第15話 美味しいご飯は
グントの登山道から少し離れた場所で、山に入る前に野営することが決まった。雪山での登山は苛酷になるため、英気を養う必要があった。
各々が行動する中、ノーマは一人で森に行こうとしていた。
「ノーマさん。どこに行くの?」
「明るいうちに食料を探しに行こうかと」
「食料って……馬車に積んであるわよ?」
「……いえ、わたしと師匠は途中で合流した身ですし、どれぐらい余分に残るかわからない以上、少しでも節約した方がいいと思うので……」
「そんなの気にしなくても……」
「今日の分ぐらい自分で何とかします。それじゃあ、行ってきます」
「……一緒に食事でもと……思ったんだけどな」
食料を調達したいのも嘘ではないが、自責の念に駆られている状態で他の人から何かを言われることが怖くなったのが本音だった。
風の精霊術で食べられる物を探すのは以前もやっていたことだが、エメスの元で知識を身につけた今、前よりも採れる物が遥かに増えていた。途中で川を発見し、魚を捕ることにした。川はグントから流れてくる雪解け水で水温が低かったが、運良く魚を発見できたので周辺の石を動かして簡易的な溜め池を作り、土や木から採取した虫を餌にして水の精霊術で水流を操って魚を溜め池に誘導することで、あまり苦労せずに魚を捕ることに成功していた。
そこからは魚や採ってきた山芋の下処理を黙々と行っていたが、こういうときこそ余計なことを考えてしまうもので、ノーマは再び自責の念に駆られていた。
(結局、治療できたのは一人だけ……ダメだなぁ、わたし……)
「はぁ……。……みんな?」
見兼ねた精霊たちがノーマに声を掛ける。ノーマの努力を誰よりも近くで見ていたからこそ、精霊たちはノーマに自信を持ってほしかった。しかし……
「ありがとう……でもね、結局魔獣は倒せなかったし、治癒術師としての役割も果たせなかった。見捨てられても仕方ないことをした自覚はあるんだ」
「……それ以外ならちゃんと出来てた?それじゃダメなんだよ。師匠はきっと納得しない」
「それに……言ってたでしょ?「最悪、諦めるしかない」って、あのときにすでに見限られてたんだよ。それに今回の失敗……自分でも呆れちゃった」
「……まだ、わからないって?……もう、いいんだ。帰ったら師匠にちゃんと話そうと思う。村に帰って……将来のこととか、ゆっくり考えようと思うの」
「……せっかく頑張ってくれたのに、ごめんね」
すでに心が折れてしまっているノーマには精霊たちの励ましも届かなかった。
ノーマが野営地に戻ると再び騎士団と精霊術師団の間で険悪な空気が流れていた。治癒術師の一人から話を聞くと、食事当番の作った夕飯が酷いものだったらしく、お互いに罵り合った結果こうなったらしい。
実のところ、どちらも野菜を鍋で煮込んで味付けをするだけなので実際のところは大差なく、単なる難癖といったところだった。
「正直、もううんざりなのよね……いがみ合いも、食事の内容も」
「そうだったんですね……」
「……ところでそれ、魚とキノコ、後は――って、なにその太い木の根っこ?」
「山芋ですよ。まさかこんなところにあるなんて思いませんでした」
「それだけ長いと掘るのも大変そうだけど……」
「水の精霊術で土を柔らかくしながら何とか……これでも小ぶりなんですけどね。あの、ちゃんと後片付けはするので調理道具を貸していただけませんか?」
「ええ、もちろん。使い終わったから好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます」
濡らした布でキノコに付いていた汚れを拭き取り、水を張った鍋に入れて火にかける。その間に下処理を終わらせていた魚に塩を振ってしばらく待ち、出てきた水分を拭いた後、熱湯をまわしかける。キノコから出汁が出て煮立っているタイミングで魚を入れて灰汁を取り、持って来ていた乾燥ハーブと塩で味付けをして仕上げた。
山芋は皮を剥いてすりおろし、油を引いたフライパンに平たい形を形成しながら焼いていく。表面に焦げ目がつくように両面を焼き、皿に盛り付けて完成となった。
「……うん、美味しそうにできた。いただきます―――っ!」
キノコと魚のアラの旨みが溶けだしたスープ、魚の下処理とハーブのおかげか臭みがなく、脂の乗った身の美味しさが舌に広がる。焼いた山芋の表面はシャクシャクと軽く、中はトロっとしていた。
(……美味しい。やっぱり、採れたてだと味も格別だ)
(山芋は……ちょっと味が薄いかも?スープに浸してみようかな……うん、うん!スープがじんわり染みて美味しい)
(スープもハーブと塩だけだけど、ちゃんと出汁が効いてる。何より肌寒いときに暖かいものは落ち着くな……)
黙々と食事を続けるノーマ。お腹が満たされ、少し落ちついてきたところである違和感に気付く。
(……何だろう?なんか見られているような……)
「……ひぃっ!?」
後ろを振り向くと、いつの間にか騎士も精霊術師も一緒になってノーマの元へ集まっていた。
騎士も精霊術師も貴族が多く、ある程度の研修を行ったとはいえ、それまで包丁一つ持ったことない者たちが作った料理はあまり美味しくない。野菜を適当な大きさに切り、塩などで大雑把に味付けされた鍋と、日が経って固くなったパンの上に日持ちするようにと塩辛く味付けされて燻製された干し肉とチーズをそのまま乗せて食べるなど、疲弊していることに加えて大人数であることでそれほど凝った調理などしていられないという実情があるとはいえ、かなり大雑把なものだった。
それだけに、家庭料理ではあるものの丁寧に作られたノーマの料理は非常に魅力的に見えた。それが露骨に態度に出てしまい、飢えた獣のような眼で複数人に詰められればノーマが怯えるのも無理はなかった。
「あ、あの……みなさん、どうされました?」
「……ノーマさん。あなたはいつもそんなものを?」
「はい……師匠のところで食事当番もしていたので」
「(ゴクリ……)」
「な、なぁ、オレたちにも何か作ってくれよ」
「はぁ?騎士団が何抜け駆けしてんだ!」
「そもそもこの子は治癒術師部隊の子なんだから、精霊術師団が優先に決まってるだろ!」
「その精霊術師団のせいで無駄な戦闘をすることになったんだが?」
「……」
「……」
ノーマの料理を求め、険悪を超えて殺伐とした雰囲気になってしまった。それを止めるべく、ノーマはある提案をすることにした。
「あ、あの!材料があれば何か作りますよ?」
「本当か!?」
「材料次第ですけど……見せてもらえませんか?」
「……ちょっと待ってろ。副団長に許可をもらってくる」
「あっ、わたしも行きます。この料理を師匠たちに渡したいので」
「……チッ」
争いの火種になりかけた料理をこのまま放置はできず、舌打ちを聞かなかったことにしてエメスたちの元へ向かった。エメスは不在だったがジャイブから許可をもらい、食料を積んだ馬車に案内してもらった。
(結構いろいろある……)
「ここにあるものって、どれぐらい使っていいんですか?」
「選んだ物を見せてくれれば量はこちらで調整する」
「みなさんすでに召し上がっているなら軽い物の方がいいですよね?」
「いや、全然?」
「えっ?」
「不味いから食が進まなかっただけだ。普段はもっと食べる」
「そうなんですね。……それじゃあ、材料を運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
「ああ、いいとも」
放置する時間が長い物を優先的に行い、その時間で食材を切っていく。しかし、50人を超える量の下ごしらえはとてつもない量であり、料理をし慣れているノーマでも一苦労だった。
そんな様子を見かねて、一人、また一人と調理に加わり、いがみ合いそうなときは調理が遅れると食べる時間も遅くなる旨を伝えて鎮静化させ、それぞれで作業を進めていく。
こうして、千切りにしたジャガイモと人参に細かくしたチーズを混ぜて焼いたガレット。燻製干し肉の出汁に炒めて旨味を引き出した野菜を合わせて、ハーブ、塩、唐辛子などで味付けしたスープが出来上がった。
「う、美味い!」
「このバリっとした食感がいい。芋なんて食べ飽きているはずなのに、これは止まらない!」
「それにこのスープ、玉ねぎの甘さと唐辛子がピリッとした辛さで……身体が温まるわ」
「使った材料でここまで違うのか……」
「おかわりもありますよ」
(喜んでくれてよかった。将来は食堂で働くのもいいかも。ちゃんと勉強して、いずれは自分のお店を……なんてね)
「ノーマさん、料理はエメス様から教わったの?」
「師匠もですけど、どちらかと言えばお母さんから習いました」
「お母様も料理上手だったのね」
「お母さんが言ってたんです。「ご飯は身体を元気にしてくれる。でも、美味しいご飯は心も元気にしてくれる」って、だから大変でもちゃんと作るって決めてるんですよ」
「……えらいわね」
(……でも、美味しいご飯でも元気になれないことがあるなんて知らなかったな……)
美味しい料理を食べたことで全体の空気が幾分和やかな雰囲気になったところに、食料の調達と周辺の調査からエメスが戻ってきた。
「これは一体……」
「エ、エメス様……!」
「! 師匠……」
「その料理は……ノーマ、お前が作ったのか」
「はい……」
「……そうか」
「……」
「……」
「あの、わたし……失礼します!」
「あ、おい……!」
弟子を辞めることは決めていた。しかし、エメスの顔を見るとどうしても胸が苦しくなり、ノーマは逃げるようにその場を去った。
(……あいつ)
「……シルト」
「?」
「今日の夜の見張り、一緒にやらないか?」
「別にいいけど……」
「うっし、それじゃあ決まりだな」
「?」
各々が寝静まる中、アーノルドとシルトが交代で周囲を見回り、異常がないことを確認して二人で火の番をしていた。次の見回りまでの間、二人は暇つぶしに雑談をしていた。
「……ノーマちゃん、良い子だな」
「なんだよ、急に……」
「料理上手で優しくて、オレたち騎士団に対しても親切だ。オレの見立てでは5年……いや、4年後にはもっと良い女になるぞ」
「……興味ない」
「なら、なんで興味のない相手を時折見ていたんだ?」
「!?」
「……まぁ、見惚れていたというよりも苛立っているように見えたがな。……どうした?」
「……ムカつくんだよ」
「意外だな。一緒に戦ったりしたんだろ?嫌なことでもあったのか?」
「そうじゃない。オレだってあいつの噂は知っている。……悔しいけど、噂になるだけはある」
「だったら、何がそんなに気に入らないんだ?」
「だからだよ。あれだけ恵まれているくせに辛気臭い顔して、謙遜してるのか知らないけど鼻につくんだよ」
「なるほど、特にお前はそう感じるか。 ……しかし」
「?」
「興味ないとか言ってたのに、よく見てるじゃないか」
「……話さなきゃよかった」
「悪い悪い。まぁ、あの子にも何らかの事情があるんだろうさ」
「適当だな」
「なら、一つだけ助言してやるよ」
「?」
「女の子には優しくしてやりな」
「……はぁ?」
「エメス様との間に何があったかは知らないが、悩んでるみたいだからな。女性ってのは悩みや話を聞いてあげるだけでも意外と気晴らしになるらしいぞ。歳も近いんだし、機会があったら話してみるといいんじゃないか?」
「何でオレが……」
「一緒に戦ったんなら接点もあるだろ?……何より、いつまでもイライラしてるよりずっとマシじゃないか?」
「……」
「ま、機会があればだけどな。それと……これ、持っておけ」
「これは……こんなのいらない」
「いいから持っとけ」
アーノルドの勢いに負け、シルトは渡された小袋を懐に入れた。
翌日、馬車を入り口付近に待機させ、エメスを含む隊員は各々で荷物を準備して本格的に捜索を開始した。
お疲れさまでした。
余談ですが、作中ノーマが作った料理は想像で実際に作ってみました。料理の腕が想像に追い付いていないことと、代用した材料が多いことを除けばそれなりに美味しく食べることができました。なお、作中のように絶賛されるほどかと言われると……ノーマの料理はもっと美味しいのかもしれませんがあくまでフィクションということで……(笑)