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第14話 折れた心


 本来なら戦闘の際、治癒術師部隊は支援のために後方で待機する。しかし、今回のように魔獣の標的なっていてはそれができなかった。


「この、この……!」

「何で当たらないの!?」

「落ち着いて、しっかり狙いなさい」


 治癒術師は元々戦闘向きではない。そのため戦闘経験が浅く、命中率・威力共に不足していた。ノーマもボムボアの特徴は知っていたが、戦ったことはないため苦戦していた。


(真っ直ぐ向かってくるから何とか避けれてるけど……どうにかしなきゃ)

(炎の竜巻で倒せない以上、ルビィの炎は通らない。水と風も厳しい……それに、流れ弾で他の人に当たるのは避けたい)

(何とか動きを止めなきゃ……でも、どうやって…………)


 ふと地面を見ると、が水の精霊術を放った後にできた水溜まりが目に入った。


(これ、使えるかも……ネペンテスのときのことを応用すれば……)


 何かを思いついたノーマはボムボアの突進を避けながら精霊たちにイメージを伝えて魔力を高めていく。


(でも、本当に上手くいくのか……)

「あ……っ!」

「あ、危ないっ!」

「プギィィィィイッ!!」

「い、いやぁぁあーーーっ!!」

(考えてるヒマはない!!)

「アクリア、ルビィ!」


 転んだ治癒術師を助けるべく、ノーマは精霊術を解き放つ。アクリアが周囲の水を集めて、ボムボアの進行方向に水溜りを形成し、ルビィがその水溜まりを沸騰させた。如何に気流で守られているとはいえ、その加速を支える足はどうしても地面についている。ボムボアからすれば煮え湯に素足を突っ込んだようなものなのだから堪ったものではない。熱さのあまり足が止まった隙をノーマは見逃さなかった。


「プギッ!?プギッ、プギィッ!??」

「ネフラ、いくよ! ……いっけぇーーーっ!」

「プギィィィイイイイーーーッ!?!?」


 身体強化で接近し、至近距離から風の精霊術で作った空気弾を撃ち出してボムボアを吹き飛ばす。しかし、吹き飛ばされた割には軽傷だったようで、すでに立ち上がり始めていた。


「プギィ、プギ……」

「くっ……」

(やっぱり、わたしの精霊術じゃ……どうしよう……)


 倒せない原因は威力の低さの他にボムボアの毛皮が関係している。毛皮は風が接触すると流れに沿ってその形状を変える。低い威力を補うために至近距離で放った空気弾だったが、毛皮で受け流され分散し、さらに威力が落ちていた。

 反撃に出ようとするボムボア。しかし、火傷した足では再加速が難しかったことに加え、吹き飛んだ先には偶然にも騎士が居合わせており、これ幸いと打ち取っていた。ノーマはボムボアを倒せない現状を打開するべく、その騎士に助力を求めることにした。


「ありがとうございます」

「お前は……」

「ノーマ・ムビオスです。……あの、お願いします。一緒に戦ってくれませんか?」

「……別にオレじゃなくてもいいだろ」


 騎士は素っ気ない態度をとったが、誰もがボムボアとの戦いに集中している以上、他に頼める人物を探す時間はない。ノーマは必死に食い下がった。


「お願いします。今、治癒術師部隊の人たちが大変なんです。あなたの力を貸してください!」

「……わ、わかったよ」

「ありがとうございます。わたしが動きを止めるので、後はお願いします……えっと……」

「……シルト。シルト・テムズだ」

「シルトさん、よろしくお願いします」

「お、おう……」


 何とか説得に成功し、初めこそ息が合わず苦戦していたが、次第に連携が取れるようになり、いつの間にか治癒術師部隊に向かってくるボムボアを二人で迎え撃てるほどになっていた。


(……悔しいが、戦いやすい)

「シルトさん、来ます!」

「わかった―――なっ!?」


 三頭のボムボアがそれぞれ別の方向から、しかも仲間から学習したのか水溜まりを避けるように飛び跳ねながら襲い掛かってきた。通常の猪でも助走なしで1m以上の跳躍できるが、ボムボアの跳躍力はその比ではない。あえて形容するなら弾む砲弾の様だった。


「おい、マズいぞ!どうする?!」

(水溜まりを作って沸騰させても、踏んでくれなきゃ意味がない。だったら……!)

「……シルトさん、失礼します!ネフラ、アクリア、ルビィ!」

「お、おい、一体何をぉぉぉおーーーっ!!??」


 風の精霊術で身体強化したノーマがシルトに後ろから抱きつき、熱湯を放出しながらそのまま真上に跳んだ。突如現れた熱湯の水柱、避けたくても空中では方向転換できず、ボムボアは仲間同士で衝突、落ちていく先には熱湯が待っていた。熱さで苦しんでいる隙を逃さず、シルトはボムボアを仕留めていく。

 しかし、あまりに目立ちすぎたのか、ボムボアはノーマたちを危険だと判断し、仲間を呼んでノーマたちを取り囲んだ。


「くそっ、囲まれた。……いけるか?」

「流石にこの数は……」


 ノーマたちが狼狽えている間に、ボムボアたちは狙いを定める。ボムボアたちが襲い掛かろうとしたそのとき、一頭のボムボアの悲鳴が響いた。その声を聞くや否やボムボアたちは動揺し、遂には散り散りに逃げ出してしまった。

 悲鳴の主は群れの長だった。誰かが群れの長を倒したことで統率が乱れ、ノーマたちは既の所で窮地を脱したのだった。


「お、終わったのか……」

「シルトさん、ありがとうございました」

「い、いや、別に……」

「ノーマ!」

「師匠……」

「……ノーマ、あれは一体何だったんだ?」


 エメスからも熱湯の水柱は見えており、ノーマはボムボアとの戦いを説明する。このとき、ノーマはボムボア相手に健闘したことで少し浮かれていた。認めてくれると、見直してくれると、どこかで思っていた。しかし、エメスの口調は厳しかった。


「……ノーマ、お前の役割はなんだ?」

「治癒術師部隊の補助……です……」

「そうだな。お前の役割は負傷者を治すことだ。なぜ、お前は真正面から戦っている」

「それは……あのままだとみんなが危なかったんです。だから、わたしは……」

「ボムボアを負傷させたのは見事だ。しかし、追撃せず相手に警戒心を与えるだけに留めれば、ボムボアを撃退できたはずだ。なぜ倒そうとした?」

「それは……」

「無駄に煽った結果、取り囲まれて、危うくやられるところだったな?」

「……」


 エメスの言葉に、ノーマは何も言い返せなかった。仲間の行動から学習できるだけの知能を持ったボムボアならば、警戒心を植え付けるだけで近寄らなくなった可能性は高い。そうしなかったのは、やはり心のどこかで魔獣を倒して認められたいという欲が出たからに他ならなかった。


「それに……魔力はどれぐらい残っている?」

「魔力……あっ……!」

「答えろ」

「……あまり、残っていません」

「……あれだけ魔力の残量に気を付けろと言ったのに、自分の独断で勝手に動いて大立ち回り。その挙句、本来の役割も果たせない。今回は不測の事態であったのも事実だが、部隊というのは与えられた役割を全うできてこそだ。身勝手なことをした自覚を持て!」

「……すみません……でした」

「…………」


 エメスはそのまま踵を返す。落ち込むノーマに治癒術師部隊の面々が駆け寄り、その健闘を労った。


「ノーマさん!」

「……ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「いえいえ、エメス様はああ言っていたけど、わたしたちは感謝しています」

「そうそう、あんたのおかげでうちらの被害は少なかったし、魔力も温存できた。ここは任せてちょっと休んでおきなよ」

「助けてくれてありがとう」


 治癒術師たちは口々にノーマに感謝を伝え、怪我人の元へ向かっていった。しかし、当の本人はそれどころではなかった。


(呆れられちゃった……)

(考えればわかることだったのに、そんなことにさえ気づけなかった……)

(……やっぱり、わたしじゃダメなんだ。きっと、あのときすでに愛想を尽かしていたんだ)

(馬鹿だな……なんで、まだ何とかなるなんて思っちゃったんだろう)

(……やっぱり、わたしには師匠の弟子なんて相応しくなかったんだ……)


 元々限界だった精神に、エメスの叱責が重く伸し掛かる。十歳の子どもが受け止めるにはあまりに重く、その重さはノーマの心を折ってしまった。

 様子を見ていたシルトはノーマの異変に気付き、声を掛けようとしたがアーノルドに呼び止められ、それは叶わなかった。


 一方で、治癒術師たちが怪我人の治療を行っていた。しかし、思いの他怪我人が多い上に、騎士が治療を急かすように怒鳴り散らすため、集中が乱れて作業は難航していた。


「おい、さっさと治せよ」

「う、動かないでください。危ないですよ」

「お前らがモタモタしてるからだろ!」

「ちょっと、いい加減にして!そんなに文句があるなら包帯でも巻いてなさいよ!」

「はぁっ?怪我を治すのがお前らの役目だろ?役目も果たせないくせに偉そうにすんな!」

「あんたこそ、自分が未熟だから怪我したくせに偉そうにしないでよね!」

「なんだとっ?!」

「なによっ!」

「喧嘩しないでください……」


 他の場所も似たようなもので、所々で騎士と治癒術師の言い争いが響いていた。このとき、ジャイブとエメスは今後の作戦会議を行っていたため、諭す者がいなかった。

 ノーマも現場に駆け付けたが、その光景に違和感を覚えていた。


(治療中にあんなに動いたら……もしかして知らないのかな?)

「……一人くらいなら治療できます。それが終わったら休ませてください」

「……! わかったわ。それなら……申し訳ないけどあの人をお願い。手が空き次第、光の治癒術師を向かわせるから」

「わかりました」


 治癒術師が指したのはチェインだった。怪我の具合からして治療が必要だったが、自暴自棄になって怒鳴り散らして暴れる上に、今回の騒動の引き金になったこともあって誰も治療をしたがらなかったので止む無く放置されていた。


「チェインさん……でしたよね?治療しますね」

「……いらない」

「我慢しても治りませんよ?」

「……うるさいわね!放っておいてよ!!……っ!!」

「……」


 ノーマの手を振り払うチェイン。隊全体を危険に晒した事実はどう取り繕おうが処分は免れず、自尊心の高い彼女にとっては耐え難い屈辱だった。

 憐れまれていると思い込み攻撃的になるチェイン。普通なら心が折れてしまいそうだが、幸か不幸かすでに心が折れているノーマにはあまり影響はなく、チェインを諫めるように話をした。


「どうせあんただって、心の底ではわたしを笑ってるんでしょう?こんな無様な姿を晒して、笑いたければ……笑いなさいよ!!」

「……わたしには、あなたを笑うことはできません」

「……なによそれ?笑う価値もないってこと!?」

「あなたの気持ちは……よくわかります」

「さっき会ったばかりのあんた何かにわかるわけないでしょ?適当なこと言わないで!」

「みんなを見返したい、認めてほしい……わたしにはそう見えました。……違いますか?」

「! ……な、なんで…………」

「わたしも同じでしたから」

「同じ……?」

「……どれだけ頑張っても悪い方向にばかり……どうして上手くいかないんでしょうね?」

「……」

「……あなたはタイミングを間違えただけです。グントではきっとあなたの力が必要になります。だから、今は治療を受けてください」

「……今さら、もう遅いわよ……」

「いいえ、きっと挽回できますよ。……わたしと違って」

「……」


全てを諦めたように苦笑するノーマに、チェインはそれ以上何も言えなかった。


「……そうだ、チェインさん。少し協力してもらえませんか?」

「……は?」


 治癒術師と騎士の言い争いが飛び交う中、ノーマとチェインの会話が響き渡った。

 内容は精霊術での治療についてである。実のところ、水の精霊術だけでも怪我の治療自体は可能。水の精霊術で血液に干渉し、血流を加速させることで自然治癒能力を活性化させて傷を治す。限度こそあるものの、精霊の位によっては重症でも完治させることができる。しかし、この方法で急激に傷を治した場合、急速な細胞増殖により発癌するリスクが非常に高くなる。それを防ぐために、光の精霊術の浄化の力で細胞の変異を抑制しながら行うのが基本である。また、水の精霊術での治療は血流に魔力を干渉させる関係上、繊細なコントロールが要求される。その間に激しく動いたりすると最悪の場合、血管が破裂して死に至ることがある。

 以上の内容を言い争うふりをして、わざと周りに聞かせた。チェインの風の精霊術で声を増幅させたことも相まって、三文芝居だったが騎士が治癒術師たちに確認を取り、事実だと知ると言い争う声は徐々になくなっていった。


(よかった、わかってくれたみたい……今のわたしにできるのはこれぐらいかな……)

「あなた……」

「あ、あの、光の治癒術師です。治療を手伝います」

「よろしくおねがいします」


 チェインの治療を済ませ、ノーマは魔力の回復に努めた。回復が出来次第復帰するつもりだったが先ほどの会話が功を奏したのか、治療は円滑に進み、魔力が半分ほど回復する頃には怪我人はほとんどいなくなっていた。

 治療に参加できなかったことをノーマは悔やんでいたが、治癒術師の一人がノーマに感謝を伝えに来た。


「ノーマさん。ありがとう」

「……回復が間に合わなくて、申し訳ございません……」

「いえいえ、あなたのおかげで騎士たちもすっかり大人しくなって、ずっと早く終わったわ。さすが、エメス様のお弟子さんね」

「……ありがとうございます」


 「エメス様の弟子」、その人の元を去ろうとしているノーマにとって、その言葉は心に深く突き刺さった。


 お疲れさまでした。


 10話以上書いているのに文字数が安定しません……。もしも、読んでいて疲れるような文章になっていたら申し訳ないです。

 

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