女王を、捨てたのは
リィン、ゴーン、と鐘の音が鳴り響く。
弔いの鐘の音。
女王が亡くなって、早三年。
この国は、今尚、女王の命日に国中の鐘を鳴らし、かつての名君の死を悼む。
素晴らしい、王だった。
齢十六にして、王位に就いた彼女。
宮中には古来より王族に忠誠を誓った王族派と、新興貴族たる革新派に割れ、王族たる彼女には相当の圧がかかっていただろうに。
……それでも、彼女は折れずに立ち続けた。
有力な貴族たちに国への積極的な投資を促し、インフラの整備や治安の維持・向上を推進。
そうして生活の基盤を整え、ヒトとモノの流れが好転していく中で、予てより準備していた商いの種を芽吹かせた。
そうして、国力を強化していったのだ。
当時は変化にすぐに適応できず、些か目を白黒させていたが……今になってみれば、思う。
彼女が打ち出した数多の施策一つだけを手に取ったとしても、如何に成し遂げることが難しいことか。そして、今に至る影響の大きさを。
……教会に赴けば、国民が集まっていた。
アルベルティーヌ・バルベルナ。
麗しい絵姿の下には、尊きその御名が刻まれている。
誰もがその女王の御名を呟き、祈りを捧げていた。
私もまた、静かに女王への祈りを捧げる。
天の国での、安らかな眠りを。
そして、我々の日々を見守っていただくことを希う。
「ダニエル書記官。我らが女王が亡くなられて、早三年経ちますが、今のお気持ちは?」
祈りを捧げ終わり教会を出ると、待っていたかのように記者たちに囲まれた。
かつて女王が教育に力を注いでいた為、この国の字の普及率は他国に比べて高い。
それ故、情報を伝達することを生業とする者たちも他国に比べて多く存在している。
「早三年……確かに、もう三年かという思いがあります。女王が去ってからの日々は確かに時の流れが早く感じ、未だ三年かと思うこともあります。ですが、今日この日ばかりは、女王の訃報を聞いたことが昨日のように感じられ、悲しみに心が重くなります。……我らが偉大な女王の冥福を祈っております」
周りは静かだった。
彼らの誰もが、厳かな雰囲気を身に纏い、悲哀が籠った表情を浮かべている。
一見して、彼らが女王を慕い、そして女王の死を悼んでいることが理解できた。
「ですが、我々はこれからも生きていかねばなりません。例え、我らを導く燈がなくなろうとも、皆で知識を持ち寄り、そして一歩ずつ進まねばならないのです。それが、志半ばで倒れられた、我らが女王への恩返しにもなると、私は心の底から思っています」
女王が亡くなったのは、宮中で裏切りがあったから。
……その裏切りは王族派からも、革新派からも。
王の側近くで侍り、媚び諂うことで甘い汁を吸っていた一部の王族派の者たち。
自らの既得権益を維持することを至上命題とする一部の革新派の者たち。
そのどちらもが、彼女を蹴落とそうと動いた。
滑稽なのは、関与した誰もが想像していなかった程、見事に策がハマってしまったこと。
決して仲が良いと言えなかった両派閥は、当然のことながら女王を追い落とすのに、連携して動くことはなかった。
だというのに、不思議と、そして見事に、其々の策が連動し合い、そして最悪の結果に終わったのだ。
……女王の死、という形で。
彼らが行ったことは、いずれもそれ単体のみであっても罪に問われるべきものだ。
自身が行っていた不正を、女王に押し付けた。その為の偽証を作ることにすら、手を染めて。
自領における農産物の取り高を偽った。
災害のせいだ、と誤魔化して。そうして、国に納める税を懐に納めた。
女王の悪評を故意に浸透させる。それは、情報社を買収し、上流社会のみならず民にまで浸透させる程の徹底さで。
そうして、愚かな女王という虚像を作り出した。……否、作り出せてしまった。
その行き着く先は、民の暴動。
女王を守るはずの近衛兵の士気は低く、なす術もなく守りは突破された。
元より、王族派も革新派も女王を守る気はサラサラなかった。
そして、民が女王を捕らえんと突入したその時…….。
女王の死体が、発見された。
毒だった。自決か、あるいは他殺か。
暴動の混乱により、それは永遠の謎だ。
確かに分かることは、女王は永遠に失われたということだ。
その後、女王の後釜を狙って王族派と革新派が対立。
どちらも脛に傷がある者同士の戦いだ。
始めは、革新派だった。
革新派が、王族派の行った不正と偽証いう女王への裏切りを掴み、暴露した。
窮地に立たされた王族派は何とか革新派の行った横領や悪評の流布を掴み、仕返しにとばかりにそれを国中に暴露した。
結果、またしても民の暴動が起こった。
そうして、幾つもの貴族家が滅びたのだった。
その後、残された中立を謳った貴族と、平民の中でも特に文か武で有力な者たちが立ち上がり、国の中枢を担う。
その中で女王の名誉は、回復された。
王族派と革新派が歪め、なかったことにされていた彼女の功績が、やっと日の目を見る事になったからだ。
真実、民を慈しんでいたのは、女王だったのだ。
国中の民が、中枢に座る者たちも含め、誰もが女王を失ったことを嘆いた。
けれども、女王は戻ってくることはない。
そして毎年、女王の命日に国中の鐘を鳴らし、かつての名君の死を悼むのだ。
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「……良かったのか?アルベル。君を慕う声がたくさんある、と聞くが。今なら国に戻れば名君として迎え入れられるのでは?」
夫であるセドリックの言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「面白い冗談ね。……誰が戻りたいと思うのかしら、あんな国に」
「まあ、そうだよな」
セドリックもまた、楽しげに笑う。
「まあ、よくぞ保っている、とは思うよ。君が死んだことになって、王族派と革新派が対立するようになった時、どちらが立とうとも、あの国も終わったと思ったものだ」
「そうよね、運が良いわ。まさか、共倒れになるなんて計算外」
ゆったりと座る彼に、しなだれかかるようにくっついた。
宮中であればうるさ方もいただろうけど、ここは自宅だし、相手は夫だ。
何の問題もない。
「でも、君は愛国精神が強かっただろう?健気に頑張る中立派を応援しようとは思わなかったのか?」
彼が私を抱え込んだ。
「思わなかったわね」
「ほう、それは何故?」
「そもそも愛国精神なんて、王族派と革新派とで戦っていた時から、ガリガリと削られていたわよ。それでも何とか頑張ろうと思っていたけど……私を貶めようと動いていることを知った時には、殆ど消えかけたわね」
「まあ、気持ちは分からなくはない」
「でも、完全に消えたのは中立派と民のおかげよ」
「……それは意外な答えだな」
「そうかしら?中立派は、知っていたのよ。彼らがどんな不正をしていたのか。だって、私と彼らの議論を、中立派は聞いていたもの」
「ああ……つまり消し去られていた君の功績を、彼らは君の手柄ということも、消し去られたということも知っているのか」
「それどころか、不正の追及を両派閥にしていたからね」
「なるほど、それは罪深い」
「そうでしょう?やらかした奴らもやらかした奴らだけど、見て見ぬふりをした奴らも同罪……というか、それ以上に最悪ね」
「それならば、民は?君の功績やら、不正が派閥によるものだということを、知らなかっただろう?」
「知らないことを、知った気になっていたことに嫌気が指したのよ。ホラ、私の悪評とか。彼らは面白おかしく広めてくれたわね。事実かどうか、分からないままに。結果、彼らは冤罪で人を殺したのよ。ま、私は死んでいなかったけれども」
「それは手厳しい。だが、正論は正論だな」
「お陰様で決心がついて、両派閥が私を排除するのを手助けしたわ。そんなに私に消えて欲しいなら、消えてあげる……ってね。彼らの焦った顔は、とても見ていて楽しかったわ。まさか、あんなに上手くいくとは思っていなかったでしょうから」
「だが、ドレッド侯爵やらレイゼル伯爵は有頂天になっていたな」
「……ああ、彼らは鈍いからね。普通は、上手くいきすぎていることに、警戒する筈なんだけど」
「その表情を見て、君なき国がどうなるのか、本当に面白いショーを見ることができると確信したよ」
「あら、恐ろしい方」
「究極、君が手に入れば私は良いからな」
「あら、愛おしい方」
「正直、偽薬と分かっていても君が倒れていることには血の気が引いたし、無事に君が私の手中に収まるのか心配で仕方がなかったよ」
「それは、貴方のお陰よ。貴方が、たくさん私の故国に人を入れておいて下さったから」
「まさか、君を攫う為に使うとは思わなかったけどな」
「ふふふ……旦那様。私、貴方と共にいることができて、本当に幸せ」
私は、女王という地位を捨てた。
責務を果たさなかった私は、王として失格だろう。
でも、それが何だというのだろうか。
先に私を捨てたのは、彼らだ。
私を裏切った者たち、目先の欲に目が眩んだ者たち。
……彼らは、自ら犯した罪が白日の下に晒されている。
けれども、全てを知っていて、黙っていた者たちと、知ったような気になって無責任にも批判を繰り返していた者たちは……自覚すらないだろう。
私を追い詰めた一翼を担っていたことを。
だから、被害者として彼らは立つ。
そして、きっとまた繰り返すのだろう。自覚のないまま
さて、次の矛先は誰になるのかしら。