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第18話 偽りの崖


(わたしにできること……師匠みたいに強くないわたしができること……)

(……考え方を変えよう。わたしにあって、師匠にないもの……?)

「……! イマリ、ティル、あなたたちの力を教えて」


 ダーティベアに襲われていたイマリとティルに頼るのは酷だったが、ノーマも手段を選んでいる余裕はなかった。しかし、イマリとティルはダーティベアにお返しがしたいのか、戦うことを快く承諾してくれた。

 イマリは氷の中位精霊、氷や雪を生み出して、ある程度操ることができる。魔力操作を行うことで耐熱、耐寒などの効力を得ることができる。また、他の属性と違い物理的な防御が可能で、氷や雪は想像力次第で形状を自在に変化させることができる。

 ティルは雷の下位精霊、雷を生み出して、ある程度操ることができる。魔力操作を行うことで耐電などの効力を得ることができる。また、対象を帯電させることで電撃を付与することができる。

 ダーティベアがイマリの姿を捉えないように、自身でイマリとティル隠しながら問いかけた。


「イマリ、氷をダーティベアに使ったときに手ごたえはあった?……ダメだったんだ。ティルの雷……に怒って追ってきたわけだから、さらに怒らせるだけか……」

(火と雷、水と雷、風と氷、水と氷……ダメだ。どれを組み合わせてもさっきので相殺されそう)

(……どうしよう。考えがまとまらない。シルトだって頑張ってくれてるのに……)

(でも、ここにはわたしたち以外いない……どうすれば……)

(……わたしたち……以外……。わたしたち以外の……力……?)

「!」


 ノーマはあることを思い出し、作戦を組み立てていく。ほとんど賭けに近い発想だったが、風の精霊術でシルトに声を届けた。


「グガァァアアアーーーッ!!」

「っ!」

(これは、マズいな……)

「シルト」

「!? ……ノーマか?」

「作戦を思い付いたの……でも、魔力操作に集中したいから、ほとんど動けなくなるし、時間も掛かるの。それまで守ってほしいんだけど、できそう?」

「……難しいな」

「えっ!?」

「剣にヒビが入った。後何回受けられるかわからない」


 凶暴化したダーティベアの猛攻は激しく、その威力は魔力で強化された剣でも負担が大きかった。幸いなのは目潰しの粉を使ったシルトに対して激怒しているおかげで、ノーマが眼中にないことだった。


(……どうしよう、わたしがもっと早く……違う、時間がなければ作る……!)

(魔力がどこまで持つかわからないけど……やれるだけやってやる!)

「シルト、わたしが何とかする。だから……信じて!」

「……任せるって言ったろ。早くしてくれ」

「……うん!」


 ノーマは、ネフラとイマリに「あるもの」を探させるために遠くへ向かわせた。

 精霊と精霊術師が離れることには利点と欠点がある。通常、精霊術を行使する際に距離が遠くなるとその精度は落ちるが、精霊自身がその現場に向かった状態で魔力操作を行うと遠隔でも精度が飛躍的に向上する利点がある。しかし、精霊が離れている間は、その場でその精霊の精霊術を行使できない欠点があるが、今回はその欠点があっても優先するべきことがあった。

 そして、時間を稼ぐためにノーマはさらに精霊術を使う。


(魔力節約のために、なるべく範囲を絞って……)

「アクリア、ティル……!」

「う、うわっ……!なんだこれ?」


 シルトの手袋にアクリアの精霊術による耐電が付与され、ティルの精霊術により剣が帯電して電撃が付与された。突然のことに戸惑うシルトだったが、ダーティベアの攻撃を捌いた瞬間、ダーティベアに電撃が走った。


「グォ!? ……グルルル……」

(……なんだ?勢いが、止まった……)


 ダーティベアにとって、ティルの電撃は心の傷になっていた。もちろん、初めのものよりも弱い電撃だったが、酷似した痛みが走ったことで心の傷が呼び起こされ、シルトの剣が「ただの邪魔なもの」から「危険なもの」に切り替わったことで、警戒しなければならなくなった。


(よし、これならいける!倒すのは無理でも時間稼ぎなら……)


 しかし、そんなシルトと対照的に、ノーマの方は深刻だった。


(……頭が……沸騰しそう。ここまで負荷がかかるなんて……!)


 今、ノーマは三つの精霊術を使っている。探知、耐電の付与、電撃の付与……精霊術の同時使用は、魔力の他に精神力を大きく削り、数が増えれば増えるほどその負荷は増す。三つの精霊術を同時に使うこと自体はノーマにとって珍しいことではないが、今回の様に継続しての操作となるとかなりの負担が掛かっていた。

 額に汗が滲み、頭が茹で上がりそうになりながら苦悶の表情を浮かべるノーマだったが、やめるわけにはいかず、ルビィから魔力を受け取りながら精霊術を続行した。


 ノーマの仕掛けが完成目前に迫っていたとき、ここでダーティベアが勝負に出た。電撃をもらうのも構わずシルトに向かって渾身の一撃を放つ。受け流しきれず、ついに刀身が折れ、動揺したシルトにダーティベアの追撃が迫る。


「……っ!?しまっ―――」

「グォォオオオーーー!!」

「……やらせない!!」

「ガ、ガァッ!?」


 ノーマは剣に帯電させていた電撃をダーティベアに飛ばした。剣を折ったことで完全に油断していたダーティベアは不意打ちに苦しみ、怯んだ隙にノーマはシルトの手を引っ張り走り出した。


「ノーマ、どうするんだ?」

「このまま走って!」


 すぐさまダーティベアもノーマたちを追いかける。通常の熊でも時速約40~60km/hで走ることができる。ダーティベアも例外ではなく、筋肉の発達により重量が増加し、持久力こそ難があるものの、その速さは損なわれていない。

 身体強化をしているとはいえ、雪に足を取られて上手く走れないノーマたちに対して、力で追いすがるダーティベアとの差は徐々に詰められていた。そこへ、ネフラとイマリがこちらに向かってくるのが見えた。風の精霊術で身体強化を行えば、さらに速く走ることができる。しかし、ネフラとイマリも懸命にノーマの元へ急いでいるが距離がまだ遠かった。


(……まだ遠い、ここからじゃネフラの精霊術を使えない)

「ノーマ、このままじゃ追いつかれるぞ!」

(行けるところまで行くしか……!)

「! ノーマ、前!」

「えっ?」


 イマリがノーマに向かって雪玉を飛ばしてきた。避けきれず、雪玉は身体に当たり、中からネフラが現れた。これは飛んでいくよりもこちらの方が早いというイマリの判断だったが、ネフラは同意していたわけではなかったらしく、寒さに震え、不服そうだった。

 風の精霊術で身体強化し、ダーティベアとの差を広げていく。すると、視界が開け、前方に崖が見えてきた。


(……この辺りで……!)

「!? ノーマ?」

「シルト、ダーティベアをギリギリまで引きつける。わたしが合図したら右に走って!」

「何をする気だ?」

「……ごめん、説明する時間がないの。お願い、言う通りにして!」

「……わかった!」


 風の精霊術を解除して、ダーティベアとの距離を測る。ここまでくればシルトもノーマの意図を理解し始めていた。


(まさか……ダーティベアを崖から落とす気か?でも、そんなの通じるとは思えない。ノーマも知っているはずだ……なら、どうして……)


 ノーマの意図は理解したが成功するとは思えず、シルトは困惑した。しかし、ノーマの行動がさらにシルトを混乱させる。


「……いくよ、シルト!」

(このタイミング!?まだ崖からかなり距離があるぞ。一体何を考えてるんだ?)

「1、2の―――」

(……ええい、ままよ!)

「3!」


 二人は打ち合わせ通り方向を変えて走り出した。鼻先数十cmというところでの急激な方向転換はダーティベアを一瞬戸惑わせたが、ダーティベアはすぐさま追撃の態勢に入る。

 主に冬眠している生物を狩るダーティベアだが、それ以外の生物を狩るときによく使っている方法がある。前足でブレーキをかけ、慣性を利用して下半身を持ち上げ、腕の力で進行方向を変えて、後ろ足が地面についたのと同時に踏み出すことで、最小限の減速で曲がることができる。再加速までの無駄もないため、方向転換した際に減速した獲物を仕留めることができる。

 これまでと同じように、ダーティベアは前足でブレーキをかけ、下半身を持ち上げる。しかし、次の瞬間、前のめりのまま身体は地面に沈み、それに合わせて崖が崩落、そのままダーティベアは転落した。


「グォォオオオォォォォォォォ―――……」


 ダーティベアの悲鳴が徐々に遠くなっていき……そして、潰れたような音が微かに聞こえた後、何も聞こえなくなった。

 ノーマは、自分たちの力ではダーティベアを倒せないと判断し、雪で足場がわかりにくかったときのこと、そして、崖から落ちたときのことを思い出し、この作戦を思い付いた。

 ネフラに探させていた「あるもの」。それは、「断崖絶壁の崖」である。それらしい崖を見つけては、探知の範囲を拡大してより深い場所を探し出し、場所が決定した後はイマリが薄氷で崖を延長し、その上に雪を被せて周囲の景色と一体化させることで「偽りの崖」を作りだした。

 もし、ただ崖から落とそうとして崖際ギリギリで今回のような手段を取っても失敗した可能性が高い。しかし、「偽りの崖」で視覚情報を誤認させることでブレーキが甘くなったことが今回の勝因に繋がった。

 身体強化を施してなお気を失ってしまったように、いかに魔獣であろうと高所から落下による衝撃で生き延びるとは考えにくく、仮に生きていたとしても重傷は免れない。


(一歩間違ったら、オレもああなってたのか……)


 地面に激突したであろう音さえも微かにしか聞こえない高所からの転落。ノーマの言葉を信用しなければ自分もダーティベアと同じ末路を辿っていたと考えると、シルトは心底震え上がった。

 ノーマの作戦に感心しつつも事前に相談がなかったことに不満もあり、問い詰めようとしたが、ノーマはその場に倒れ込んでいた。


「ノーマ、大丈夫か!?」

「ごめん……気が、抜けたのかな……頭がすごく熱くて……力が、入らない……」

「……テントに戻ろう。おぶってやる」

「え、でも……」

「いいから」

「……うん」


 テントまでの帰路、シルトはノーマをおぶって歩いていた。ノーマは申し訳ない気持ちになり、何度も謝っていた。


「ごめんね、シルト」

「もういいって、何回謝るんだよ」

「だって……シルトだって疲れてるのに……」

「オレだって鍛えてるんだ。そんなに頼りにならないか?」

「……ごめん」

「……お前のおかげで生き延びたんだ。これぐらいさせろよ」

「……うん」


 そんな会話を続ける中で、風に乗って微かに声が聞こえてきた。


「―――……―――……」

「? 今、何か聞こえなかったか?」

「うん……待ってて、今ネフラを―――」

「休んでろ。それに、獣とかじゃない感じがする……」

「―――マ……―――ト……―――だ」

「この声は……」

「……師匠?」


 聞こえてきた声はエメスが風の精霊術で流したものだった。ただ、範囲を最大限広くしていたのか、とても聞き取りにくかった。


「ここから返事をしても届くか?」

「大丈夫だと思う。ここまで声が来てるなら、こっちの声も風の精霊術に乗るはずだから……」


 シルトはその声に応えるように、エメスの名前を呼んだ。すると、次第に声がはっきりと聞こえるようになり、フィルトに乗ったエメスの姿が視認できるようになった。

 そして、シルトたちを見つけるや否やものすごい勢い走ってきた。


「シルト、ノーマ!無事か?!」

「……はい……」

(轢き殺されるかと思った……)

「!? ノーマ、どうしたんだ?無事なのか?!」


 シルトはノーマに代わり、ダーティベアと戦闘になったこと、ノーマの機転で切り抜けたこと……そして、その過程を経てこうなったことを簡単に説明した。


「魔力欠乏症ではないとなると……ノーマ、複数の精霊術を長時間使ったりしたか?」

「……はい、三つ同時に……」

「なるほど、それならそうなって当たり前だ」

「それって、そんなに大変なんですか?」

「ただ攻撃に使うだけなら問題ない。だが、複数の異なる魔力操作を長時間制御となると話が違ってくる。そうだな……例えるなら、右手で文章を書きながら、左手で料理をするようなものか」

「それは……滅茶苦茶ですね」

「今の例は二つの精霊術を行使した場合の話だ。行使する数が増えれば増えるほどその負担は脳にくる。時間が経てば落ち着いてくるだろうが相当辛いはずだ」

(……こいつ、すごく頑張ってくれたんだな)

「とにかく、行商人たちは保護したから山を下りるぞ……シルト、ノーマを支えてくれ」

「はい」


 テントを回収し、フィルトの背にノーマとシルト乗せて下山した。上空の大気が不安定だったため飛んでいくことはできなかったが、吹雪が止んでいたのが幸いし、風の精霊術で行路まで戻ることができた。


「ここまでくれば、後は道なりだな。……まったく、手間を掛けさせる」


 言葉とは裏腹に、エメスは安堵の表情を浮かべながらノーマの頭を優しく撫でていた。そんな様子を見ていたシルトは、ノーマの心配が杞憂であると確信した。


(なんだ……やっぱり、こいつが誤解してただけか……)

「……師匠」

「? どうした?」

(……言うのか。ちょっと居心地悪いけど、今しか言うタイミングがないか……)

「―――……」


「あなたの元にいさせてほしい」。それがノーマの願いだった。しかし、ある考えが頭をよぎり、その言葉を飲み込んだ。そして、代わりに出てきた言葉は誰にも想像できないものだった。


「……この任務が終わって、森に帰ったら……わたしと戦ってください」


 お疲れさまでした。


 ギリギリクリスマスに間に合いました。今年も残りわずかですが、よろしくお願いします。

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