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第3話 お願い

 魔獣は魔素の濃度が高い場所で生まれる。村の周辺及び、今いる川の近辺の魔素の濃度では魔獣が自然発生する条件が整わず、例え発生したとしても、ベナド港にある冒険者ギルドの調査隊がこの周辺を見回っているため、発見次第、冒険者ギルドから派遣されてくる冒険者に討伐される。

 故に、昔から村に住んでいる年配者でさえ遭遇した者はいない。村の人たちにとって魔獣とは精霊同様、おとぎ話や英雄譚の中の話だった。

 どこからか逃げてきたのか、それとも何かの要因が重なって自然発生したのか、それは誰にもわからない。ただ一つ言えるのは、目の前にいるのは本物の魔獣であることだけだった。


「ギシャァァアアアアアアアアアアアーッ!!!」


 獲物を見つけ、魔獣は歓喜の声を上げる。その声は子供たちの恐怖心を煽り、戦慄させた。


「み、みんな逃げろぉぉおおおおおーーーっ!!!」


 恐怖に煽られながらもハックは声を絞り出した。皆が我に返り、一斉に走り出す。しかし、魔獣がそれを許すはずもなかった。蔦を巧みに使い、逃げる子どもたちを追いかけながら他の蔦で子供たちを絡め捕りにかかった。

 全員が必死に逃げていたが、恐怖で足が震えていつものように動かない。それが顕著に現れたのは、ブランとダレスだった。砂利に足を取られ転んだところを、ネペンテスの蔦に絡めとられてしまった。


「い、いやぁああああああああーーーっ!!」

「兄ちゃーーーーんっ!!」

「ブラン!ダレス!」

「ちくしょう、二人を放しやがれ!!」


 二人を助けるため、ハックは自身の身体能力を強化し、銛を構えて魔獣へと向かっていく。

 身体強化の魔法は子どもであっても、大人がやり方を教えることで、誰でも使えるようになる最初の魔法である。基本的には力仕事に用いられるが、狩りや戦闘にももちろん有効であり、ハックは実家の稼業である牧場での手伝いをしていたこともあって、この中では一番力が強いという自負があった。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおーーーっ!!」


 魔獣が振う蔦を何とか躱しながら、ハックは渾身の力を込めて魔獣に銛を突き立てた。

 しかし、銛の先端は折れ、ハックは跳ね返されるように転倒してしまった。ハックが突いた場所は柔軟性が高く、他の部位に比べれば脆い場所ではあったが、魔獣を貫くには力も武器の強度も足りなかった。


「なんなんだよ、こいつ……」

「ハック、危ない!」


 ハックが体勢を立て直そうとした隙を突かれて、魔獣の蔦がハックを襲った。

 咄嗟に銛の柄で防いだものの、柄は折れ、身体は宙を舞い、砂利に身体を叩きつけられた。


「……がっ……はぁっ!!」

「ハック!!」

「兄……ちゃん……あ、ぐ……」

「く……苦しい……」

「あ、あぁ……」


 ハックが魔獣の前に倒れ、ダレスとブランは魔獣の蔦に徐々に身体を締め上げられていく。魔獣の圧倒的な強さにターナは力なく座り込み、抵抗する気力を失ってしまっていた。誰もがこの状況に絶望していた……一人を除いては


「ルビィ、いっけぇーーーっ!!」


 その掛け声と共に複数の小さい火球が次々と魔獣に直撃していく。ノーマは逃げている最中、魔獣に攻撃するためにルビィに力を溜めるように指示を出していた。ブランとダレスが捕まったときも、ハックが攻撃されたときも、飛び出したい気持ちを堪えて溜めた全力の攻撃だった。


「ギィィィィィイーーッ!?!?」


 予想外の攻撃に、魔獣は悲鳴を上げた。直撃した部分は焦げ、体液が滲み出す。……しかし、それだけだった。

 その攻撃は魔獣の怒り買い、ブランとダレスを放り投げてノーマに標的を変えた。

我に返ったターナは、ノーマに向かって必死に叫んだ。


「ノーマ、早く逃げなさい!」

「ターナ姉、みんなをお願い。こ、ここは、わ、わたしが引きつけるから」

「なに馬鹿なこと言ってるの!」

「わたしが引きつけてる間に助けを呼んできて!」

「っ!!」

「お願いっ!!」


 ノーマは、魔獣をターナたちから遠ざけるために逆方向に走った。魔獣も怒りに任せ、ターナたちには目もくれずノーマを追いかけていった。


「ノーマ……ノーマッ!!」


 ターナの叫びも空しく、ノーマと魔獣は森の中に消えていった。ノーマが強がっているのはわかっていた。しかし、魔獣を相手にターナではどうすることもできなかった。

 ブランとダレスは、幸いにも川に投げ出されたおかげで軽傷だった。しかし、ハックは重症だった。身体能力を強化していたおかげでなんとか命に助かったが、砂利に打ち付けられた身体は所々に小石が刺さり、特に蔦で攻撃された箇所は皮膚が裂け、出血が多く、肋骨も足も折れていた。


「はっ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「ハック兄……どうしよう、どうしよう……」

「兄ちゃん!兄ちゃーーーーんっ!!」

「みんな、しっかりして! ……ダレスは置いてきた荷物を持って来て!ブランは水と木の枝を!急いで!!」

「「……うん!」」


 ターナは、一刻も早く助けを呼びに行きたかった。だが、ハックの怪我がひどく、なんの処置もしないままでは危険だと判断し、治療を優先した。

 村の医者の娘であるターナは、多少なりとも医学の知識を持っていた。小石を取り除き、傷口を水で洗い流して清潔に保ち、即席だが包帯でバンドを作り、枝を添え木に、包帯が足りない分は自身の服の一部を使って補うことで応急処置を施した。

 応急処置を終え、次の行動を考えている最中に、ハックはよろめきながら起き上がろうとしていた。


「ハック……」

「ターナ……先行って、助けを呼びに、行け。ノーマがやべぇ……」

「何言ってんの、あんたを放って行けるわけないでしょ!」

「ノーマの方が、危ねぇだろうが……!」

「……ダメよ。できないわ」

「ターナ……てめぇ……!!」

「ハック、魔獣が一体だけとは限らないでしょ?」

「!」

「もし、魔獣がまだいるなら、あんたの方がノーマ以上に危険な状態なのはわかってるでしょ?」

「……」

「わたしがあんたを支えて、ブランとダレスが交代で周囲の警戒とあんたの補助をしながら急いで村に戻る。いいわね?」

 「~~~~……わかったよ」


 当初の予定通り、周囲を警戒しつつできる限り早く進んだ。しかし、治療と移動に時間を掛けすぎてしまったのか、森の外に出るころにはもう夕方になっていた。

 それでもノーマの生存を信じ、無我夢中で歩を進めていると、一羽の鳥がこちらに急激に接近してきた。


「なっ、なにあれ……!」

「こっちに近づいてくる」

「二人とも、ハックを支えてわたしの後ろへ!」


 ターナたちに近づいたのは炎を纏った一羽の隼だった。

 隼はターナたちを見据えているだけだったが、隼が放つ威圧感と魔獣に対して恐怖心を植え付けられている状態では冷静でいられなかった。ターナは、みんなを守ろうと二人にハックを任せ、魚を捌くために持ってきていたナイフを構えて威嚇した。


「急がなきゃいけないのに……邪魔しないでよ!!」


 焦燥感から逆上し、ターナはつい叫んでしまった。すると、その声をかき消すように突風が吹き、上から外套を纏った人が現れた。


「トロバ、いきなりどうしたんだ?」


 外套のフードを外し、隼に今がどういう状況なのか問い掛けていた。隼は鳴き声を発しただけだったが、男性には理解できるようで、ただただ頷いていた。


「……なるほど。君たち、驚かせてすまなかったね。これは、わたしの相棒なんだ。様子がおかしかったから気になったみたいでね」


 男性から告げられたのは何気ない一言だったが、緊張の糸が切れた子どもたちはへたり込んでしまった。その様子を見た男性は一瞬困惑したが、包帯から血が滲み出ているハックを見て、普通じゃない事態を把握した。


「君、なんだその怪我は!? 早く治療を―――!?」


 男性がハックに治療を行おうとした矢先、ハックが男性の服を掴んだ。突然のことで男性は驚いたが、ハックの強い眼差しを受けて、次の言葉を待った。


「友達が……魔獣に、襲われて……助けて……」

「魔獣!?」

「大きいウツボカズラみたいなやつ!」

「蔦がいっぱい生えてたんだ。それに兄ちゃんがやられて……」

「ノーマが魔獣に攻撃して、それで……」

「落ち着きなさい、何があったんだ」


 子どもたちはこれまでのことを話した。魔獣に襲われたこと、ハックが戦い、負傷したこと、そして、ノーマが囮になったこと。


「……そうか」


 男性は、魔獣がネペンテスであることを確信した。

 ネペンテスは、ウツボカズラが変異し、蔦によって自立移動が可能になった魔獣である。

大地からの養分だけでは身体を維持できないため、常に獲物を求めさまようのが特徴。蔦で獲物を絡めとり、締め付け、弱らせ、捕食する。特に栄養価の高い鹿や牛などの大型生物の他に、人間にも襲いかかる。

全高は熊と比べ少し大きく、柔らかそうに見えて複雑に繊維が絡んだ体表は、並の武器では歯が立たない。蔦は手足のように器用に動かすことができ、そのしなりから繰り出される一撃は木々を薙ぎ倒すほどである。

 捕食された場合、中に溜まった消化液の消化能力は、ほんの数十秒で動物が骨になるほど強力で、捕食された時点で脱出はほぼ不可能。

 訓練した新人冒険者でも数人がかり、中堅の冒険者でも単独での討伐は難しい魔獣を相手に、子どもが囮を買って出るなど無謀にも程があった。


(彼らには悪いが、生存は絶望的だな。先にこちらを優先するか)

「まずは、君の治療からだ」

「そんな、早くしなきゃ、ノーマが……」

「すぐ済ませる。グイッタ、イアープ、彼の怪我を治してやってくれ」


 すると、男性の身体から眩い光を放つウサギと、水が集まり形を成したオットセイが現れた。


「これって……!」

「精霊……?」


 その問いかけに答える間もなく、オットセイが傷口に水を掛けると、その水を通して血液に干渉し、傷口から砂や土といった異物を排出。その後、ウサギの光の魔力が雑菌などの人体に有害な物を浄化しながら、折れた骨と傷を修復した。


「ハック、怪我が……!!」

「す、すげぇ……」

「これなら動けるだろう。……ところで、さっき精霊と言っていたが、君たちは見たことがあるのかい?」

「はい、囮になった子が精霊術師なんです」

「ほう……」

(精霊術師……なるほど、囮を買って出たのは力を持っていたからか。しかし、囮になったということは、強い精霊を持っているわけではない……やはり、望みは薄いな)


 男性が考えこんでいると、その様子を見た子どもたちは男性に頭を下げていた。この男性が何者なのかはわからない。だが、傷を瞬時に治し、強そうな隼を使役するこの男性に、藁にも縋る思いでノーマの救出を頼み込んだ。


「お願いします、ノーマを……ノーマを助けてください!」

「「お願いします!!」」

「お願いします……!」

「お、落ち着きなさい……」

「助けを呼んできてくれるだけでもいいんです。お願いします!!」

「お、お金も頑張って払います!」

「僕の宝物もあげます!」

「なぁ、頼むよ。……あ、いや、お願いします!!」


 余程必死なのか、男性の制止も効かずに子どもたちは次々に頭を下げ続けた。これには男性も参ってしまい、一先ず子どもたちを宥めることにした。


(……どの道、ネペンテスを放置できないか)

「わかった!わかったから落ち着きなさい。……君たちは、この近くの村の子かい?」

「はい、ボタン村です」

「そうか、わたしはこのまま……その、ノーマ?という子の救助に向かう。その子は森の奥に入っていたんだね?」

「はい……でも、森の奥はわたしたちも行ったことはないんです」

「わかった、君たちは村に帰って、村長にこの事を伝えてくれ。一晩経っても、わたしが村に戻らなかったら冒険者ギルドに依頼を出すように伝えてくれ」

「はい!」

「それと……周囲には特に魔獣は確認できなかったが、一応この魔獣除けを持って行きなさい。大抵の獣や魔獣は逃げていくが、匂いがきついから気を付けてくれ」

「わかりました」

「では、急ぐとしよう。フィルト、頼む」


 男性の呼びかけに答えるように、吹き上げる風と共に現れた馬に跨ると、あっという間に森の方向へ駆けて行った。


「すごい、あの馬も精霊なのかな……」

「とにかく急ぐぞ!早く村にこのことを……痛っ!?」

「病み上がりなんだから無理しないの。今はあの人を信じましょう」


 子どもたちもまた、危険を伝えるべく村へ急いだ。



 お疲れさまでした。


 ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。投稿ペースはかなり遅いですが、のんびりお付き合いいただけると幸いです。

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