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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

来世クエスト

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、一日あたり、ほにゃほにゃ円と……。

 あ、つぶらやくん。今日はこのあたりを散歩してたのかい? 奇遇だねえ。

 僕? いや、恥ずかしながら引きこもり生活も限界を迎え始めてね、ちょっとまた働き出したってところ。


 通帳を見て、お金が増えていくのは楽しいものがあるのは確かだよ。だが、ふと自給換算とかし始めると……自分の価値って、いかなるものなのか考えたくなってしまう。

 つぶらやくんも、考えたことはあるかい? 会議の時間、トイレの時間、移動時間……休憩以外の時間で、どれくらいのお金がかかっているのかを。

 特に会議などはみんなが集まるわけだから、全員の時給をまとめて換算したら、相当な額になるんじゃあないかな? そのコストをかけるに足る会議ができているか否か……これもまた、仕事するうえで考えるべきことかもしれない。

 お金、報酬は何においても大事なもの。それのためなら、思いもよらない行動に出てもおかしくない。

 最近、友達とあったときに聞いた話なんだけど、耳に入れてみないか?


 それは、友達が夜中に家の近くの自販機で、飲み物を買おうとしたときだ。

 自販機手前の十字路の左手から、不意に人影が出てきた。

 フード付きのパーカーにジーンズ。お腹の横のポケットに手を突っ込み、前傾姿勢になりながら道を歩いていた。

 見通しがききづらい場所にくわえて、このとき、友達はすでに小走り気味だから、あやうくぶつかりそうになる。

 急ブレーキをかけ、ほんの十数センチの手前で止まりきり、胸をなでおろしたのもつかの間のこと。


 その足を、払われた。

 道をゆくパーカー姿が、通り過ぎる瞬間に、柔道でやるように足を刈ってきたんだよ。

 不意を打たれたこともあって、友達は全然反応できない。あっけなく尻もちをついても、すぐには何をされたのか分からなかった。

 パーカー姿にしても、それまでの悠然とした歩みはどこへやら。友達の転ぶのを見るや、全速力で道を横切り、逃げ出してしまったんだ。


 舌打ちして、ちょっと恨み言をぶつけてやる。

 転ばされた瞬間からの怖さを、こうも簡単に塗り潰してくれるから、憎しみとはありがたい感情だ。

 けれどもその背と、遠ざかっていく足音を聞きながら、友達はふと思ったのだそうだ。

 姿も足音のリズムも、自分がよく見聞きしている相手に似ている気がしたんだ。



 翌日。

 友達は学校へ行くや、クラスメートのひとりをつかまえる。

 昨晩の背丈や足音から、こいつと目星をつけていた人物だ。特に足音のリズムは特徴的だから、他の人とはまず間違えることがない。

 いちおう、カマはかけて遠回しに追及した形だけど、クラスメート自身はすぐに思い当たったらしく、すぐに謝罪をしてくれたそうな。

 ただ、誓って自分が悪さをしたわけではない、とのたまわれて、友達としては疑問符もいいところ。

 そのうえ、続く言葉がますます妙で、まゆにつばをつけながら聞く羽目になった。


 クラスメート曰く、「来世クエスト」の影響だろう、とのこと。

 本当はもっと堅苦しい名前らしいが、友達が話を要約したところ「だいたい合ってる」とクラスメートにいわれたので、以来はその呼び名にしている。

 それは現世の場で、来世が課せられる労働のこと。現世において不幸が及ばないようにするため、来世の自分が働いて報酬をいただく行為らしいのさ。

 現世で頑張っても稼ぎが足りないときなどに、こいつは起こる。意識をなくした現世の身体を来世が借りて、「クエスト」に励むんだ。


 はたから見て、そいつが何をしているかは予測不能。

 善行、悪行、奇跡、犯罪……実際にしでかすまで、分からない。そいつも現世の危難を避けるに、ふさわしい見返りがあるものらしいんだ。

 現世にそのままでいられると、来世に悪い影響が出るらしいから、つどコントロールしてつじつまを合わせに来る……というのが、来世クエストの内容。


「というわけで、それたぶん来世の僕のクエストだからさ。ひらにごよーしゃ、お願いしまーす!」


「なにが、『というわけ』だ。どーせ、自分の黒歴史をごまかそうとしてんだろ。今度やったら遠慮なく張ったおすが、いいか?」


 いらだち紛れにそう返すも、クラスメートの顔が一気に険しくなる。


「……邪魔するの? ひどいことになるかもよ?」


 そういって、いきなり靴下の片割れをずり下ろして友達に見せてくる。

 足首のあたりから縦に、数針縫ったような傷跡があらわになった。

 他の誰かの「来世クエスト」の妨害をしようとした結果だ、とクラスメートは告げてきたらしい。



 多少、ビビってしまったものの、それでも自分に不快なことをしてきたことには、変わりない。

 絶対、次はとっちめてやるぞ……と心に誓う友達だったものの、その学校からの帰り道。昨晩とは違う、自販機の前を通りかかったところ。

 その陰から、こちらへぶつかるように飛び出してきた人影がいる。

 夜に見たパーカーとジーンズ姿だったが、クラスメートとは違う。背も低いし、なによりあいつはまだ教室にいるはずだ。


 こちらに組み付こうとしてくるが、図体の小ささにくわえて、友達も気が立っている。

 反射的に右フック。よろけかけたところで、追い打ちのケンカキック。

 その小さい体躯は、昨晩の自分以上に無様な転がりようを見せる……と思いきや、受け身を取りながら、すぐさま立ち上がって逃げ出したんだ。

 思いもよらない身のこなし。つい追いかけようとして、やたらお腹のあたりに風を感じる。

 服の脇腹あたりが、深々と斬られて肌がのぞいていた。しかも、うっすらと血がにじんでいるのを見て、目を見張ってしまう友達。


 ――刃物を、持っていた?


 ぞっと背筋が寒くなる。あのまま取りつかれていたら、もっと深くやられていたのでは……。


 が、驚くのはまだ終わりじゃなかった。

 飛ぶようにして帰った家で、服を着替えつつ傷を手当てして、洗濯機に前の服を突っ込もうとしたところ、あいつの着ていたパーカーがすでに入っていたのだから。

 そして居間のソファでは、クッションを抱えて熟睡している弟の姿。その頬には、真新しい青タンができていたらしい。

 ちょうど、友達があいつに右フックを見舞ったところにね。



 数日後。

 友達の弟は、大きな交通事故へ巻き込まれる。

 一時期は命も危ぶまれたものの、かろうじて持ち直し、今ではまた普通に暮らすことができているという。

 来世クエストのことは、弟には話していない。今でも、完全には信じてはいないそうだ。

 けれども、もしあそこで自分がクエストの通りにケガを負うか、あるいは命さえも落としていたなら、弟は無事でいられたのだろうか……などと考えちゃうのだとか。

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