表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

第6話 宮廷精霊術師

 通常、精霊術師と精霊は契約で結ばれているものの、精霊の真の能力を引き出すには、共に同じ時間を共有し、長い時間と訓練を重ねて信頼関係を築くことが重要になる。

 しかし、ノーマの場合はその過程をすべてすっ飛ばして、今日初めて会い、契約した精霊を信じ、精霊もまたそれに応えた形になる。それは、普通ではありえないことだった。


(精霊術師になって1ヵ月かそこらの子どもが、「できるから」という理由だけで今日契約したばかりの精霊を含めた作戦を誰に教わらずにその場で立てたというのか……?)

「ルビィ、アクリア、ありがとう。だいぶ良くなったよ。 ……そういえば、二人とも仲良くなったんだね」

(作戦の要になる耐熱耐性の持続時間は使ってみないとわからないはずだ。 ……まさか、わかってやったのか? ……いや、それができるなら魔力欠乏症を失念するとは思えない……)

「グイッタとイアープもありがとう。二人がいなかったら、わたしは……あっ、そういえば傷跡もない。……そっか、二人は傷跡のことも考えてくれたんだね」

(なんなんだ。……一見滅茶苦茶なのに理に適っているようなそうでないような……詰めが甘いにしても異常だ。 ……まさか、天才だとでもいうのか?)

「熱っ……くない? ……あなたが魔獣を倒してくれたんだね。ありがとう、トロバ。―――うわっ、ととっ! ……忘れてないよ。フィルトもありがとう」

「ノーマ、君は……って、お前たちは何をしている?」

 

 エメスが思考を巡らせている間に、エメスの精霊たちがノーマの元へ集まっていた。ノーマの純粋さがそうさせるのか、普段は気難しい自分の精霊がここまで他者に興味を持つ姿を見るのは初めてだった。


(……少し、試してみるか)

「お前たち、彼女と少し話をさせてくれ。 ……ルビィたちもだ。グイッタは……」


 エメスが立ち止まり、精霊たちに声を掛ける。精霊たちは何かを悟るようにフィルトとグイッタ以外がノーマから離れた。


「あの、話って何ですか」

「……君は囮になったとき、自分のことは考えなかったのか?」

「えっ?」

「君の友人から君が自分から囮になったと聞いた。そのときに、少しでも君がいなくなったら悲しむ人がいることは考えなかったのか?」

「……っ!!」

(お父さん、お母さん……)

 

 ノーマは、ハックたちを助けたい一心で自分自身が囮になることを選んだ。しかし、それは森の中に逃げて木々を縫うように走れば振り切れるという何の根拠もない考えでの行動だった。そして、その行動結果、エメスが助けに来なければ確実に死んでいた。

 自分の行動の浅はかさ、何よりも両親のことを何も考えずに勢いで行動してしまったことに自己嫌悪した。


「わたし……そこまで考えてませんでした」

「精霊術師だからといって、君はまだ子どもだ。精霊をあてにしていたのなら自惚れが過ぎる」

「そんなつもりは……」

「なら、どういうつもりだ?」

「…………」


 エメスは、ノーマに対して責めるように詰め寄った。少女を相手に大人げなく見えるだろうが、追い詰めることで引き出されるノーマの答えに何かを期待していた。

しばらく俯き、考え込んでいたノーマだったが、一つ一つ絞り出すように言葉を発した。


「……最初に魔獣に追いかけられて、みんなで逃げていたときに、ルビィの炎で魔獣を追い払おうと思って……」

「でも、友達が捕まって食べられそうになって……ハック兄が助けに入ったけど、魔獣にやられちゃって……みんなが……泣いていて……」

「どうしても、助けたくて……でも、ルビィの炎も効かなくて……それでも、何かしたくて……」

「それで思い付いたのが囮だった……か」

「…………」


 言葉を発する毎に、涙声になっていくノーマ。エメスはノーマたちが置かれていた状況を改めて把握し、限られた選択肢の中で人を守ることを選んだのを知った。

 しかし、エメスからみればもう一つの選択もあった。この選択を選ばないことはわかっていたが、敢えてこの質問をぶつけた。


「君の友人を囮にしようとは思わなかったのか?」

「えっ……」

「君は精霊術師、世界でも選ばれた特別な人間だ。世間から見れば、彼ら4人の命よりも、君の命の方が何倍も希少だ。むしろ、彼らを囮にして逃げた方が余程―――」

「……けないで……」

「?」

「ふざけないでっ!!」


 ノーマは激昂し、エメスに食ってかかる。エメスは突然の怒号に多少驚きはしたものの、冷静に言葉を続けた。


「……ふざけてなどいない。君と彼らでは価値が違う」

「価値が何だって言うのっ!」

「!」

「大切で、守りたいと思ったら、価値なんて関係ないでしょっ!!」

「君は世界を知らないからそう言える。精霊術師一人の損失がどれだけ大きいかわかっていない」

「そんなの関係ない!」

「!」

「何が大切かなんて人それぞれでしょっ!他人が勝手に決めて良いはずない!」


 ノーマは、自身の思いの丈をエメスにぶつけた。その言葉を受け、一瞬グイッタに目線を落とした後、エメスの顔は徐々に緩み、ついには笑い出した。


「ふっ……ふふっ……はっはっはっはっはっ……!! そうだな、その通りだ」

「……はい?」

「いや、すまない。君がどういう人間なのか知りたくて、少し試させてもらった」

「なんでそんなことを……」

「精霊術師になった者は、他人よりも優れた力を持つことになる。そうなると、無意識のうちに驕りが出て、人を見下すようになる者が多いんだ。今回の場合なら、友人よりも自分の方が優れているから囮になった……そういう風にも取れるんだよ」

「わたし、そんなつもりは……」

「わかっている。君は「自分が力を持っていたから助けようとした」のではなく「大切だから助けにいった」のだろう。自身を顧みない危うさをみるに、精霊術師であろうが、そうでなかろうが、無茶をしてしまうタイプだな」

「そう……なんでしょうか?」

「自覚がないのか。 ……だが、そんな君だからこそ、君の友人たちはあんなに必死になったのだろうな」

「みんなが……?」

「ああ、「お願い」という体であったが、こちらが折れるまで放さないと言わんばかりにゴリ押してきたからな」

「みんな……」


 ノーマはエメスに悪いと思いつつも、友達が自分のために必死になって動いてくれたことについ頬を緩ませた。そんなノーマの様子見て、エメスは少し考えながらノーマに最後の質問を投げかけた。


「……時に、君は精霊たちを何だと思っている?」

「えっ……友達、ですけど……?」

「……そうか」


 答えを聞くと、エメスの表情は何かを決心したかのような真剣な表情になり、ノーマに向き直った。ノーマも張り詰めた空気を察し、表情が強張った。


「ノーマ、わたしの―――」

(グゥ~~~……)


 だが、その空気を一瞬でぶち壊すようにノーマのお腹が大きく鳴った。


「ご、ごめんなさい……」

「……いや、そういえばすっかり忘れていた。こんな物しかないが食べてくれ」

「で、でも……」

「今の君に必要なことだから気にするな。 ……時間を取った、村に急ごう」

「あ、あの、さっきの話は……」

「……すまない、気が抜けてしまった。後で話そう」

「ごめんなさい……」

 

 苦笑しつつもエメスはまた歩き始めた。

 ノーマは自分の卑しさを恥ずかしいと思いつつも、突如襲ってきた空腹感を抑えられずにいた。渡された袋の中には干し肉とドライフルーツ、そして塩で味付けされた炒ったナッツが入っており、少しずつ齧りながらフィルトの背に揺られていた。


日が落ちて夜になる頃にエメスたちは、村に到着した。村はハックたちから魔獣の話を聞いた後、速やかに厳戒態勢を敷き、子どもたちを家の中へ避難させ、大人が交代しながら順番に見回りを行っていた。

村の入り口の見張りをしていた男性に声を掛け、ノーマの無事を知らせると、ヒューゴとルマリア、そして村長が出迎えた。


「ノーマ、ノーマっ!」

「お母さん……」

「あぁ、よかった。本当に……よかった……」

「……ごめんなさい……お母さん……ごめんなさい……」


 他に目もくれず、ルマリアは娘の無事の姿を心の底から喜び、力一杯抱きしめた。ノーマは心配をかけてしまったこと、そして、ここまで心配してくれる人のことを考えなかったことを詫びていた。

 無事を喜ぶ二人の横で、エメスは村長とヒューゴとで話を進めていた。

 

「わたくしは村長のスイス・シリーです。この度は村の住民を救っていただきありがとうございました」

「いえ、こちらも立場上魔獣は放置できませんでした……失礼ですが、そちらがノーマさんのお父様ですか?」

「はい、ヒューゴ・ムビオスと申します。……おい、お前も礼を」

「失礼いたしました。妻のルマリア・ムビオスと申します。あの……失礼ですがお名前は……?」

「名乗るのが遅れて申し訳ない。わたしはモッコク王国の宮廷精霊術師、エメス・ミマと申します」

「宮廷……」

「精霊術師様……!?」

「なんと……!!?」


 エメスは、外套の下から宮廷精霊術師であることを証明する紋章を見せながら、自身の素性を明かした。その様子に、その場の全員が固まった。王族ほどではないにしろ、普通に生きていたら関わることなどない雲の上の人が目の前にいるのだから無理もなかった。

 そんな空気になることなど慣れているのか、エメスは構わず話を続けた。


「村長、魔獣について少しお話しておきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、それはもちろん。そうだ、ささやかですが歓迎の宴を開きましょう。宮廷精霊術師様の来訪と魔獣の討伐、そして住民を救ってくださったお礼も兼ねて……」

「お気持ちはありがたいのですが、まずは今後についてお話させてください。……それと、ヒューゴさん、村長とのお話が終わった後に伺ってもよろしいでしょうか?」

「……わかりました」

「では後ほど」


 エメスは、村長にしばらくの間は警戒を強めるように話をした後、ヒューゴたちの家に向かった。エメスを歓迎こそしているものの、どこか空気張り詰めていた。

 一方で、そんな空気などお構いなしにノーマは食べ物を頬張っていた。


「ふぁっ、ふぇふぇふふぁん!」(訳:あっ、エメスさん!)

「ノーマ、失礼でしょ!」

「いえ、そのままで結構。むしろ今の彼女には必要なことです」

「どういうことですか?」

「彼女は魔獣に襲われて重傷を負っていました。傷はわたしの方で治療しましたが、代わりに体力を大きく消耗したのです。今はその体力を回復させるために、身体が食料を欲しているのですよ」

「そんな、何から何まで……本当にありがとうございます」

「構いません……それでお話なのですが」

「……承知しております。少しお待ちください」

「えっ……あの……」

「お茶をどうぞ」

「あっ、いただきます……」


 ヒューゴは奥の部屋に行き、大量の硬貨が入った袋を机に置いた。

 このとき、ヒューゴは葛藤していた。危険な魔獣を倒し、娘の命の恩人であるエメスにはどれだけ感謝しても足りない。だが、宮廷精霊術師ともなれば、その身分相応の報酬を支払わなければならない。最近では貴族のお得意様ができたおかげで懐は多少潤っていたが、それでも最悪の場合、家財や土地を売っても足りないかもしれない。……娘の命には代えられないとはいえ、家族が路頭に迷う可能性を考えると心中穏やかではいられなかった。


「……エメス様、こちらをお納めください」

「……これは?」

「エメス様、改めて娘を救っていただいたこと、心より感謝申し上げます。こちらは娘を救っていただいた御礼です。もしも足りなければ、何年かかってでもお支払いしますのでどうか――――」

「……落ち着いてください。わたしは報酬の話をしたかったわけではありません」

「……っと、いいますと?」

「ノーマさんを、わたしの弟子として迎えたいのです」

「!!?」


 その場にいる全員が耳を疑った。宮廷精霊術本人から直々にお声がかかるなど非現実的な状況にみんなが混乱していた。それでも、ヒューゴは何とか声を絞り出した。


「ノーマを……ですか?」

「はい、失礼ですが彼女の才能は、この村で燻らせるにはあまりにも惜しいです。わたしの元で修業を積めば、将来はわたしの後継者にも成り得ます」

「そ、それほどですか?」

「ええ……ノーマ、君はどう思う?」

「えっ、そんなこと、急に言われても……」


 あまりに急な話にノーマは戸惑っていた。しかし、ノーマの答えよりも先に横やりを入れたのはルマリアだった。


「わたしは反対です」

「ルマリア!?」

「宮廷精霊術師の活動がどのようなものか、詳しいことは存じ上げません。ですが、魔獣と戦うことも含まれるということは、ノーマがまた命を落とす危険があるということですよね?」

「……否定はしません」

「わたしは母として、娘が危険な目に遭うとわかっていることに賛成はできません」

「そうですか……」

「……エメス様、一先ずお時間をいただけませんか?」

「あなた!?」

「今日は魔獣での騒動もあって、みんな冷静ではありません。それに、これはノーマ自身が決めなければいけない問題ですが、当の本人も整理がついていません。自分で決めなければ、そちらにもご迷惑になると思います。 ……いかがでしょうか?」

「……わかりました、後ほど手紙を送ります。中に返送用の紙を入れておくので返事はそちらにお願いします」

「承知いたしました」

「本日は、これで失礼させていただきます。……良いお返事を期待していますね」


エメスはフィルトに跨ると、そのまま村を後にした。


 お疲れさまでした。


 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。長文な上に拙い文章力ですが、今年もどうかよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ