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第27話 挑戦


 馬車を下りた先には豪邸が建っていた。玄関に入ると侍女と執事が並び、パイモンを出迎えていた。パイモンは執事にコートと帽子を預けると一人の侍女が近づいてきた。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「……ロレンスの容態はどうなっている」

「痛みを訴えています。それに、薬を飲ませても吐き出してしまって……」

「そうか……」

「……もう見ていられません。……どうお言葉を掛ければいいのか……わからないのです」


 悲しみと無力感で苦しむ侍女の様子を見て、パイモンの表情も暗くなった。


「……そちらの方々は?」

「客人だ、わたしが案内をする。後で茶を応接室まで持って来てくれ」

「これは失礼いたしました。すぐにご用意いたします」


 全員が応接室のソファに腰掛けると、パイモンは重重しく口を開いた。


「ロレンスは今年で6歳になるわたしの孫だ。孫の癌は全身に転移し、今も苦しんでいる」

「!?」

「そこで、今回提出された資料にあった癌治療を実践してもらいたい」

「!!?」

「お待ちくださいパイモン様。実験もしていないのに、いきなり治療なんて無茶です!」

「実験なら今できる」

「……まさか、自分の孫を実験体に使おうというのですか!?」

「……そうだ」

「……随分と身勝手な話ですね。もし失敗したらノーマは人殺しだ。その重責を背負うリスクをあなたは考えているのですか?」

「……今回の治療について、失敗しても罪に問わない。それに、成功した暁には君たちが希望する闇の精霊に関する法案の改正も考えよう」

「……いい加減にしろ!!」


 エメスはテーブルを強く叩き、激昂する。パイモンは驚きつつも、冷静にエメスを見ていた。


「罪に問う問わないじゃない!人を殺してしまったという罪の意識、それがこの子の今後の人生にとって、どれだけの影響が出るかわからないのか!!?」

「……いずれ経験することだ。そして、これが最初というだけの話ではないのかね?」

「それを決めるのはあんたじゃない!この子の将来を潰す気か!!」

「……!」


 エメスの剣幕に、パイモンは口を噤んだ。エメスは怒りを露わにしたまま、徐に立ち上がった。


「帰るぞ、ノーマ」

「えっ、し、師匠……でも……」

「……行くぞ」

「……はい」


 エメスの怒気を含んだ言葉に、ノーマは何も言えず立ち去ろうとしたそのとき、パイモンは慌てて立ち塞がった。


「ま、待ちなさい!どこへ行く!?」

「……これは失礼いたしました。治療の依頼ですが、お断りさせていただきます」

「なっ!?」

「未熟な技術で人の命の脅かすことはできません。今回は闇の精霊の認識に対する精査の余地と、闇の精霊術の有用性を示せただけでも十分です。次回までにさらに研究を重ね、改めて資料を提出させていただきます」

「断るだと……?精霊評議会議長であるわたしに逆らってタダで済むと思っているのか?わたしの権力があれば君だけではなく弟子の居場所をなくすこともできるんだぞ!」

「依頼を断っただけでしょう?よくある話です。それに、そちらが散々天才と持ち上げてくれたおかげで精霊評議会に頼らずとも充ては他にいくらでもあります。まして、ノーマはわたしを超える才能を持った逸材。それを放置するような馬鹿の方が少ないと思いますよ?」

「ぐっ……」

「……とにかく、身内を実験体に差し出すような外道の依頼など師の権限を持ってお断りさせていただきます」

「…………!」

「話は以上です。……それでは」


 身体の震えは怒りによるものか、それとも別の何かか。パイモンは目を伏せたまま沈黙した。そんなパイモンを一瞥し、エメスはノーマと共に立ち去ろうとした次の瞬間、パイモンからはこれまでのどこか不遜な態度は消え、恥も外聞も捨ててエメスに縋り付いた。


「ま、待ってくれ!頼む……孫を助けてくれ!」

「お断りすると言ったはずです」

「もう時間がないんだ!!」


 エメスの目線は冷ややかだったが、押し退けようとはせず、パイモンの次の言葉を待った。


「……一年のほとんどをベッドで過ごすことも珍しくないほど、あの子は元々病弱だった。今思えば、腹痛を訴えたときにはすでに進行していたのかもしれない。だが、判明したときにはすでに手遅れだったのだ」

「……そこまで進行して症状が出ないことがあるのですか?」

「医師によれば膵臓の癌ではそういうことがあるらしい……薬の服用こそ続けているが、痛み止めや症状を抑える程度の気休めにしかならないと言われてしまった」

「……」

「だが、わたしたちは諦めきれなかった。この子の親も方々を飛び回り治療法を探し、わたしは……君たちにやったように議長の権力を使って強迫同然の手段で高名な治癒術師を呼んだり、金に物言わせて名医と呼ばれる医者も呼んだ……だが、すべて無駄に終わった」

(光の精霊術でも癌は治せない。全身転移では手術による除去も難しい……金を積もうがこればかりはどうにもできない……)

「医者からも余命半年を宣告され絶望していたとき……今日、希望が見えたのだ」

「議会を無理矢理終わらせたのも孫のため……しかし、いくら議長とはいえ私情を挟みすぎでは?」

「それで議長の座を追われようと構わん。……頼む、あの子を救ってくれ!先ほどの非礼はいくらでも謝罪する!欲しい物なら議長の座だろうが、わたしの命だろうが何だってくれてやる!何でもする!だから……だから、どうか……やるだけやってみてはくれないだろうか……頼む、頼む…………」


 必死に懇願するパイモン。光の精霊術を使うまでもなく、その真剣な言葉に偽りはなかった。何かを言おうとしたノーマを制止して、エメスは答える。


「……本当に何でもしますか?」

「も、もちろんだ!」

「……成功しても失敗しても、報酬はいただきます。失敗しても罪に問わないこと、必要な助力を惜しまないこと……そして、成功の暁には闇の精霊に対する法案の改正を約束してください」

「もちろん尽力させてもらう。あの資料のおかげで精査の余地が生まれた今、今回の成功例があれば良い方向には進むはずだ。わたしの一存で決められない部分は難しいが、必ず説得してみせる」

「……わかりました。お引き受けしましょう」

「ほ、本当か!?ありがとう、ありがとう……」

「まだ治せるかわからない状態で礼を言うのは早計過ぎます。患者のいるところへ案内してください」

「ああ、ああ……もちろんだ。さぁ、こちらに……」


 パイモンの後をついていく。その道中、エメスとノーマは小声で話をした。


「……勝手に決めて悪かったな」

「いえ……」

「お前のことだ。どうせ引き受けると思って、先に報酬の話だけ進めたかったんだ」

「……お見通しですか」

「何年一緒にいると思っている……だが、わかっているか?失敗したとき、最悪立ち直れなくなるかもしれないぞ」

「……そうかもしれません。でも、助けられたかもしれないって思い続ける方が辛いですから」

「……お人好しめ、先に報酬の話を進めておいてよかった。お前のことだ、タダでいろいろやりかねん」

「そういう師匠だって、何の報酬をもらうか知らないですけど、要求のほとんどは先に相手が提示していたものばかりじゃないですか」

「うぐっ……!」

「わたしだって師匠のこと、ちゃんと見てるんですからね」

「……と、とにかく、これからお前がやろうとしていることは前例のない未知の領域だ。何もかも一人でやろうとしないで、わたしを含めて遠慮なく頼れ」

「はい」


 部屋に到着すると、外からでも聞こえるほどロレンスは大きく咳き込んでいた。


「ゲホッ!……ゲホッ!ゲボッ……オェ……」

「ロレンス、大丈夫か!?」

「おじ……ゲホッ……ちゃ……!ゲホッ!」

「無理にしゃべらなくていい……ゆっくり、ゆっくり呼吸しなさい」

「ヒュー……ヒュー……」

(肺にも転移している……まだ、こんなに幼い子どもが可哀想に……)

「おじい……ちゃん…………ボク……死ぬの?」

「!? ロレンス、そんなことを言わないでおくれ。きっと治る……だから……!」

「だって……いろんな人が来たけど……治らなかったよ?」

「! そ、それは……」

「もっと……お外で、遊びたかった……友達と、いっぱい、遊びた、かった……」

「ロレンス……!」

「おじい、ちゃん…………ボクは……苦しむために、生きてるの?」

「……! ロレンス……」


 ロレンスは長い闘病生活で心が折れかけていた。その弱音はパイモンの心を深く抉り、パイモンは涙を止めることができなかった。

 そんな様子を見かねて、ノーマはロレンスに声を掛けた。


「初めまして、ロレンス様」

「……誰?」

「わたしはノーマ・ムビオス。あなたの治療を依頼された治癒術師です」

「治癒術師……」

「……お嫌いですか?」

「だって……ゴホッ、今までの人たちも……治るって……言ったのに、いなくなった……」

「わたしは天才と謳われた宮廷精霊術師エメス・ミマの弟子です。他の治癒術師とは一味違います」

「じゃあ……今度こそ……治る……?」

「……ええ、もちろんです。今、楽になる精霊術を掛けます……さぁ、目を閉じてください……」

「ハァ……ハァ……」

「……アミティス」

『承知』


 目を覆うように手を置き、その手から闇の魔力が注がれる。激しく咳き込み、およそ楽になるとは思えなかったロレンスだったが……


「ゲホッ!ゴホッゲホッ!……ハァ……ハァ…… ……スゥ……スゥ……」

「いっ、一体何をしたんだ?」


 ノーマが使用したのは対象を深い眠りに誘う精霊術。脳神経に作用し、相手を昏睡状態にして、そのまま永眠させることもできる。強力な反面、制約も多いため、主に暗殺で使用される。


「そんな危険な精霊術を使ったのか!?」

「落ち着いてください。痛覚を麻痺させて睡眠状態になるように調整してあります。麻酔や薬と違って副作用もないので、むしろ安全ですよ」

「そ、そうなのか……」

「……治療を始めます。集中したいのでお静かにお願いしますね」

「あ、ああ……よろしく頼む」


 エメスとパイモンが見守る中、治療が開始される。ノーマは針でロレンスの腕を刺し、血液に精霊術を干渉させていく。


「まず癌がどういうものか探らないと……アクリア、デューラ、アミティス。癌がどれかわかる?」

『こんな使い方は初めて故、我にはわからぬ』

『わたしならば判別は可能です』

「なら、わたしたちに情報を共有して、例の方法を試してみよう」

『承知』

『お任せください』


 練習を兼ねて、転移した小さい癌から治療を始める。血液を通して闇の精霊術で癌に侵された細胞を死滅させ、水と光の精霊術による浄化再生を行う。三つの精霊術の同時発動に加え繊細なコントロールを要するが、修業により高い集中力とそれに耐えうる精神力が鍛え上げられていたおかげで治療は滞りなく進んでいた。―――が、一時間ほどでノーマは治療を中止した。


「ノーマ?」

「……ダメですね。今はこれ以上治療できません」

「な、なぜだ!?」

「肉体を再生させるだけの体力が身体に残っていません。今無理に続けると、癌細胞は殺せても、修復できないので悪戯に身体を傷つけることになります」

「どうすればいい。何をすれば―――」

「まずは何か食べさせてください。ただ、献立は医師の方と相談した方がいいと思います」

「わかった、今すぐ医者を呼ぼう。必要とあらばフルコースだろうが何だろうが作らせるぞ!」

「いえ、病人ですから消化に良い物の方が…………行っちゃった……」


 パイモンは足早に部屋を去り、ノーマとエメスは部屋に残った。


「……しかし、本当にできたのか」

「はい。でも、癌は再発するって聞いてますから油断はできません」

「眠りの精霊術といい、どれだけ危険な力であろうと使い手次第でこうも変わるか」

「アミティスがわたしたちに人間に対して友好的なことも大きいですね。生かすことに消極的だと、ここまで上手くいったかどうか……」

「……精霊たちよ。治療は下位、中位精霊でもできそうか?」

『死滅させるだけなら下位でもそれほど難しくはない。だが、水の精霊との連携が上手くいくことが前提だ。それに癌の進行速度が速い場合は中位精霊以上が良いだろう』

『光の下位精霊でも癌細胞の発見はできるでしょうが、治療となると浄化修復が間に合うかどうか……こちらも確実に行うなら中位精霊以上が望ましいかと』

「……アクリアも下位では難しいか。……なに?相反する属性の負担が水の精霊に集中するから、闇の精霊と連携する者と光の精霊と連携する者で分けた方が良い……そうか、盲点だったな」

「アクリアは大丈夫?」

「……アクリアの様子を見るに今のところ問題はなさそうだが、長時間の運用は影響が出るかもしれん……課題が多いな」

(グゥ~~~……)


 精霊術による癌治療について話し合う最中、ノーマのお腹の音が鳴った。顔を赤くするノーマにエメスは呆れたように溜息を吐く。


「す、すみません……」

「……緊張感がないな」

「その……思ったよりも精霊術が上手くいって、安心してしまったのかも……です……」

「……まぁ、時間的にも頃合いか。続きは食事をしながら話そう。……それこそフルコースでも作らせるか?」

「普通で良いですよ?!」

「遠慮するな、これも助力の内だ。これを機にたっぷり贅沢してやろう」

「パイモン様もロレンス様のためにいっぱいお金使ってるみたいですし、ほどほどに……」

「それはそれ、これはこれ、もらえる物はきっちり貰う。ほら、行くぞ」

「あっ、ちょっと!師匠ーー!」


 眠りの精霊術を解除し、後のことを侍女に任せて、エメスたちは部屋を後にした。


 お疲れさまでした。


 癌に関しては調べてこそいるものの、浅い知識で書いています。「これじゃ癌は治らない」「そんなに単純じゃない」「癌治療舐めるな」等のお叱りはあると思います。なので、先に言っておきます。大変申し訳ございませんでした!!

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