第29話 モッコク王国
あれから一部の才能のある闇の精霊術師が免許を取得し、活躍が話題になったことと、各地で闇の精霊を説得する活動も行われたことで、闇の精霊に対しての風当たりは多少緩くなった。それでも軋轢の溝は深く、受け入れられないという意見は未だ多い状態であるが、受け入れる国が少しずつではあるが増えてきている。これは闇の精霊、闇の精霊術師にとって大きな一歩となった。
そんな立役者となったノーマはというと……
「確認しておくが、城の者たちはお前が上位精霊と契約したことは知らない。騒ぎなるからデューラとアミティスは出すなよ」
「あばばばばばば……」
「……いつまで緊張してるんだお前は!」
今日はモッコク王国国王、アレク・バーコンとの謁見の日。平民であるノーマにとって、国王とは雲の上の存在であり、一度も顔を拝まないまま生涯を終えることなど珍しくもない。そんな相手と対峙するのだから緊張するのは仕方ないことだった。とはいえ、朝からずっとこの調子なので、さすがのエメスも苛立った。
「し、失礼があったらどうしましょう。この服装とか、身だしなみとか……」
「大丈夫だろう……というか、わたしはいつもの服装だろう。まぁ、無礼を働けば普通に処罰されるがな」
「!?」
「当然だろう。投獄だけで済めばいいが拷問もあり得る。それでも出られるだけ幸運かもな」
「……きゅぅ…………」
「……な~んてな、陛下は懐の深いお方だ。民を大事にする人格者だし、ちょっとやそっとのことじゃ……」
「……」
「……ノーマ?」
「……」
「気絶してる……まぁ、静かでいいか。……しかし、こいつは成長しても変わらんな」
ノーマは14歳となり、髪と身長が伸びて女性らしい容姿になったが、中身はあまり変わらなかった。
「見えてきた……おい、ノーマ。そろそろ起きろ」
「……」
「……はぁ、仕方ない。着いたら起こすか」
モッコク王国は広大で肥沃な大地に恵まれた大国である。領地の大半が農業地帯となっており、年間を通して安定して食料を生産できることから「飢え知らずのモッコク」と呼ばれている。その影響力は大きく、食料目的で同盟を希望する国は多い。そのため、総合的な軍事力は控えめだが、同盟国の支援により十二分に賄われている。
エメスはノーマをおぶって謁見の間へ向かい、ノーマはその途中で目を覚ました。
「……あれ?ここは……?」
「起きたか。そろそろ着くからな」
「着く?……って、どこですかここ!?」
「だからモッコク王国だって、ここは城内で……あそこが、陛下がおられる謁見の間だ」
「え……ぇ、え?あ、あの……こ、心の準備が……」
「その準備時間を潰したのはお前だ。覚悟を決めろ」
エメスに叱咤されながら謁見の間に通される。レッドカーペットが敷かれ、フルプレートアーマーと剣を構えた近衛騎士が整列し、その後ろに精霊術師が控え、太陽を思わせるステンドグラスが玉座を照らしていた。
王妃はおらず、王が玉座に座り、王の横には騎士団長が立ち、王子と王女がその後ろ、さらに後ろでは専属の侍女が控えていた。
エメスとノーマは跪き、エメスが口を開く。
「宮廷精霊術師エメス・ミマ。陛下の命により参上いたしました」
「ご苦労。面を上げよ」
ノーマは顔を上げ、陛下の顔を見る。一見すると髭が印象的なだけの男性だが、その眼光は鋭く、王としての気迫が伝わり、格の違いを感じさせる。ノーマは圧倒され、尻餅をつきそうになるがどうにか堪えていた。
(すごい、これが……王様…………)
「……して、其方が……」
「……お初お目に掛かりますアレク・バーコン陛下。宮廷精霊術師エメス・ミマが弟子、ノーマ・ムビオスと申します。陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
「エメスから話は聞いている。こちらの都合で度々呼びつけることもあるだろうが、よろしく頼む」
「若輩者でございますが、陛下のご期待に添えるよう尽力いたします」
「うむ……エメス、今日の予定は?」
「はい、弟子に城内を案内しようと考えております。特に、立ち入ってはならない場所などを教えようかと……」
「ならば、その旨を城内の者に伝えておこう……下がってよい」
「失礼いたします」
エメスは立ち上がり、一礼する。しかし、ノーマは跪いたまま動かなかった。
「……ノーマ・ムビオス。何か言いたいことでもあるのか?」
「…………」
「……どういうつもりだ?」
王の重圧に場の緊張感が高まり、騎士たちもノーマに武器を向け始める。エメスは慌てて割って入った。
「お待ちください、陛下!わたしから話をさせていただきたく……ノーマ、どうした?」
「……! …………!!」
「……はっ?!……はぁ~~~……」
エメスは大きな溜息を吐きながら、呆れるように頭を抱えた。
「エメス、説明せよ」
「……大変申し訳ございません。ここに来る前から緊張しておりまして……」
「……それで?」
「腰が抜けて立てなくなってしまったそうです」
「……腰?」
「すぐに連れて行きます。……ほら、さっさと歩け」
「し、し、師匠……」
騎士たちが武器を引いたとはいえ周りからの重圧のせいか、気持ちとは裏腹に足に力が入らなかった。産まれたての小鹿のように足を震わせながら、おぼつかない足取りで歩く。
(なんとか、なんとかしなくちゃ……えっと、えっと……そうだ、身体強化で……!)
ノーマは身体強化を試みる。しかし、身体強化は身体能力を引き上げるだけで、足に力が入るようになるかどうかは別である。例えるならば、身体が弱っていて動けない状態で、筋肉量だけが増えても動けるようになるわけではないのと似たようなもの。
結果、ノーマの足の震えが倍速化しただけだった。
「うぉおおおおっ!?な、なにやってるんだお前は!!」
「ち、違うんです~~~……」
謁見の間に二人の間抜けなやりとりが響く。
王との謁見は粛々と行われるものである。それは王子、王女も例外ではなく、騎士や侍女に至るまでその場を乱すことは許されない。本来ならば王自身が諭すのだが、全員が笑いを堪えるのに必死でできなかった。
外へ出た後、ノーマは顔色を悪くしていた。
「……あまり気にするな」
「でも……でも~~~……」
この失態が後にどう響いてくるか、ノーマは不安でいっぱいだった。このままでは城内を案内しても頭に入らないであろうことを察したエメスはある提案をする。
「……そうだ。ノーマ、厨房に行かないか?」
「厨房……ですか?」
「ああ、今の時間帯なら姫のお菓子を作っているはずだ。試食は無理でも見学くらいなら出来るだろう。興味はないか?」
「お城で出されるお菓子……見て見たいです!」
「よし、行くぞ」
王族に振る舞うお菓子など、平民であるノーマでは滅多にお目に掛かれるものではない。否が応でも期待が高まる。
エメスが厨房の扉を開き、声を掛けようとした瞬間―――
「やってられるか!!」
コック帽を床に叩きつけ、料理長に詰め寄る料理人の姿があった。
「……落ち着きなさい」
「いーや、もう我慢の限界だ!何作ってもいらないって突き返されて、こっちがどれだけ考えたと思ってんだ!!」
「その気持ちはわかるが……こんなことでやめてどうする。他にアテはあるのか」
「……もうやっていけない。辞めさせてもらう」
「……料理長、実はわたしも辞めようかと……」
「これ以上、自分の作った料理を捨てたくない……」
「お前たち……」
厨房の内部崩壊を目の当たりし、流石にエメスが話に入った。
「取り込み中すまない。何の騒ぎだ?」
「エメス様……お恥ずかしいところをお見せしました」
「……姫様か」
「ええ……」
モッコク王国の姫、リリアン・バーコン。今年で6歳になる少女だが、可愛らしい容姿とは裏腹にわがままが酷く、何かにつけては癇癪を起こすため、泣かされた使用人も多い。そのため、城内の誰もが腫物として扱うようになっていた。
「今の状況では仕方ないこととはいえ、我々も心身共に疲弊している中でこの有様では……」
「……そうだな」
料理長が目を向けたのは手つかずのお菓子だった。丹精込めて作った物を拒絶され、廃棄されていく様は料理人にとって屈辱でしかない。日々繰り返されているともなれば、怒りが湧くのも当然と言える。
悔しさに顔を滲ませる料理長と料理人、その様相を哀れむエメス。場の空気は最悪だった……一人を除いて。
「わぁ~~~……」
「……あの子は?」
「わたしの弟子だ」
「ああ、お話しは伺っております」
ガレットやクッキーなどの焼き菓子からドラジェやボンボンなど目にも鮮やかなお菓子の数々に、ノーマは目を輝かせ、心を奪われた。
(どれもこれも綺麗……一体どんな味がするんだろう)
「……食べたければ食べていいぞ」
「いいんですか!?」
「どうせ食べきれないからな。捨てるぐらいなら、誰かに食べてもらった方がいい」
「じゃあ……いただきます」
料理人に勧められ、ノーマはガレットを口に運ぶ。バターの香りが食欲を刺激し、サクサクとしてホロリと解ける食感が心地よく、わずかな塩気が甘さを引き立てていた。
「~~~……美味、しいー!!」
「……そ、そんなにか?」
「はい、すっごく美味しいです!」
「そうか……こっちも美味いぞ」
「いいんですか!?」
「好きなだけどうぞ」
「やったぁっ♪」
「……ふっ」
「……な、なぁ、こっちも食べてくれよ」
「これ、わたしの自信作なの」
いつのまにか、ノーマの前に大量のお菓子が配膳されていく。幸せそうにお菓子を頬張るノーマを見て、料理人たちも幸せそうだった。
「お~い、うちの弟子をあまり餌付けしないでくれ~」
「お待ちください。これで料理人たちの自信が回復すれば、良い方向に進むかもしれません」
「うーむ……」
「……そうだよ。やっぱ喜んでほしくて、料理やってんだよ」
「ここにいるより、どこかで店を出す方が良い気がしてきたな」
「あっ、だったら一緒にやらない?資金を出し合えば小さい店くらいなら……」
「良いな、それっ!」
「……逆効果になってないか?」
「……ちょ、ちょっと待て、話をしよう」
後ろがドタバタしている中、ノーマはお菓子を完食し、紅茶を飲みながら一息ついていた。
「……ふぅ、美味しかった~~!ご馳走様でした」
(こんなに美味しいのに手もつけないなんて贅沢……でも、得しちゃった♪)
「ノーマ!」
「はい、師匠。どうしました?」
「お前、料理得意だろ?なにかお菓子を作ってくれ」
「……はい?」
「なにか新しいお菓子のヒントが欲しいらしい。何でもいいから参考にしたいんだと」
「えっ……えぇっ!?こんなに美味しいお菓子を食べた後に作れって、どんな罰ゲームですか!?」
「是非お願いします。材料は一通り揃えていますので、どうか……」
「ぁぅ……」
「別にそのまま姫様に食べさせるわけじゃないんだ。お菓子の礼だと思ってやってみろ」
「わ……わかり、ました……」
……とは言ったものの、お菓子はどれも本当に美味しかった。そんなお菓子を作れる人たちに自分のお菓子がヒントになるなどとは思えず、ノーマは頭を悩ませた。
(うーん……)
「……やはり、無茶だったでしょうか?」
「かもしれないが……不思議なんだ」
「と、言いますと?」
「あの子は時に見たこともない料理を出すことがある。どこで習ったか聞いても、本人もわからないと言うんだよ」
「……大丈夫なんですか、それ」
「どれも美味かったから味は保証する。さて、何を作るか……」
(お菓子……美味しいお菓子……何か、何か……)
「……っ!!」
ノーマの脳裏に、夢の中で見た光景が広がる。成長と共に体験が実感となり、不思議と既視感を覚えるようになっていた。
その夢は、あるお菓子が原因で喧嘩になり、そして、そのお菓子を作って仲直りをした。……そんな夢だった。
(……あのお菓子を再現できれば……でも…………)
今のノーマに作れるかは微妙だった。温度の調整が繊細で、間違えれば台無しになってしまう。しかし、ノーマは幸運だった。水と火のならば誰よりも詳しい者がすぐ傍にいた。
(……そうだ!)
「ルビィ、アクリア、イマリ、お願い手伝って」
ルビィたちは了承し、ノーマは作業を始めていく。砂糖と水を混ぜたものをフライパンで焦がし、褐色になったところでお湯を加えてソースを作り、器に注いで冷ます。卵と砂糖を混ぜ合わせたものに、牛乳と生クリーム、バニラエッセンスを混ぜて温めたものを少しずつ加えながらムラが出ないように混ぜ合わせ、こし器で生地を滑らかにしていく。生地を先ほどの器に入れ、小皿で蓋をして鍋で蒸す段階になったところで―――
「ルビィ、アクリア、いくよ」
精霊術により火加減と生地の状態を見ながら調整を行い、蒸し加減を最適なものにしていく。
「…… …… …… うん、今だね」
鍋から取り出して粗熱を取り、イマリが作った氷の箱に入れる。精霊術で耐熱を付与することで溶けにくくして、結露の発生を防ぎながら冷やしていく。
「後は冷えれば完成です……けど…………」
料理人たちは頭を抱えていた。作られたお菓子は確かに見たことがないものだったが、精霊術を使われると再現は難しい。
「使った材料は少ないし、調理手順も見ている。ですが、精霊術ありきでは……」
「い、いえ。技術が足りなくて精霊術に頼っただけで、みなさんなら作れますよ」
実際、夢の中の自分は精霊術など使っていない。しかし、それを説明したところで伝わるとも思えなかった。
「そうなると、氷は?氷室を出入するとなると氷が解けかねない。氷は貴重だし……」
「そ、それは……」
「待て待て、参考にするというだけでこれを作るというわけ話じゃなかったはずだ。味を見てから判断してもいいんじゃないか?」
「それも……そうですね。ちなみに、なんという名前のお菓子なんですか?」
「えっと……確か、プリン……だったような」
「プリン……互換が似ている物はありますが別物ですね」
プリンが出来上がる頃合いに、事件は起きる。バタバタと廊下を走る音が聞こえたと思えば、扉が大きい音を立てて開かれた。
「いつまで待たせるの!!」
煌びやかなドレスを纏った少女の大きな一声は、その場を騒然とさせた。
お疲れさまでした。
一旦区切ります。
謁見の間とか玉座とか使い慣れない単語を使っているので合っているのか不安です。




