第24話 成長の証
今回、少し長いです。お時間があるときにどうぞ。
柱時計の目が開かれ、何かを探すようにギョロギョロと動く。そして、スニークロックテイルを捉えた瞬間、鐘の音と共に針が動き出した。
『……どちらに逃がせばよい?』
「向こうだ!」
『承知した。では、頃合いを見て解除する。後を追われよ』
言うや否やスニークロックテイルの影から無数の黒い手を出現させた。黒い手は影の中に引きずり込もうとする勢いで次々に掴みかかる。スニークロックテイルは恐怖し、それを振り切ろうと走り出した。
「……弟子を救ってくれたこと、感謝する!」
『……早く行かれるがよい』
エメスはスニークロックテイルの後を追っていった。
実は黒い手そのものには何の力もない。しかし、「この手に捕まったら闇に引きずり込まれる」という暗示がかけられており、相手の恐怖心を煽る効果がある。相手の影に精霊術が掛けられているため決して逃げられず、手を伸ばす方向を調整すれば今回の様に任意の方向に相手を誘導することができる。
柱時計は相手に衰弱の呪いを掛ける精霊術。補足した相手に呪いを刻み、時計の針が回る毎に相手の体力を奪い死に追いやる。今回の場合は途中で解除されるが、スニークロックテイルが森の外に出る頃にはかなりの疲労状態になっているため、その状態で混成部隊を相手にしなければならない。
スニークロックテイルが去り、辺りが静かになった。治療中のノーマの容態を知るために、闇の精霊はデューラに声を掛けた。
『具合はどうだ?』
『今治療中だ。……主様を救っていただき感謝する』
『……意外だな、まるで別人のようだ』
『……』
『……時間は掛かるのか?』
『内臓と骨の修復は簡単じゃない。後はわたしたちでやる』
『……ならば、周囲を見てこよう』
『これ以上貴様の手は借りない。立ち去れ』
『……馬鹿者が』
『なに……!?』
『今の状態で他の魔獣に襲われたら動かせるのか?其方たちだけで守り切れるのか?』
『ぐっ……』
『其方が我を嫌うのは構わん。だが、感情に任せて優先順位を間違えるな!』
『!? ―――~~~っ!』
デューラは何も言い返せなかった。嫌っている相手に叱責された屈辱と、また感情的になってしまった自己嫌悪で複雑な感情になっていた。
『まったく……風の者よ、回復が終わり次第我に伝えよ。そのまま立ち去ってやる。それなら良いだろう?』
『わ、わかった……』
苦々しく思いながら、ノーマの治療に専念する。骨が折れ、内臓が損傷し、時折口から血を吐くほどの重症。本来ならば治癒術師ないしエメスに治療を頼む方が確実だが、今はそれができない。デューラの経験とノーマと共に修業してきたアクリアの技量で、どうにか補いながら治療を続けていた。治療は長時間にわたったが、魔素が豊富なリーブ大森林という場所が幸いし、魔力が枯渇することはなかった。
ノーマが意識を取り戻したのは、自室のベッドの上だった。様子を見に来たエメスがその後のことを話してくれた。エメスは部隊と合流し、スニークロックテイルと交戦した。ノーマとの戦闘と呪いで弱っていたことと、尻尾を失っていたことで広範囲の薙ぎ払いや自切による不意打ちを行うことができなかったため、想定よりも最小限の被害で済んだ。
魔獣の解体中、エメスは今回の状況について部隊への報告を行った。闇の精霊のことは伏せ、共生魔獣であったこと、弟子と共に誘導を試みたが魔獣の反撃で弟子が負傷し、やむなくフォートレススネイルは倒したがスニークロックテイルは取り逃がしてしまったことを説明した。怪しまれないかが心配だったが、エメスの精霊が弱っていたことと、エメスが普段から弟子を溺愛していたことを知っていた軍隊からは何かを察したかのように納得され、元々報酬と名声にしか興味のない冒険者からも特に突っ込まれることはなかった。
「無事でよかった……もうダメかと思ったぞ」
「師匠……フィルトは無事ですか?」
「……ああ、休んでいるよ。だが、今は自分の身体の心配をしろ」
「すみません師匠……わたし、足手まといになってしまって……」
「……馬鹿者、今回は相手が悪すぎる。あの状況で生きていてくれただけで十分だ」
「でも……」
「……ノーマ、何を考えている」
「え……」
「いいか、スニークロックテイルはわたしでも手を焼く相手だぞ。そんなやつ相手に一対一で生き残った。上等な成果だ……まさか倒せなかったとか言うつもりじゃないだろうな?」
「いえ、違います。師匠と合流するために作戦を立てていました」
「だったら、なぜ落ち込んでいる」
「…………」
「……グントでの任務のときの話を覚えているか?」
「……? はい」
「わたしはお前が調子に乗らないようにいろんなことを隠していたよな」
「……はい」
「あのときのことは反省している。お前はかつての弟子たちとは違うとわかっていたつもりだが、心のどこかでわたしはお前を信用していなかったのかもしれない。結果、お前を追い詰めてしまった……今更だがすまなかった」
「そんな……あれはわたしが勝手に―――」
「今、その「勝手」が出ているんだ」
「!?」
「「生きていてくれただけで十分」、これは紛れもないわたしの本心だ。今度はちゃんとお前に向き合いたいと思っている。……なにを考えているか、話してくれないか?」
話しにくそうにしていたノーマだったが、エメスの真剣な表情を見て、恐る恐る話し始めた。
「……グントで師匠がわたしに特別な資質があること、わたしの努力を認めてくれていたこと、わたしは……すごく嬉しかったんです」
「……そうか」
「それからもっと修業して、魔獣も倒せるようになって……上位精霊とも契約出来て、成長してる……そう、思ってました」
「……そうだな」
「スニークロックテイルと戦ったとき、作戦が上手くいって、相手の動きにも細心の注意を払って、油断なんてしてなかった……でも、わたしは…………」
「ノーマ、さっきも言ったが―――」
「わかってます。だけど、どうしても考えてしまうんです。わたしは所詮、運がよかっただけなんじゃないかって」
「……運?」
「デューラ……いえ、ルビィたちもそうでした。みんながわたしを選んでくれたから、わたしは精霊術師になれた。魔獣に襲われても、必ず傍に誰かがいてくれて、助けてくれなければとっくに死んでいた」
「……」
「あんなに……あんなに頑張って修業したのに、わたし自身は……ずっと弱いままなんです……」
「ノーマ……」
「どれだけ才能に恵まれようと……結局、わたしは……何も変われてないんじゃないかって……悔しくて……」
自分への情けなさから涙が零れ、握られた拳には悔しさが滲んでいた。そんなノーマの手に手を置き、諭すようにエメスは声を掛けた。
「ノーマ、これはお前を慰めるための出まかせではない。その上で言わせてもらう。お前はちゃんと強くなっている」
「……わたしがわたし自身を信じられないんです……」
「証拠ならある。スニークロックテイルだ」
「……?」
「スニークロックテイルが尻尾を切り離すとき、それは獲物を不意打ちするためだ。しかし、それを使うときは強敵を相手にするときだけだ」
「!?」
「そして、不意打ちの後、執拗にお前に追撃したのも、「ここで確実に仕留めなければ危険だ」とスニークロックテイルが判断したからだ」
これはエメスの推測だったが当たっていた。再生に時間が掛かる尻尾を一回の狩りの度に使うのは非常に効率が悪く、攻撃手段が減る上に体力も使うため滅多にやらないのだ。接近するエメスを無視してでもノーマを仕留めに掛かったのも放置は愚策だと判断したからである。
「何より、今回に至ってはさっきお前が言っていた精霊に選ばれる才能……それに救われた」
「?」
「お前を助けたのはわたしではない。お前が話していた闇の精霊だ」
「!? あの子が……?」
「そうだ。わたしでも手を焼く魔獣に強敵として認定されたのも、肩書だけで拒絶せず、対話し、闇の精霊との信頼を勝ち取ったのも、全部お前の力だ」
「師匠……」
「誰よりも近くでお前の成長を見てきたわたしが断言する。お前は確実に成長しているよ」
「……!」
エメスの言葉で、ノーマはようやく自分を認めることができた。しかし、今度は嬉しさで涙が止まらなくなってしまった。そんな様子をエメスは呆れながら、一緒に笑い合った。
一頻り泣き止んだ後、ノーマはエメスにある話を持ち掛けた。
「……師匠、お願いがあるんです」
「なんだ?」
「わたし、闇の精霊に会いに行きます。立ち会ってもらえませんか?」
「!? ノーマ、まさかお前……!」
「いえ、まだそこまでは……でも、この機会にいろいろと話をしてみませんか?」
「どういうことだ?」
「あの子は闇の精霊です。師匠の言うように危険なのかもしれません。でも、わたしにはどうしてもそうは見えません。話をしているときも、悪意のようなものを感じなかったんです」
「……何が言いたい?」
「幸い、あの子は友好的です。師匠の口ぶりだと、師匠も闇の精霊についてはあまり詳しくないですよね?……この機会に話をしてみませんか?」
「……確かに興味はある。お前を救うときも契約者でもないわたしの頼みを聞いたからな。しかし、危険だと言われて今までやってきたからなぁ……」
「もし何かあってもグイッタとデューラがいます。相手も上位精霊ですけど二対一なら抑えられるはずです」
「……わかった。ただし、怪我が治ってからだ」
「はい」
数日後、回復したノーマはエメスと共に闇の精霊を探していた。しかし、あの日スニークロックテイルと戦った場所に行っても見つからなかった。そこで、ノーマは一か八かその場で呼んでみることにした。
「……ねぇ、いるんでしょ?出てきて!」
確証はなかった。しかし、エメスの話を聞いていて思ったこと。それは、闇の精霊が助けに入ったタイミングがあまりにも良すぎた。あのときも近くにいた可能性は高く、もしかすると今も近くにいるのかもしれないと予想したのだ。
案の定、闇の精霊は近くの木陰の中から姿を現した。
「探したよ。ここにいたんだね?」
『……うむ』
「師匠から聞いたんだ。助けてくれてありがとう」
『よい。我が勝手にやったことよ……して、それだけではないのであろう?』
「……うん」
『己の師まで連れてきて、一体何用か?』
「……あなたとの関係に一つの区切りをつけたいと思って」
『区切り?』
「わたしはあなたに聞きたいことがあるの。それに、正直に答えてほしい」
『なんだかわからぬが……よかろう。何が聞きたい?』
闇の精霊の噂、前の話で感じていた嘘、聞きたいことはたくさんある。しかし、ノーマにはどうしても前から気になっていたことがあった。
「……ずっと気になってたんだけど、どうしてわたしとの契約にこだわるの?」
『!? ……い、以前も言ったではないか。精霊契約は特別な繫がりだと……』
「うん、でもそれならわたしである必要はないでしょ?あなたと契約したい人なんて他にいっぱいいるんじゃない?」
『……』
「でも、あなたは契約を断ったあの日から、何度もわたしのところに来たよね?それはなんで?」
『…………』
「……ごめんね。ただ、わたしじゃなきゃいけない理由を知りたかったの」
『そ、其方とは波長が合っていた……』
「……そっか、本当のことは話してもらえないんだね……」
『……ええい、わかった!ただし、約束せよ』
「約束?」
『……笑わないでほしい』
「? それってどういう……」
『約束できないなら、黙秘させてもらう』
「……頑張る!」
『……そこは笑わないと言うところではないか?』
「約束したいけど、内容がわからないんだもん。だから、笑わないように頑張る!」
『……其方なりの誠意ということか。……よかろう、我が其方との契約にこだわった理由。それは―――』
意を決したように闇の精霊は語ろうとする。ノーマは息を呑み、傍から見ているエメスにも緊張が走った―――のだが……
「其方の精霊たちが羨ましかったからだ」
「……」
「………」
「…………えっ?」
あまりの理由に空気が凍った。
「……どういうこと?」
『其方に契約を迫った日。だいたい朝方であろうか……我は波長の合う魔力に誘われ、其方を初めて見かけたとき、其方が精霊たちと触れ合っているのを見たのだ』
「……グイッタたちやルビィたちとやったスキンシップのこと?」
『うむ。それを見たとき、我もあの輪に入りたいと思ったのだ』
「……えっと、それが理由?」
『嘘かどうかはわかるのだろう?』
「そう……だね。うん、確かに……」
エメスの方を見ると何とも言えない表情で頭を抱えていた。しかし、あまりの言い分にデューラは闇の精霊を問い詰めた。
『貴様、そんな馬鹿馬鹿しい理由で主様に付きまとっていたのか!?』
『それが我らにとってどれだけ大変かわからぬのか』
『どういうことだ?』
『闇の精霊というだけで警戒され、危険という理由で迫害される。一部の阿呆のせいでデマまで流れ、其方の言う馬鹿馬鹿しい願いさえ叶えられぬ状況を作ったのは、人間と光の者ではないか』
『!? なんだと?!』
「待ってくれ、どういうことだ?」
堪らずエメスも話に参加する。
『どうもこうもない。「闇の精霊と契約すると魂が汚れる」などと人間が戯けたデマを事実のように吹聴し、真に受けた貴様ら光の者が我らを目の敵にするようになったのだ』
『デマ……だと……?』
「しかし、闇の精霊と契約した途端に豹変した事例があるんだぞ?」
『逆だ』
「逆?」
『元々持っていた残虐性が、我らの精霊術を悪用したことでタガが外れたのだろう。可能かは知らぬが、その者が一番初めに殺した人間との因果関係を調べてみるとよい。無関係ではないのではないか?』
「し、しかし、それで何十人もの人間が死んだんだぞ?それほどの憎しみを抱えていたというのか?」
『殺す快感に目覚めたのか、もしくは自身の犯行を嗅ぎまわる相手を抹殺し続けていくうちに引っ込みがつかなくなったか……こればかりは本人にしかわからぬ』
『……だが、お前たちがそれに加担していたのは事実だ。命を何だと思っている』
『……光の者よ。あのときも言ったが我らはその者の望みを叶えたに過ぎん』
『それが正しいことだと思っているのかと聞いているんだ!』
『正しいかどうかは関係ない。契約者が喜ぶからやっているのだ』
『……っ!!』
『我ら闇の精霊はある意味平等なのだ。人間だろうと虫だろうと牛や馬だろうと魔獣だろうと魔人だろうと、命の価値に貴賎はない。契約者がそれを消して喜ぶのなら、我らはそれに従い消すだけなのだ』
『……―――』
『契約者のために力を振るう。其方たちと変わらぬだろう?』
デューラは絶句した。理屈の上では一見正しいが、狂っているとしか言えなかったからである。
『そ、それが本当なら、貴様たちの愚行は……すべて契約者の望みを叶えるために行ったというのか!!?』
『まぁ、そうなるな』
『なんということだ……』
「待ってくれ。なら、闇の精霊は自発的に危害を加えることはないのか?」
『自衛はするが、基本的に我らは表立って何かをするということはほとんどない。……というより、もしそうならもっと大惨事になっているだろう。ただ、命を奪うことに楽しさを見出した者だとわからぬな』
「……もう少し話を聞きたい!いいか?」
『なんだか妙な流れになってきたな……まぁ、良い機会か。聞くがよい』
これまでの常識が覆る情報が次々に出て、エメスは多少動揺していたが、皮肉にも光の精霊術により嘘でないことも確認できているため、精霊術師としての性か闇の精霊の話に興味津々だった。
お疲れさまでした。
一旦区切ります。先の話を考える上でちょっとネックになることが起こって少し頭を抱えています。
それと、誠に勝手ながら料理タグを削除することにしました。先の展開を考えたときに、料理がきっかけで物語を進行させる部分はでてきますが、料理が出てくる頻度を考えると、このタグをつけるのはふさわしくないと考えたためです。もしも、タグで検索する場合において、この作品が邪魔になってしまっていたら申し訳ございませんでした。




