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第21話 闇と光


 再び、修業の日々が始まった。しかし、これまでと違ってエメスは頻繁に城へ顔を出すようになった。

 なぜなら、新人の中に家の力を使って教育を担当していた者を買収し、訓練を勝手に免除していたこと発覚したからである。その事実を知ったエメスは大激怒し、今後不正のないように定期的に城に顔を出すことを決めた。

 数名除隊したが、幸い救助任務の後の新人の士気は高く、訓練に対しても積極的な姿勢が見られていた。エメスがノーマとの模擬戦を新人に見せていたのはこれが狙いだった。ノーマに影響されて想像力を高めて自主的に訓練する者や、精霊との相互理解を深めることで精霊術の質を上げようとする者など、良い傾向が見られるようになった。

 しかし、良い傾向が見られるようになった一方で、精霊術の制御が未熟であるにもかかわらず、ノーマのマネをしようとする者が一定数いることだけが悩みの種になった。

 チェインは厳しい処分が下され、降格・減給処分となったが、逆に精霊術の訓練に時間を割けるようになったと前向きに捉えているようだった。エメス曰く、元の地位に戻るのにそれほど時間は掛からないだろうとのこと。

 シルトもまた、積極的に手合わせを志願してはボコボコにされているようだが、それでもめげずにより一層訓練に励んでいる。


 そんな日々が続く中で変わったこともある。この日、エメスは城に向かおうと玄関の外に出たが、エメスの精霊たちは何かを待つように並んでいた。


「……ノーマ、すまない。頼む」

「はーい……みんな、おいで」


 ノーマは精霊たちを撫で、または抱きしめながら声を掛ける。

 エメスが城へ出向く際、一人残されるノーマを心配したグイッタがノーマを見つめていたのを、ノーマはグイッタが寂しがっていると勘違いし、抱き寄せたのがきっかけだった。グイッタを羨ましがった他の精霊たちが催促するようになり、今の形に落ち着いている。ただ、これをやると精霊たちの士気が上がるようで、エメスも止めにくい状況になっていた。


「そんなにそうしてほしいなら、わたしがやってやろうか?……おい!」


 グイッタたちは露骨に目を逸らした。実際、ノーマに比べてエメスは雑なところがあるため、仕方なところもあった。


「ははは……今回は一週間でしたよね?」

「伸びるようなら手紙を送る。留守は任せたぞ……後、ちゃんと修業も続けるように」

「はい。……いってらっしゃい、お気をつけて」

「ああ……」


 エメスを見送り、最初に始めること。それは修業ではなく、エメスの精霊たちにやったスキンシップをルビィたちともやることだった。これをやらないと嫉妬で修業にならなかったことがある。


「みんな、今日も一緒に頑張ろうね。……まずは準備しようかな」

 

 修業の準備をするために、ノーマは家の中に戻った。……そんなノーマを見つめていた者がいた。


『あの者だ……あの者こそ……我が求めし者……』


 その者は影に溶け、姿を消した。


 その日の夜、修業を終え眠りにつこうとしたとき、それは起こった。


「―――!? なに、この気配……」


 まるで冷たいナイフを首筋に押し当てられたような寒気と、本能的に生命の危機を感じさせるような得体のしれない力の気配を感じていた。それは精霊たちにも伝わっており、ノーマを守るように厳戒態勢をとっていた。

 そして、底知れない闇の中から湧き出るように、それは姿を現した。ドス黒い気を纏った紫色の球体、ノーマはそれが精霊であることは確信していたが、ルビィたちとは桁外れの力を感じていた。


(すごい力……!まるで、グイッタたちみたい。……まさか、上位精霊!?)

『事を構える気はない。……その様子では、我が何者であるかもわかっているのだろう?』

「闇の上位精霊……かな?でも、言葉をしゃべれる精霊は初めて会ったよ」

『いかにも、我は闇の上位精霊。我ほど永い時を経れば会話ぐらいできる』

「……どうして、わたしの前に現れたの?」

『精霊が精霊術師の前に現れる用など限られているだろう』

「…… …… ……?」

『いや、わかるだろう?』

「……わからないよ。あなたみたいなすごい精霊がわたしに用なんて……」

『……我は其方との精霊契約を望んでいる』

「……はい?いやいやいや、何で?」

『見たところ、其方には闇の資質がある。我はその資質に惹かれた……理由はそれで充分であろう?』

「う~ん……」

『何を悩む。我の力の大きさはわかっているだろう?契約すれば、其方の意のままに振るえるのだ。悩む必要などないだろう』

「……ごめん、いいや」

『……は?』


 精霊術師が上位精霊と直接契約する場合、精霊術師自らが精霊に挑み、その力を認めさせた上で契約に入ることがほとんどである。契約できたときの恩恵は大きく、契約しただけでも他者に力を認められ、強力な精霊術を行使できることは精霊術師として一定の地位が約束される。一方で、死闘の末に力を認めさせたとしても、適性が合わなければ契約はできない。謂わば一種の大博打だが挑む者は少なくない。

 故に、本来ならば戦わなければ手に入らない力が自ら契約を申し出ている状況は、精霊術師にとってはこの上ない幸運であり、それを理解しているからこそ闇の精霊は引き合いに出した。しかし、断られるのは想定外だった。


「あなたの力が強いのはわかってるけど、わたしだと持て余しそうだし、それに……」

『それに?』

「闇の力って、なんか怖いし……」

『怖い……』

「そういうわけだから……ごめんなさい」

『……また来る』

「え?……えっと、また、ね?」


 闇の精霊は去っていった。


「……なんだか、悪いことしたかな……」


 ノーマが闇の精霊との契約を拒んだのは、別の理由もあった。

 「闇の精霊と契約した者は魂が汚れる」。歴史上、大罪人となるものは総じて闇の精霊と契約していた。それまでは素行に問題がなかった者が、闇の精霊と契約した途端に豹変し、犯罪に手を染めるようになっていったことから生まれた言葉である。弟子を持つ精霊術師はその危険性について、警告の意味を込めて教育することが常識となっている。

 特に、異常なまでに高い資質を持っているノーマが闇の資質もある可能性を考慮し、闇の精霊に唆されて契約させないために、エメスはその恐ろしさをノーマに嫌というほど教育してきた。


(一回断ったら来ないと思ったのに……また来るって……何で……だろう?……)


 闇の精霊の不可解な行動に疑問を持っていたが、睡魔には勝てずノーマはそのまま就寝した。


 その日以降、闇の精霊は毎日やってきた。契約を迫られては断っているが、物々しい言葉遣いとは裏腹に存外素直な性格のようで、「深夜に来られても困るから、お昼休みの時間に来てほしい」と言うと、本当にその時間帯に来るほど。永い時を生きているためか、見聞が広く博識で、ノーマは知らない話をたくさん聞くことができた。


「闇の精霊術って、どんなものがあるの?」

『そうだな……魔力を奪ったり、生命力を奪って衰弱させたり、呪いをかけたり……』

「怖っ!」

『其方が聞いたのではないか』

「そうだけど……やっぱり、危険な精霊術って感じなんだね」

『……生まれ持った力はどうしようもなかろう』

「それもそうだね。……う~ん……」

『……? どうされた?』

「うん?ああ、ごめん。修業のときの癖なの。あなたの力をわたしならどう扱うかって、つい考えちゃうんだ」

『では、それを思いついたら契約も……』

「まぁ、今は何にも思いつかないんだけどね」

『期待させてこの仕打ちか!!』

「ごめん!!」


 ……このように、契約こそする気はないが、茶飲み友だちのような関係を築いていた。


あっという間に時は過ぎ、エメスが城から帰ってきた。


「お帰りなさい、師匠」

「ただいま、何か変わったことはあったか?」

「あ~……その……」

「……何があった?」


 ノーマは誤魔化そうか悩んだが、放置して良い問題ではないため、闇の精霊のことを正直に話した。


「……契約はしてないんだな?」

「はい」

「お前に闇の資質があることは想定していたが、まさか上位精霊とはな……ノーマ、もう会うのはやめておけ」

「そんな……!悪い子じゃないんです。現にわたしは―――」

「……それが、そいつの手口だとしたら?」

「え?」

「善を装い、言葉巧みに自身の術中に嵌める……過去の罪人たちも、闇の精霊に唆された可能性は否定できない」

「ひどい……会ってもいないのに……そんなのひどいです!」

「……闇の精霊、及び闇の精霊術は悪用されないように情報が規制されていて得体が知れない。万が一、闇に堕ちて取り返しのつかないことになったら……わたしは、師としてお前を消さなければならない」

「師匠……」

「わかってくれ、ノーマ。わたしは……そんな未来は望んでいない」


 悲痛な表情を浮かべるエメスに、ノーマはそれ以上何も言えなかった。

 その日、結局闇の精霊は現れなかった。寂しく思いつつも、眠りにつこうとしたとき、再び大きな力の気配を感じ取った。


(この感じ……あの子?……違う、あの子と違って温かいような……)


 力の大きさは上位精霊相当だったが、力の性質は真逆だった。それでも一応警戒は怠らず、その力に備えた。

 現れたのは眩い光を放つ白い球体、暖かい太陽の光のような陽気を放ち、ノーマはその力に既視感を覚えた。


(この子は……グイッタと同じ……)

『……どうやら、わたしが何者かの説明は不要のようですね』

「ノーマ、この気配は……!?」

『ほう……我が同胞の力も感じていましたが、あなたが契約者ですか』

「光の……上位精霊……。なぜ上位精霊がこうも立て続けに……」

『立て続け……やはり、すでに接触していたのですね』

「!!?」

『わたしは、闇の精霊の魔の手からあなたを守るために参りました』

「魔の手って……」

『あの者の力は危険です。その力で幾人もの人間の心を汚し、道を踏み外させ、数多の生命をその手に掛けてきました……よく力の誘惑に耐えましたね』

「耐えたっていうか……そもそも誘惑されてないというか……」

『わたしと契約し、共に闇の者を退けましょう』

「……う~ん……」

『遠慮など不要です。わたしの浄化の力ならば闇など恐れるに足りません。さぁ……』

「…………」

「ノーマ?」


 善意で言っているのはわかっている。しかし、闇の精霊というだけで貶すような言い方をする光の精霊に嫌悪感を覚えたノーマは契約する気になれなかった。


「……何か、やだな……」

『!?』

「ノーマ、お前……闇の精霊を庇うのか?!」

「ごめんなさい、師匠。危険な存在なのはわかっています。……でも、あの子がわたしを騙そうとしているようには、どうしても見えないんです」

『……それは、そう見えるだけです。醜い本性を隠すなど、闇の者には容易でしょう』

「……だったら、あの子に会ってみてよ。「闇の精霊」じゃなくて「あの子」をちゃんと見て!」

「ノーマ……」


 

 光の精霊の言動が一方的で横柄だったのもあるが、何より友人を悪く言われたのがノーマにとって、とても不愉快だった。エメスも普段素直なノーマがここまで頑ななところを見るのは初めてで、どう説得するか悩んでいた。

 光の精霊はしばらく考え込み、折衷案を出した。


『……いいでしょう。ですが、それはわたしと契約してからです』

「なんで?」

『わたしには悪意や嘘を見抜く力があります。人だろうと精霊だろうと例外はありません。その者の言葉が真実かどうか……わたしの精霊術を通して、あなたに伝えることができます』

「!!?」


 光の精霊には、言葉に込められた意思の波長を感じ取り、本音か嘘かを判別できる力がある。エメスとノーマが初めて出会って、人としての価値について質問したとき、グイッタだけがノーマの近くにいたのも、ノーマの言葉が本音であるか見極めるためだった。

 契約することを悩むノーマを、エメスは説得にかかった。


「……ノーマ、契約しろ」

「師匠?!」

「お前がそこまで言う相手なら信じてやりたい気持ちもある。……だが、やはり心配なんだ。わたしは近いうちにまた城に戻らなければならない。万が一のことがあっても光の上位精霊がいるなら、こちらとしても安心できる」

「……わかりました」

『では、契約を……』

「でも、あの子が何かしない限り手は出さないで」

『……承知しました』


 天から注ぐ光が魔法陣を浮かび上がらせ、優しい光を放つ。精霊契約自体はこれまでと変わりなかった。


「あなたの力で、わたしに真実を見せて“デューラ”」


 精霊契約を結び、魔力の高まる。しかし―――


「―――っ!!?」


 まるで全身の魔力が湧き立ち、溢れ出てくるような、これまでとは比較にならない力の高まりを感じたノーマは戸惑っていた。


『大丈夫ですか?』

「うん、少し驚いただけ。……よろしくね、デューラ」

『必ず、あなたをお守りいたします……主様』


 お疲れさまでした。


 何とか月一投稿は守っていきたいと思います。

 

 

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