋に置いてあるリュックに向かった。
父にはこの本に勘付かれずに終わった。
リュックに日記を入れ、スマホを手に取ると、不在着信が2件来ていた。
真と、花音。
どちらから折り返そうか悩んだあと、着信ボタンを押した。
「もしもし、花音さん」
『あ、裕くん、今大丈夫?』
「大丈夫です、すみません、電話出れなくて」
『ああ、いいのいいの!仕事のことで確認したいことが一個あったんだよね』
『おっけ、ありがとう、助かったよ』
「いえ、担当している俺しか分からない案件なんでいつでも質問してください」
『ありがとう…それとさ』
「…はい?」
『…来週どこかで会えないかな、伝えたいことがあって』
「…分かりました。空いてる日確認してラインしますね」
『うん、ありがとう!それだけ、じゃあね、おやすみ』
「はい、おやすみなさい」
「もしもし」
『あ、お兄ちゃん?不在着信来てたから何かなーと思って』
「ああ、ちょっとあおいのことで聞きたいことあったんだけどもう大丈夫」
『ああそう?ならいいけど、あ、そういえば』
「ん?」
『あおいがちょっと貧血っぽかったらしくて、ちょっと心配』
「…そうなのか」
『うん、ちょっと気遣ってあげて』
「分かった、じゃ」
『はーい』
一通りやることは終わったので、例の日記を手に取る。
俺がこんなふざけたことをしているのには理由がある。
あおいを放って花音をそそのかしていることも、父に隠れて母の日記を読んでいることも。
俺だって、人の子だから。
俺だって母さんに会いたい。
ある日、真はとあるスーパーに来ていた。
以前斎藤がアルバイトとして働いていたスーパーで、母はここの常連客にそっくりだったらしい。
何か手掛かりがあるかもしれないと思い、立ち寄ってみた。
真の実家からも真の家からも少し離れた、広い店だ。
スーパーかつ常連ということは、母の家はこの辺りにあるということなのだろうか。
静かな店内をぐるぐると回っていると、見覚えのある顔がレジの方に見えた。
会計をしながら店員と喋っていた。
近づいていくにつれて、その疑いが確信に変わっていった。
裕の不倫女が買い物を終えたところだった。
驚いているうちに女はエコバッグに商品を入れ、スーパーを出ていった。
はっとした真はあわてて女を追いかけた。
話しかけるべきかどうか迷いながら後をつけると、女の歩く足が止まった。
女は、あおいに声を掛けられていた。
あおいは後ろにいた真にも気づき、3人は無言で立ちすくんだ。
「…え?」
「…あ、えっと…」
誰から会話を始めればいいのか分からず、焦る。
「えっと、まず!どなたですか?」
女があおいの方を向いて話しかける。
「あ、はい。私は太田あおいと申します。天野裕の彼女と言えば分かるでしょうか」
「えええええ!?か、彼女!?」
「ああ、彼女いること知らないパターンですか」
「ああそっか、えっと…」
「あの子は私のお友達です、私とあなたの事情には関係ない子です」
とりあえずファミレスに入ってみた。
「初めまして、木村花音と申します。えっと、仕事の関係で裕くんと知り合って、連絡を取っている関係です」
「…そうですか」
「裕くんの彼女さんなんですよね?」
「はい」
「正直言いますが、私は裕くんのことが好きです」
「…は」
「奥さんではなく、彼女ということなら私は諦めないつもりです。申し訳ありませんが」
「…」
「私は本当に彼女がいると聞いていなかったので、浮気云々は裕くんの方とお話しください」
「…」
沈黙が続いてしまったため、女が立ち上がる。
「しゃべることはもうないと思うので失礼します、お金置いておきますね」
「…はあ」
あおいは女が立ち去った途端、頭を抱えた。
「…ほんとにうちの兄がごめん」
「はは、なんか適当に妹ってこと明かさないでみた…」
「あおいはどうしてあの女のこと知ってたの?」
「裕のスマホちょこっと見て名前知って、裕の後ちょっと付けたり」
「へえ…」
「真はどうしてあそこにいたの?」
「私は別件であのあたりを歩いてたら見かけて。前たまたま裕とあの女が一緒にいたとこ見てあっと思って」
「そうなんだ…」
「うん…」
「…実はさ」
「うん」
「私妊娠してるの」
「…はあ?」
「貧血起こしたとき病院行ったら妊娠してた」
「…え?」
「体の調子がおかしかったから、多分そうかなとは思ってたけど…」
あおいはぽろぽろと涙を流し始めた。
「私はどうしたらいいと思う?」




