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第7話 最後の贅沢

 文章をまとめきれず、前話よりも長くなってしまいました。

 時間に余裕があるときにご覧ください。


 ネペンテスの件から数週間が経過した。冒険者に周囲の調査を依頼し、安全が確認できたことで、村は平穏な生活に戻ってりつつあった。

 しかし、ノーマは悪夢に苦しめられていた。ネペンテスに襲われたその日は、エメスの話で頭が混乱していたのが幸いしたのか、そのときは特に変化はなかった。だが、時間が経ち、頭が冷静になるにつれ、ネペンテスに締め上げられたときの恐怖が蘇り、悪夢という形で現れていた。そんな悪夢を見ては飛び起き、母に添い寝をせがむようになった。悪夢は時間が経つにつれて頻度が多くなり、ノーマは日に日に疲弊していった。その影響でノーマは外に出ることにさえ恐怖を感じるようになるほど、ネペンテスの一件は心の傷として深く残ってしまった。

 そんなノーマを両親はとても心配していた。以前よりも食事量が減り、笑顔が消え、思いつめたような表情をする娘の姿は見ていてとても不憫だった。

 そんなある日、ヒューゴは届いた一通の手紙を確認した後、ノーマの部屋へ向かった。


「ノーマ、入るぞ」


 返事はなかったが鍵は付いていない。刺激しないようにゆっくり扉を開ける。すると、ベッドの上にある掛け布団が団子状になっていた。どうやら、掛け布団に包まっているようだった。ヒューゴは近くの椅子を引っ張り、腰掛けるとノーマに問いかけた。


 「ノーマ、明後日三人でベナドに行かないか?」

 「……!」


わずかだが、ノーマに反応があった。

ベナドとは、ボタン村から馬車で数時間の場所にある交易都市である。規模は左程大きくはないが、独自の貿易ルートを持っているため、稀に希少な珍品が輸入されることがある穴場として有名である。

 ほとんど娯楽のないボタン村の住人にとって、美味しい食べ物が並ぶ屋台や遊技場、見たことのない異国の品々、そして、踊りや演奏などの大道芸で人を魅了するパフォーマーたちが一堂に会するベナドは、まさに遊園地のような場所なのである。

 ただし、ベナドに行くまでの交通手段の確保とその費用、外部の人間が入るための入場料、そして、当然ながら飲食や買い物、宿泊施設を利用するための諸々の費用……というように何かとお金が必要になるため、特別な時にしか行くことのできない場所でもある。

 ノーマは行きたい気持ちでいっぱいだったが、魔獣への恐怖心から踏ん切りがつかない。葛藤からか包まった布団が蠢き、唸り声を上げていた。


「ベナドにいる友人が招待してくれたんだ。交易が盛んな分、警備も厳重だから安全だぞ」

「……」

「……出発は明後日の早朝だ。明日までに行くかどうか決めておきなさい」


 ヒューゴが椅子から立ち上がろうとすると、ノーマが布団から顔を出した。表情は暗いままだったが、まっすぐヒューゴ見つめている。


「……行く」

「そうか、なら準備はしておきなさい」

「うん……」


 ノーマの頭をくしゃくしゃと撫で、ヒューゴは部屋を出た。まだ外へ出ることへの恐怖は残っている。だが、過去に一度連れて行ってもらった楽しい思い出がわずかに勝った。こうして、ベナドへの日帰り旅行が決まった。


 当日、三人はベナド行きの馬車に乗り込んだ。

 検問所での検問を受け、門を潜ると、ボタン村ではありえないほどの人の数、背の高い建物、そして、青空と青い海が広がっていた。


「ヒューゴ!」


 ヒューゴを呼び止めた男性はリト・リダン。ヒューゴが契約している商業ギルドの職員である。ヒューゴが卸している装飾品の担当であり、取引を続けていくうちに親しくなった人物で、ヒューゴがノーマのことを相談したところ、ベナドへ招待してくれた人物である。


「リト、忙しい中すまなかったな」

「いいって、そっちも大変だったんだろ。……ほら、この地図やるよ。評判の店とかいろいろまとめてある。後は……これもやるよ」

「……これは?」

「引換券だ。使える店は限られているが、食べ物やお土産と交換できる」

「いただいてもよろしいのですか?」

「気にしないでください。ギルド職員には度々配られるんですけど、休みがほとんどないせいで使う暇がないんですよ。期限もあるし、使っちゃってください」

「ありがとうございます」

「お嬢ちゃんも、今日はいっぱい楽しんでいきな」

「はい、ありがとうございます」


 リトに礼を言い、早速渡された地図に従って散策を始めた。大道芸人が集まる広場は特に賑わいを見せており、ノーマも目を輝かせていた。

 しかし、以前は興味を持つと制止も聞かずに突撃していたノーマだったが、ルマリアの服を掴み、傍を離れようとしなかった。はぐれるよりマシではあるが、これはこれで心配になった。


 ヒューゴたちは、地図に書かれた話題の大道芸一座を見ることにした。大道芸は精霊術に頼らず、磨いた己の技量のみで繰り出される妙技で人を魅了する。特に、この一座の最大の特徴は楽団員の音楽に合わせて芸を披露するというもので、その様は見る者の心を躍らせた。

 後ろで観ている人の邪魔にならないように、ヒューゴはノーマを肩車していた。それが却って目立ったのか、観客参加の芸に指名されてしまった。


「そこのお嬢さん、お手伝いをお願いできるかな?」

「わ、わたし……?!」

「頑張って、ノーマ」

「それでは、ステージへどうぞ!」


 大道芸人は曲芸を交えながらカードをシャッフルしている。観客の声援と笑い声が響く中、ノーマはステージに向かった。気恥ずかしさこそあるが、こういう楽しい空気は嫌いではない。何をやるかはわからなかったが、緊張と期待を胸にステージ上がった。


「それでは、カードを一枚引いてください」

「じゃあ……これ!」

「引いた数字は……ラッキーナンバー7!これより、このシルクハット中から七羽のハトが飛び出します―――では、1、2、3!」


 しかし、ハトは飛び出さない。やり直しても、ムキになって杖でシルクハットを叩いても出てこなかった。もちろん、この失敗は演出である。シルクハットをノーマに被せて杖で軽く叩くと、ノーマの服の下から次々とハトが飛び出てきた。


「えっ、なに、なに、なにこれーー!!?」


 ノーマのリアクションに、場は笑いで包まれた。

 実のところ、これも大道芸人の狙いであった。ノーマのように、あどけない子どもは良い反応をくれる場合が多く、その可愛らしい反応は場を盛り上げるにはうってつけなのである。ただし、この手法は人間性を見抜く能力がなければ、逆に場をシラケさせるリスクがあるため、簡単にはマネできる芸当ではない。それができているからこそ、この一座は人気なのだ。


「ありがとう、お嬢さん。皆様も、お嬢さんに拍手を!!」


 大きな拍手と喝采を浴び、照れくさかったがノーマは手を振って答えた。

 すると……一羽の小鳥がノーマの頭の上に留まった。


「おや、お嬢さん。頭に小鳥が留まっているよ?」

「えっ?」


 大道芸人に指摘され、頭上に手を伸ばす。しかし、小鳥はその手をヒラリと躱し、ノーマの周囲を飛び始めた。


 「お嬢ちゃん、後ろ……あっ、いや、右……いや、下……ダメだ、速すぎる」

 「えっ、どこ?どこにいるの? ―――うわぁっ!?」


 小鳥が自分の身体にぶつからないように、手足を動かし、気遣いながらも何とか視界に捉えようとするノーマに対し、そんなノーマを嘲笑うかのように小鳥はノーマの視界擦れ擦れを飛び回る。しかもノーマが完全に見失ったときには、くちばしで突いてわざと居場所を教えるように立ち回った。

 その様はまるで踊りのようで、観客からは笑いが起きていた。


「なにあれ~……」

「これもショーなのか?」

「いいぞー、嬢ちゃん!!」


 観客からの歓声を受け、悪ノリした楽団員がノーマの踊りに合わせて演奏を初めてしまったがために、ショーの一部のようになってしまった。歓声が観客を呼び、波及していく毎に、ノーマの引っ込みがつかなくなっていく。こうなっては、もう文字通り踊らされているしかなかった。

 しかし、踊りとは度重なる反復練習からなる洗練された技量とそれを支える持久力、体幹や感受性、諸々を合わせて初めて成立するもの。元々の才覚は別にしても、即興で踊らされているノーマには足りないものばかりである。徐々に持久力が無くなり、ついには膝に手をついてしまった。盛り下るかと思われたが、小鳥がノーマの頭の上に乗り、小さな翼を大きく広げてフィニッシュを飾ったことで、大いに盛り上がった。

 ヒューゴたちは、大道芸人の熱烈な勧誘を断りながら、ヘロヘロになったノーマを回収し、足早にその場を後にした。


 屋台でレモネードをもらい、近くのテーブルに座る。疲れた身体にレモネードの酸味と甘みが染みわたり、喉は潤ったが、ノーマはぐったりしていた。


「なんでこんな目に……」

「ご苦労様」

「しかし、意外と様になってたな。才能あるんじゃないか?」

「やめてよ~……」


 そんな談笑していると、さっきの小鳥が再びノーマの前に現れた。今度は真正面から向き合い、ノーマの顔を覗き込んでいる。


「あら、さっきの小鳥さんね」

「ついてきたのか?」

「もう、あなたのおかげでクタクタだよ……」


 頬を膨らませながら、ノーマは指で小鳥をつついた。小鳥は逃げる様子はなく、このスキンシップを楽しんでいるかのような反応を見せた。その姿はとても愛らしく、すっかり毒気を抜かれてしまった。

 一休みできたことで、ノーマの体力はある程度回復した。それだけではなく、数週間ぶりに外に出て、太陽の下で思いっきり身体を動かしたのが良かったのか、ノーマは精神的にも晴れやかな気分になっていた。


「ノーマ、次はどこに行きたい?」

「どこでもいいのよ?」

「……じゃあ、お店見たい!」


 行き先が決まり、移動を開始しようと席を立つ。すると、小鳥はノーマの肩に留まった。


「……一緒に周る?」


 小鳥はその言葉を肯定するように、微笑んでみせた。

 そこからは、屋台で軽食を食べ歩きながら、遊技場で遊び、観光を楽しんだ。表情が明るくなったノーマを見て、ヒューゴたちは胸を撫で下ろしていた。


 あっという間に時間が過ぎ、夕方になった。ヒューゴはリトに会いに行くため商業ギルドへ向かい、個室へ通された。


「リト、今日はありがとう」

「おう、その様子じゃ楽しめたみたいだな」

「何から何まで、本当にありがとう。しかし……何でここまでしてくれたんだ?」

「……罪滅ぼし、いや、自己満足かな?」

「……どういうことだ?」

「話したことはなかったな。オレの息子も魔獣に襲われたんだよ」

「!!?」

「ここのギルドに来る前は、別のところで働いてたんだ。その日は息子と一緒に馬車に乗って、他愛もない話をしながら荷物を運んでた」

「冒険者たちの巡回ルートを通っていたから安全のはずだった……だが、運悪く魔獣に出くわしてしまった。逃げようとしたが間に合わず、オレはひっくり返された馬車の下敷きになった」

「そして、投げ出された息子は……魔獣に……」

「そうだったのか……」

「なにも……できなかったよ……」


 リトは両手を強く握りしめ、目に涙を浮かべていた。それだけで、いかに凄惨な光景であったかが想像できる。


「幸か不幸か、冒険者が駆け付けたおかげでオレの命は助かった。だが、その土地にいるのが辛くてな……ここに転属してきたんだ」

「今も生きていれば、ちょうどお嬢ちゃんぐらいの年齢でな。魔獣の話を聞いて、他人事とは思えなかったんだ」

「……すまない」

「いいさ……湿っぽい話をしてしまったな。例の件、話は通してある」

「そうか……ノーマ、少し待っていてくれ」

「お母さんも?」

「すぐ戻ってくるからね」

「うん……」


 ヒューゴたちがベナドに来たのは、ノーマを励ます為だけではなかった。むしろ本来の目的は商業ギルドに借金の相談をするためであった。

 魔獣の一件で、エメスは金銭を受け取らなかった。しかし、受け取らなかったとはいえ支払わなくていいということではない。ギルドの職員から聞いた話では、ある貴族が治癒術師に治療を依頼した際に掛かった金額は金貨50枚だったという。ノーマたち三人家族が贅沢しなければ金貨1枚で一月暮らせることを考えると途方もない金額である。しかも、宮廷精霊術師ともなれば金額が2~3倍は跳ね上がる可能性が高い。

 そこで、商業ギルドがエメスへの金銭を肩代わりして、ヒューゴが商業ギルドに月々利子付きで返済していくことになり、ルマリアも商業ギルドから斡旋してもらった仕事をこなし、借金を返済していく形で話はまとまった。

 しかし、金額はあくまで目安であり、いくら掛かるかわからない以上、ヒューゴは備える必要があった。今回の旅行は、いつ終わるかわからない節約生活の前の最後の贅沢だった。

 

 一方、何も知らないノーマは個室で小鳥と戯れていた。


(ここなら、誰も見てないよね……)

「小鳥さん、わたしの友達を紹介するね。 ……ルビィ、アクリア、出て来て」


 その声に応えるように、ルビィとアクリアが現れた。港のように人の多い場所では精霊は目立ちすぎると考え、大人しくしてもらっていた。

 しかし、二人は不貞腐れていた。


「あれ、二人ともどうしたの?」


 二人が不貞腐れているのには理由があった。これまでネペンテスの悪夢に苦しんでいたノーマを、二人は必死に励まし続けていた。しかし、ノーマは無理に笑顔を作るだけで終始暗い顔のままだった。だが、小鳥と触れ合っただけで明るくなったのを見て、悔しかったらしい。


「ご、ごめんね。二人が励ましてくれたのも、もちろん嬉しかったんだよ?……ねぇ、お願い、機嫌直して?」


 精霊とのやり取りを見て、小鳥は笑っていた。その笑い声を聞き、ルビィとアクリアは小鳥に詰め寄る。


「二人とも、小鳥さんを怖がらせたらダメだからね?」


 ノーマの言葉に反応し、二人はノーマにある事実を伝えようとした。しかし、一足先に小鳥がノーマの元へ飛び、なんと声を掛けてきた。


「あなたと一緒にいると楽しそう。契約して?……って、えっ!?あなた、精霊だったの!!?」


 小鳥は擬態を解き、見覚えのある光の球体になった。ルビィやアクリアよりも二回り大きい緑色の光、それが小鳥の正体だった。


「でも、そんな理由で契約なんて決めていいの?普通に友達でもいいんだよ?」


 ノーマの問いに、精霊は答える。自分は風の精霊であり、基本的に一か所に留まることはない。しかし、魔力の波長が合う者が現れると、自分の居場所として留まるのだという。楽しそうだからというのも間違いではないが、一番の理由は居心地の良さだった。


「そういうものなんだ……ルビィもアクリアもいいかな?」


 二人は、精霊のノリの軽さにあまり好感を持てなかったが、ノーマを元気づけてくれたことには感謝していた。なにより、ノーマが精霊と友達になることを望んでいる以上、二人はその意思を尊重することにした。

 ノーマと小鳥を中心に風が吹き、風が床の表面を撫でると、元々そこにあったかのように魔法陣が現れ、緑の光を放ちながら風が吹き上がる。


「あなたを楽しませることができるかはわからないけど、これからよろしくね。“ネフラ”」


 ノーマとネフラは魔力の高まりを感じた。だが、ルビィたちの時よりも大きく力が湧き上がる感覚をノーマは感じていた。


「これって……!?」

「待たせたなノーマ……どうした?」

「ううん、何でもない」


 この場で自分が精霊術師であることが知れたら、また悪目立ちする可能性がある。そう思い、ノーマは咄嗟にウソをついてしまった。


 帰りの馬車の中、ノーマは疲れて眠っていた。両親はその寝顔を愛おしそうに見ていた。そして、これからの節約生活に向け、改めて気合を入れ直すのだった。


 お疲れさまでした。


 物語の方針が固まってきたので、あらすじを書き直そうかと思います。

 あまり良いことではないかもしれませんが、よろしくお願いします。

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