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第2話 魔獣

 医者の訪問診療がある日に、ノーマは精霊術師について聞くことができた。


 精霊術師の資質は先天性のものであり、例外はなく、家系や血筋に精霊術師がいる場合、その資質を持って生まれることが多い。そのため、今回のように精霊術師の血筋でない者が資質に目覚めることは、非常に稀であること。

 精霊術を扱える精霊術師は、あらゆる分野で優遇される場合が多く、戦闘向きの属性なら複数人の精霊術師で構成された精霊術師部隊、戦闘向きでなくても精霊術そのものを研究する研究者や、傷を癒し、命を救う治癒術師として活動する者など様々な選択肢がある。その中でも王国直属の宮廷精霊術師ともなれば一生の安泰が約束されたようなものである。

 …ということをマギは説明したのだが、ノーマ自身があまり理解できなかったため、マギは精霊と友達になることができる才能だと説明した。

 いろんな精霊と友達になれると聞き、ノーマは新しい精霊と友達になれる日を楽しみにしながら日々を過ごしていた。


 ノーマが精霊術師になってから1ヶ月経ち、ノーマが精霊術師であることは、村人全員に認知されていた。村長を含め大人たちは精霊術師の資質に目覚めたノーマに期待を寄せていたが、当の本人はいつも通りだった。

 それもそのはず、ノーマ自身は精霊と友達になれることに喜びこそ感じているものの、それ以外に関心はなく、精霊術師になったところで、具体的なことは何も考えていなかったからである。

 故に、今回の件も友達が一人増えたという程度の認識だった。

 それからも母の農業を手伝ったり、村の友人と遊んだりと、いつも通りの日常を過ごしていた。

 …ただ一つを除いては


「ねぇ、ノーマ。またアレ見せてくれない?」

「…ルビィ、お願いできる?」


 友人が期待の眼差しを向けると、ノーマの中からルビィが現れ、小さな火を灯し、その火を次々と出現させ、輪を作って見せた。

 ノーマが契約したのは、火の下位精霊、名前はルビィ。火を生み出し、火を操ることができる他、物質に熱を与えたりすることができる。そして、精霊術師が魔力操作を行えば、耐火・耐毒・耐冷気などの効力を得ることができる。


「すごーい!いいなー、わたしも精霊ほしいー」

「なんだか、不思議な感じ・・・火なのに普通のものよりも安心感があるわ」

「おい、ルビィ。この枝に火を点けて見ろよ」

「…また、父さんに怒られるよ?」

「それはお前がチクったからだろうが!でも、やっぱ羨ましいよな~」

「……」


 村の子供たちの中でも特に仲のいい四人の友人、精霊を羨ましがったのはノーマと同い年の少女ブラン・ロール、精霊の火を興味深く観察するのはノーマよりも二つ年上の少女ターナ・オフラ、枝に火を点けるよう言ったのはこの中では最年長の少年ハック・ロッケ、そして、ハックを諫めたのは弟であるダレス・ロッケだ。

 友人同士で騒いでいると、その様子を見た大人や老人たちも集まってくる。


「ほぉ、何度見ても大したもんだ」

「街の連中でも滅多にお目にかかれねぇ精霊様だ。そりゃそうだろ」

「精霊様が灯してくださる火を見ていると、何だか若返る気がするねぇ。 ありがたや~ ありがたや~」

「……」

 

それは日が落ちた夕方頃まで続き、家に帰ったノーマは深くため息をついた。


「…はぁ」


 精霊術師になってからというもの、精霊術を見たいからという理由でよく声を掛けられるようになった。初めは友人を褒められているようで誇らしかったが、精霊術を見世物のように扱われているこの現状は、あまりいい気分ではなかった。

 だが、村人たちに悪気がないのもわかっていた。ここより少し離れた港に行かなければ、この村には娯楽と呼べるものがほとんどなく、村に吟遊詩人が訪れたときは村人全員でその詩を聞きに集まるほどだからだ。

 なにより、逆の立場だったら同じことをした自覚があったため、村人たちを責める気にはなれなかった。


「ごめんね、ルビィ。こう毎日だと流石に疲れちゃうよね」 


 謝るノーマに対し、ルビィは自分が元気であることを表すかのように周囲を飛び回った。しかし、それが空元気であることもノーマはわかっていた。

精霊術師と契約した精霊は契約による結びつきで、たとえ離れていてもお互いの状態がある程度わかるためである。


「明日はみんなで近くの川に遊びに誘われたけど・・・どうしようかな。精霊術が目当てとは思いたくないけど、あんまり行く気がしないんだよね」


 ノーマは、これ以上ルビィに負担をかけることは避けたかった。しかし、ルビィはそれに反対した。自分のために交友関係を拗れさせるのは本意ではないからだ。


「でも、それだとルビィが…」


 ノーマの言葉を遮るように、ルビィは今回の川遊びにメリットがあることを説明した。

 自然の多い場所では、魔力の源となる[魔素]が豊富な場所が多く、精霊にとっても癒しの空間であるという。火の精霊である自分は川遊びはできないが、その間に周囲の魔素を吸収し、回復に努めることができる旨を伝えた。


「そっか。じゃあ、明日は行こうかな…」


 ルビィと明日の方針を決めたノーマは、その日眠りにつき、翌朝に母に断りを入れて、友人と合流した。


「あっ、ノーマが来たよ」

「よし、みんな揃ったな。獣除けは持ったか?」

「兄ちゃんの方が心配だよ」

「確かに」

「うっせー、桶と仕掛けと釣り竿、後は銛と、火打石は…いらないか」

「ルビィ頼りってこと?」

「そんな顔すんなって、獲れた魚は多めにやるからさ」

 

 ハックの何気ない一言に少々不満はあったが、自分の人間関係を考えてくれたルビィのために不満を飲み込んだ。

 川に到着し、獣除けの薬を周辺に撒いた後は、水をかけ合ったり、深い場所では泳いだり、飛び込みをしたり、お昼に向けて魚捕りをしたりと川遊びを楽しんだ。特に今の時期の川魚は脂が乗っていてとても美味で、捕りたて釣りたてをその場で食べるもよし、持ち帰って夕飯にするもよしといった具合に、この時期だけのちょっとした御馳走となっている。各々が川遊びを楽しむ中、ノーマは川から少し離れた木陰に、青い光があることに気が付いた。


「? なんだろう…ちょっと、休憩するねー!」


 友人に声を掛けた後、その光を見てみることにした。青い光だが、ルビィと同じ精霊の光。川の流れる音を聞きながら、気持ちよさそうに涼んでいるようだった。


「こんにちは」


 ノーマは精霊に声を掛けた。精霊は左右を見渡し、周りに自分しかいないことを確認すると、驚きのあまり木の裏に隠れ、こちらの様子を窺っている。


「急に話しかけてごめんね。わたしはノーマ、よろしくね」


 なるべく刺激しないように優しく声を掛けたのが幸いしたのか、精霊は警戒を緩めてノーマに徐々に近づいてきた。しかし、ルビィが精霊を威嚇してしまい、それに驚いた精霊は再び木の裏に戻ってしまった。


「ルビィ、どうして意地悪するの?」


 ルビィ曰く、あの精霊は水の精霊だという。余程過去に嫌な思いをしたのか、ルビィは水の精霊に対し嫌悪感を示していた。


「…ねぇ、ルビィ。水の精霊全員がルビィにとって本当に悪い子なのかな?」


 ルビィは、ノーマの言葉に少し不機嫌になり、そっぽを向いた。


「ああ、ごめん。でも、わたしたち人間だって良い人も悪い人いるでしょ?ルビィは、あの子を見て、今まで会ってきた嫌いな水の精霊と同じに見える?」


 ルビィはそっぽを向きつつ、水の精霊を見た。ルビィがこれまで見てきた水の精霊は高飛車で、こちらが火の精霊と見るや否や嫌がらせをしてきた挙句、見下してきたため嫌悪感を持っていた。

 一方、この水の精霊は火の精霊である自分を目の前にして一目散に逃げだし、怯えながらこちらの様子を窺っている。確かに自分が今まで会ってきた水の精霊とは明らかに違っていた。


「もし、あの子が今まで出会った水の精霊と同じだって言うなら、あの子と仲良くしてとは言わないよ。でも、もし違うと思うなら、もう少し様子を見て見ない?水の精霊でも仲良くなれるかもしれないよ?」


 ルビィはしばらく考えた後、ノーマの中に戻った。

 ルビィが機嫌を損ねてしまったのではないかと心配したが、そうではなく、ノーマを通して水の精霊を見て見ることにしたらしい。


「そっか…じゃあ、仲良くできそうなら話をしてみてね。 …精霊さん、一緒に遊ぼう?」


 ノーマは、改めて水の精霊に声を掛けてみた。

 水の精霊はルビィを警戒していたが、ノーマとのやり取りは聞いていたようで、恐る恐るではあるものの一緒に遊ぶことを了承した。その後は、みんなと合流した後、水の精霊を紹介した。友人たちには水の精霊の姿は見えなかったが、水の精霊が水球を作ったことで存在を証明し、引き続きみんなで水遊びを楽しんだ。

 お昼も近くなった頃、獲った魚でお昼ご飯を食べることにした。


「ノーマ、火をくれ」

「ルビィ、お願い」


 ルビィが焚き木に火を点ける。ルビィが現れたことで、水の精霊はノーマを盾に取り、隠れてしまった。


「そういえば、精霊さんは火の精霊のことをどう思ってるの?」


 水の精霊は、火の精霊には一度も会ったことはないが、乱暴で短気で凶暴だというのを聞いたことはあったらしい。ルビィの威嚇を見て、それが確信に繋がりつつあるようだった。


「大丈夫。ルビィはね、わたしが病気のときに寒くて震えていたのを一晩中温めてくれた優しい子だよ。今も本当は、あなたのことをもっと知りたいと思ってるんじゃないかな?」


 ノーマの言葉を聞き、恐る恐るルビィとの会話を試みるが、ルビィは素っ気ない態度をとっていた。


「ルビィ、少しだけでも話をしてみたら?」


 ノーマの言葉に反応こそするものの、ルビィはなかなか素直になれずにいた。

 精霊同士で話をさせようと、ノーマはその場を離れてみんなと昼食を取っていた。昼食後に食べた物と火の後始末を終えた頃には、木陰のひんやりとした空気とちょうど心地よい風が吹いたことが相まって、みんなで昼寝をすることにした。

 その間、精霊たちは起きていたのだが、この時間が地獄だった。なんとか会話を試みようとする水の精霊と、まだ水の精霊に対し疑心暗鬼になっているせいで素っ気ないルビィ。時間が経てば経つほど、水の精霊の話題は尽き、ルビィも散々素っ気ない態度をとった手前、話題を振ろうにも振りにくくなり、両者沈黙するという、なんとも気まずい空気なっていた。

 しかし、木々の騒めきと共に事態は一変する。嫌な空気の流れを感じ取った精霊たちは、眠っている子どもたちを起こそうとした。ルビィはノーマに声を掛けるが、お腹が膨れた満足感からか眠りが深く、なかなか起きない。しかし、緊急事態を察した水の精霊は、ルビィに離れるように警告した後、拳大の水球を子供たちの顔面に次々と発射した。


「うわっぷ!?」

「ぶっ!なになに!?」

「…げほっ、げほっ!」

「おい、ノーマ。これ水の精霊のせいなのか?」

「あの子がこんなことをするとは思えないけど・・・聞いてみるね」


 友人たちが口々に不満を漏らす中、なぜ水の精霊がこういう行動にでたかを聞いてみた。


「…すごく嫌な予感がするから、一刻も早くここから離れてほしかったみたい」

「嫌な予感? 獣除けは撒いたし、ここらで危険なのってそんなにいないだろ?」

「遭わないに越したことはないでしょ。馬鹿なこと言ってないで離れるわよ」


 全員が荷物をまとめる準備を始めようとしたとき、草むらを掻き分けて何かがこちらに近づいてくる音が聞こえた。


「な、なに、この音?」

「…みんな、下がってろ」


 ハックは銛を構えてノーマたちを自分の後ろに下げた。草むらを掻き分ける音が段々大きくなり―――― 一頭の小鹿が飛び出してきた。


「なんだ、鹿かよ…」


 拍子抜けして気を抜いた瞬間、草むらから勢いよく蔦が飛び出し小鹿を絡めとった。小鹿のもがきなど意に介さないかのように、そのまま勢いよく小鹿を引きずり込み、少し間をおいて小鹿の断末魔の叫びが森に響いた。


「な、なに…今の……」


 その疑問を口にした瞬間、草むらから[それ]は姿を現した。


「き…きゃぁあああああああああーっ!!!」


 現れたのは蔦が無数に生えた巨大なウツボカズラの化け物だった。

 このとき、子どもたちはあることを思い出していた。魔素の濃い場所の影響で原生生物が変異を起こし、各地で災害を起こす [魔獣]の存在を。


 お疲れさまでした。


 川遊びをイメージしやすいように、表現として飛び込みを使わせてもらいましたが、川での飛び込みは大変危険なので決して真似しないでください。

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