第30話 無情
今月は二話投稿しています。前の話を見ていない方は、そちらを先にご覧ください。前の話をご覧になった方はそのまま続きをどうぞ。
厨房に入ってきた少女の姿、それは謁見の間にいた王女その人だった。そして、王女の後ろから侍女が面倒くさそうに声を掛けた。
「あなたがわがまま言うからでしょう。黙って出されたもの食べてれば、こんな面倒なことにならなかったのに……」
「き、気に入らなかったんだから、しょうがないでしょ!」
「あれもイヤ、これもイヤ、わたしだったら「じゃあ、喰うな」で終わりですよ」
「それが姫に対する言葉なの?!」
「だったら、相応しい態度をお見せください」
「~~~……!」
「まさか姫様が来るとは……ノーマ!……って、跪くの早いな!?」
謁見の間で失態を犯したノーマはこれ以上失敗できない。その負い目もあって、誰よりも早く跪いていた。この反射速度も修行の賜物なのだが、実に情けないタイミングで発揮された。
「とにかく、もう新しい物を作る時間もないでしょう。一度下げた物でも構いませんね?」
「……ふんっ!」
「まったく……料理長、まだお菓子が残っていたらすぐ出し下さい」
「……いえ、それが…………」
(あ゛ーーーっ!!)
ノーマの背中に冷や汗が滲む。今日ほど自分の食欲を呪った日はなかった。しかし、料理長はそのことを口に出さなかった。
「……もう召し上がることはないと思い、処分してしまいました」
「そうですか……まぁ、自業自得ですね。ゴミ箱から拾いますか?」
「いらない!!」
「だったら、今日のおやつは無しです。今日のことを反省してください」
「……やだ」
「はっ?」
「やだやだやだやだーーーっ!!」
「みっともないからやめてくださいよ……おや、それは?」
駄々をこねる王女を尻目に、侍女が見つけたのは氷の箱だった。
「新作の料理ですか?最悪、甘い物じゃなくてもお腹に何か入れば落ち着くでしょう……譲っていただけませんか?」
「あっ、それは―――」
「だ、ダメですーーーっ!!」
侍女が氷の箱に近づくのをノーマは遮った。侍女は一瞬驚き、ノーマも反射的に動いた自身の行動に固まってしまった。不安そうな表情のノーマを見て、侍女は優しく語り掛けた。
「……理由を伺ってもよろしいですか?」
「こ、これ、これは……わたしが作ったお菓子なんです。殿下のような高貴なお方のお口に合うかどうか……」
「……そうですか」
緊張で震えながら話すノーマに、侍女は微笑みかけ、王女に向き直った。
「姫様、今ご用意できるお菓子はこれだけです。元々あなたのわがまま原因なんですから、文句は言いませんね?」
「……」(ぷいっ)
「あの通り了承は得ましたので、そのお菓子をいただけませんか?」
王女はそっぽを向いたようにしか見えなかったが、ノーマは従うしかなかった。氷の箱を開け、お菓子が取り出される。ノーマが祈るように両手を組むと、侍女は再び笑いかけた。
「まずはわたしが毒見を致します。もしも問題があれば姫様の口に入ることはないのでご安心を」
侍女の言葉に、ノーマは少しだけ安心した。侍女はプリンを手に取り、まじまじと観察する。
(見た目は地味ですが…… !?スプーンが自然に沈みそうな滑らかさ……プティングとも少し違う)
「あっ、底の方にソースがあるので一緒にどうぞ」
「ソース……黒、いいえ濃い茶色ですね。……さて、お味は…………」
口に入れた瞬間、舌に広がるカスタードクリームは卵のコクと新鮮なミルクの風味が感じられ、ほろ苦く甘みの強いカラメルソースがアクセントとなり、しつこくない甘さと滑らかな舌触りが一口、また一口とスプーンを走らせた。
(あぁ……、美味しい……幸せ、……トロっとしていて、舌の上で溶けて……こんなの食べたことない)
「――ぇ―――!」
(ずっと、味わっていたい……もっと、もっと……!)
「――ぇ―――!」
(……はぁ)
「ねぇってば!!」
「……うるさいですね。なんですか」
「なんですかじゃない!」
「……師匠、あれって毒見なんですか?」
「一つ全部食べる毒見があってたまるか」
容器の中には残骸しか入っていなかったが、侍女は躊躇うことなく王女に差し出した。
「……食べます?」
「いらないわよ!!」
「そうですか。では、残りはわたしの方で処分しておくので、わたしはこれにて……」
「待ちなさい!!」
「……離してください姫様」
「毒も入ってなかったし、美味しかったんでしょ!早く渡しなさい!」
「いらないって言ったじゃないですか」
「あんな残骸いらないって言ったの!早く!」
「いやいやいや、あの……あれです。大人の味でしたので姫様には早いかと……」
「いいから寄こしなさい!!」
「いや、ホント……あの、アレなんで、ホント、アレなんで……」
「~~~……」
「泣いたってダメですよ。わたしがそんなもので怯むようなタマじゃないのはご存じでしょう?」
「……いっつも、いっつも……あんたはーーーっ!!」
お菓子を奪うのに躍起になる姫と、それをヒラリヒラリと躱す侍女。周りはこの状況をどうすればいいかわからず、ただ見守ることしかできなかった。そんな王女の様子を見て、哀れに思ったノーマは、恐る恐る侍女に声を掛ける。
「あの……すみません」
「……はい、何でしょうか?」
「気に入っていただけたようで安心したのですが、少し不安なところがありまして、それが大丈夫だったかどうか調べたいんです……一つだけ分けていただけませんか?」
「あ、あんた何言って……!」
「……仕方ないですね。一つだけですよ」
「はぁっ!?」
さも自分の物を渋々譲るかのような侍女の態度と、恨めしそうに睨みつける王女の視線を尻目にノーマは一口食べる。夢の中での味に限りなく近く、美味しく出来上がっていた。
無意識に顔が綻んでいたのか、王女の怒りは爆発寸前だった。しかし、次の瞬間、場は沈黙に包まれる。
「えっと……毒見は終わりましたので、どうぞ……」
「えっ……」
侍女が分けてくれるかは賭けだったが、ノーマは初めから毒見役を買って出るつもりだった。それはノーマ自身の優しさからくる行動だったが、エメスの言葉でノーマは凍り付く。
「……ノーマ、毒見は毒見役以外が行うことは禁止されているぞ」
「……え゛っ!?」
毒見役は毒の有無を判別するだけが役目ではない。毒が入っていた場合、毒の種類まで判別し、入手経路を予測して犯人を捜すという重要な役目がある。
無論、ノーマにそんな知識はない。それどころか任命すらされていないのだから完全に違反行為だった。
「ノーマ、おい……はぁ……リリアン殿下、我が弟子の無礼をどうかお許しください」
「ぇ……うん……」
「そちらのお菓子……プリンはすべて差し上げます」
「エメス様、プリンのレシピは……」
「本人がこれでは無理だ」
善意からの行いだったが、裏目に出た挙句それを挽回する方法もない。ノーマは完全に固まってしまった。
「わたしたちはこれで失礼いたします。……今日だけで何回わたしに運ばせる気だ」
「あ……」
エメスはノーマを運び、しばらくしてノーマは我に返ったが……
「一度ならず、二度までも……どうして、わたしは……」
「お前の美徳ではあるが……まぁ、なかなか大胆だったな」
「うぅ……」
「殿下は無礼を許すと言ったんだ。そう気にするなよ」
「ふぇ~ん……」
「まいったな……」
エメスが困っていると、その声を聞いたある人物が話しかけてきた。
「な、なぁ、もしかして、ノーマか?」
「?」
「オレがわからないのか?」
「え、えっと……」
「……あの頃とは違い、お前は大きくなったんだ。一目での判別は難しいだろう」
「オレだ、シルトだ。シルト・テムズ。遭難したときに一緒だった……」
「……ぇ、えっ!?シルト!?」
ノーマが驚くのも無理はない。以前は身長も同じぐらいだったが、身長はノーマよりも遥かに大きくなり、訓練を経て筋骨隆々な身体になっていた。
「久しぶりだな。……って、泣いてるのか?」
「……わーーーん、シルトーーー!」
「お、おぉっ!?ぉ、おま!い、いきなりなんだよ!」
精神的に限界だったのか、ノーマは縋るようにシルトに抱きついた。不意打ちであったことを差し引いても、ノーマに特別な感情を持っているシルトは激しく動揺せざるを得なかった。
ノーマがシルトに感情をぶつけるのを見て、エメスは確信得た。
「……ちょうどいい。シルト、悪いがノーマの相手をしてやってくれ」
「エメス様、一体何が……?」
「気兼ねないお前の方が相談もしやすいだろう。少し席を外すから、よろしく頼む」
「しょ、承知しました」
「グス、グス……」
「……話聞くから一旦離れろ」
「……うん」
噴水のある庭園に場所を移し、ノーマは謁見の間でのこと、厨房で王女にやったこと、わざとでなかったとはいえ、何かしらの処分が下されるのではないかと不安なことをシルトに話した。
話を聞いたシルトは眉間にシワを寄せ、率直な感想を述べた。
「何とも言えないな……」
「うぅ……」
「謁見の間での無礼は確かにマズい。でも、処分を下すならその場ですぐに下されるはずだ。特に何もなかったんなら大丈夫じゃないか?」
「……そうなの?」
「そもそも陛下は温厚な方だし、その程度で処分するとは考えにくい」
「そっか……」
「だが、姫様は読めないな。あまり係わったことないけど、かなりわがままな方だと聞いている。そのときの気分次第では、もしかしたらがあるかもしれない」
「どうしよう……」
「どうしようって言われても、やった後だからな。姫様がどう動くかわからない以上、こっちからは動きようがない。下手なご機嫌取りは却って危険だぞ」
「ぅ……ぅぅ……」
「と、とりあえず、一週間音沙汰なければ大丈夫じゃないか?あくまで目安だけど、やったこと自体は大したことじゃないし、その期間が過ぎたら不問と考えていいと思うぞ」
「一週間……」
「万が一のときはエメス様だって動いてくれるだろうから、もう少し気楽にしろよ」
「……うん、わかった。……ありがとうシルト、ちょっとだけ楽になった」
「お、おう……」
ノーマの微笑みに、シルトは動揺する。そんな甘酸っぱい雰囲気の中、エメスが戻ってきた。
「……どうやら終わったようだな。案内を再開するから戻ってこい」
「あっ、はい……」
「……ノ、ノーマ!」
「? どうしたの、シルト」
「……これからは会えるんだよな?」
「頻繁じゃないかもだけど……うん」
「そうか……」
「……そろそろいいか?」
「はい……またね、シルト」
「あ、あぁ……またな」
ノーマを見送り、姿が見えなくなったとき、シルトは声色を変えて凄んだ。
「……隠れてないで出てきたらどうだ」
「……バレたか」
近くの茂みからニヤニヤと笑みを浮かべたアーノルドが姿を現した。
「成長したな~……」
「いつからいたんだよ」
「おいおい、オレが先客だぞ」
「だったら立ち去ればよかっただけで、隠れる必要なかっただろ」
「いやいや、弟分の恋路を見守るのは兄貴として……な?」
「やかましい!そんなニヤケ面で言われて説得力なんかあるか!」
「落ち着けって……んで、どうよ?」
「どうって……何がだ」
「オレの見立て、間違ってなかったろ?どうだ、惚れ直したか?」
「ほ、惚れ……あ、あいつは……!」
「あー無理無理、お前態度に出すぎだもん。てか、誤魔化せると思ってんのがウケる」
「……」
「無言で剣抜こうとするなって、これでも本当に心配してるんだぞ?」
「余計なお世話だ!」
「これからは会う機会だって増えるんだ。ここらでアプローチの一つでもだな……」
「~~~うるさい!もう行くからな!」
「そんな冷たくするなって、年上のアドバイスは素直に聞くもんだぞ~?」
アーノルドとシルトは言い争いながら、その場を後にした。
一通りの案内を済ませ、ノーマはエメスと共に森へ帰った。その道中、エメスはシルトとの会話を聞いた。
「一週間の様子見か……確かに目安にはなるかもな」
「それまでは気が気じゃないですけど……」
「それにしても……わたしの気にするなよりも随分と信じるじゃないか」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「冗談だ。気持ちを吐き出せる相手というのは貴重だからな……それに、陛下からの呼び出しなど滅多にあることでもないだろう」
「そうなんですか?」
「わたしの弟子ではあるが、正式に配属されたわけではないからな。……気楽してろ」
「……はい」
ノーマはその日、精神的な疲労で泥のように眠った。
しかし、この見積もりは甘かった。三日後、ノーマの期待を打ち砕くかのように、無情にも城からの呼び出しの手紙が届いた。
お疲れさまでした。
筆が乗って二話投稿しましたが、このペースは維持できません。たまにそういうこともある程度の感覚でお願いします。




