第13話 小隊
道中、エメスはノーマに今回の任務を説明した。
行商人が行方不明になったのは、モッコク王国とトモイテ王国の国境を挟んだグント山脈という場所である。この場所は季節が逆転するかなり特殊な地形で、例えばモッコク王国が春の季節ならグント山脈は秋の季節になる。どうしてそうなるかはわかっておらず、学者が研究を進めている。
今は季節的に夏にあたるので、グントは冬で雪山になっている。一応行路があるとはいえ、冬のグントは遭難のリスクがある。それにも関わらず行商人がグントを登ったのには理由がある。魔獣や野生動物に襲われにくいことと、距離の問題があったからである。仮にグントを通らずに迂回した場合、二ヶ月以上の開きができる。主な積み荷は食料であるため、鮮度や費用を考えると危険でも山を越えないと商売にならない。
「だから、防寒具を持つように言ったんですね」
「わたしたちは精霊術で防寒もできるが魔力も有限だからな。魔力の残量には常に気を配っておけよ」
「わかりました」
「……それと、今回お前は治癒術師部隊の補助をしてもらう」
「え……」
「前衛は騎士団と精霊術師部隊とわたしが対応する。お前は後衛で治癒術師部隊と共に怪我人の治療に専念してほしい」
「前衛では足手まとい……ですか?」
「……治癒術師は主に光、もしくは水の精霊術の使い手で編成されている。今回の任務では遭難者の怪我の治療だけでなく、身体を暖めたて凍傷を防ぐ必要もある。精霊術師部隊にも火の使い手はいるが、魔獣との交戦などでどれだけ魔力が残るかわからない。お前が後衛にいてくれれば安心なんだが……不満か?」
「いえ……」
「……頼りにしているからな」
エメスの言葉は本心からだったが、このときのノーマにその言葉を素直に受け入れるほどの心の余裕はなかった。
しばらくして、街道付近でモッコク王国の旗を掲げた複数の馬と馬車で移動している小隊を発見した。エメスは小隊の正面に立ち、声を掛ける。すると、騎士の男性と法衣を纏った女性がこちらに向かってきた。
「わたしはモッコク王国宮廷精霊術師エメス・ミマ。王の命により参上した」
「エメス殿、よくぞ参られた」
「その声は……ジャイブ殿?それにチェインじゃないか」
「お久しぶりです。エメス様」
「エメス殿、この度はわたしが至らぬばかりに申し訳ございません」
「……ジャイブ殿。一先ず部隊の編成と状況を教えていただけますか?」
「かしこまりました」
エメスはジャイブが作成した書面に目を通す、一人一人の名を指でなぞりながら確認する。
「隊長はジャイブ殿、副隊長はチェイン。騎士団から30名、精霊術師師団から精霊術師部隊員が15名、治癒術師部隊員が15名……見慣れない名ばかりですが、もしや……」
「はい、隊のほとんどが新入りです。……例の事件のせいで今割ける人員がこれだけなのですよ」
「……[騎士団長の乱心]ですか」
「ええ、いまだに信じられません」
[騎士団長の乱心]、それは王宮で起こった事件である。モッコク王国騎士団長ガラン・ボーマ、彼は熱血漢で正義感が強く、忠義に熱く、そしてモッコク王国騎士団一の実力を兼ね備えた騎士であった。まさに理想の騎士そのもので、モッコク王国の騎士の誰もが憧れる存在だった。
しかし、彼はモッコク王国の宰相にその剣を振るった罪で投獄され、審議の結果、死刑を言い渡された。騎士団が猛抗議するもガランは黙して語らず、そのまま処刑された。
彼のカリスマで支えられていた騎士団の士気は下がり、中には騎士を辞めてしまった者もいる。それでも、ガランの右腕であったウォルター・ナボマが団長に、同じく左腕であったジャイブ・アドルフが副団長として騎士団を支えていた。
「現在、騎士団は人員不足です。それに、心に余裕がないせいか精霊術師師団のみなさんに当たり散らす者も出て来ています。その度に諭してはいるのですが、溝は深まるばかりでして……」
「ええ、大変迷惑しています」
「チェイン殿。この度の団員の無礼、誠に申し訳ない」
「ジャイブ殿、そちらの事情は窺っている。だが、こちらの士気まで下げられたら堪ったものではありません」
「おっしゃる通りです……」
「これ以上目に余るようなら隊長の座を降りてもらいます。よろしいですね?」
「そ、それは……」
「……いや、隊長はジャイブ殿のままでいい」
「エメス殿……」
「そんな、納得できません!」
「確かに、ジャイブ殿のやり方では溝を埋めることは難しいかもしれないが、お前が隊長になったらこの隊は壊滅する」
「なっ!?」
エメスの意見に憤慨するチェイン。だが、エメスがこう言うのも無理のない話だった。このチェイン・リカンという女性、火と風の精霊術を得意とし、精霊術師部隊の中でも指折りの実力者なのだが性格に問題があり、精霊術師であることを誇るあまりそれ以外を見下すところがある。おまけにかなり思考が単純で、「最大火力をぶつければ大体何とかなる」を地で行くような性格をしており、一戦力として考えるならまだしも隊長など任せられる人物ではない。
一方、ジャイブは腰が低く、一見頼りないが副団長というだけあって剣の実力は本物で、何より騎士団の作戦担当を一手に担ってきた実績がある。作戦の成功よりも仲間の生存を優先してしまいがちなところを除けばジャイブの方が信頼できるのだ。
「精霊術師師団の面々の顔をざっと見たが、皆お前を恐れて萎縮しているように見える。それに、今の騎士団に対してお前が適切な対応ができるとは思えない」
「そっ、そのようなことは―――!」
「そもそも、そんな単純な方法で解決できることなら今わたしはここにいない。ジャイブ殿、あなたもそう思ったから王に知らせを送ったのではありませんか?」
「……おっしゃる通りです。わたしが隊長の座を譲って事が収まるなら了承したのですが……こちらに非があるとはいえ騎士団の神経を逆撫でする発言も多く、そのときから両者間の関係が悪化したように思います……」
「ジャイブ殿、自身のことを棚に上げ、わたしに非があると言いたいのですか!!」
「いえ、決してそのようなつもりは―――」
「まぁ、要約するとそうだろうな」
「―――なっ!!?」
「事情は大体わかった。わたしがチェインに代わり副隊長を務めよう。チェイン、お前には精霊術師部隊の一人として働いてもらう」
「……いくらあなたでもそんな権限はないはずです」
「事態の収拾にあたり、わたしは王からある程度の権限が与えられている。……というか、隊長の座を降りろだ何だ言っていたお前こそそんな権限はないだろう。」
「―――……~~~っ!!」
「わかったらさっさと持ち場に戻れ」
悔しそうに踵を返すチェイン。そんな光景を見て、すっかり蚊帳の外だったノーマは他人事ではない気持ちになっていた。
(……やっぱり、出て行くときは自分から言おう。あんな風に言われたら立ち直れない……)
「ノーマ」
(頑張らなきゃ……ここで、何としても……)
「ノーマ!」
「ひゃいっ!?」
「……ボーッとするな。みんなにお前を紹介するから、こっちに来い」
「わ、わかりました……」
「エメス殿、その方はもしや……」
「ええ、わたしの弟子です。今回の任務の助っ人として連れてきました」
「それは心強い!」
「副隊長の交代と弟子の紹介をしたいので、一旦皆を集めてもらえますか?」
「えぇ、すぐに……!」
しばらくして、騎士団・精霊術師師団が集合する。木箱を即席の壇上にして、エメスは話を始めた。
「現状を鑑みて、ここからは、わたしエメス・ミマが副隊長及び精霊術師師団をまとめる。異を唱える者はいるか」
「…………」
エメスの発言に異を唱える者はいなかった。しかし、所々で副隊長を降ろされたチェインに対する嘲笑が小声ながら響いていた。同じ精霊術師師団の面々ですらどこか安心したような表情を見せており、これだけでも如何にチェインが横柄な態度をとっていたかが窺えた。
「静粛に! ……今回の任務には治癒術師部隊の一員として、わたしの弟子を参加させる。手間をかけるがよろしく頼む……ノーマ、前へ!」
「……ノ、ノーマ・ムビオスです。よろしくお願いします!」
ノーマは深々と頭を下げる。隊全体としては否定的ではないものの、所々でざわついていた。特に精霊術師師団の面々にその傾向は強く出ており、反応は様々だった。
「わたしの弟子だからといって気を遣う必要はない。新入りと同じように扱ってくれ。話は以上、解散!」
それぞれが解散していく中、騎士団の一部でこんな会話がされていた。
「あの子が噂の……結構可愛いじゃん。そう思わないか?シルト」
「……別に」
「おいおい、そんなんじゃモテないぞ?」
「関係ない。どうせ治癒術師部隊配属なら会う機会もないだろ」
「……いやいや、わからんだろ。仲良くしておくに越したことはないんだぜ?」
「……ふんっ!」
「やれやれ、お子様だなぁ……」
この二人は騎士団に所属している騎士見習いのシルト・テムズとその兄弟子のアーノルド・ポルタ。アーノルドはノーマに対し好意的だったが、シルトは思うところがあるのかどこか冷ややかだった。
しばらく進むと、グントまでのあと少しといったところで目視できるだけでも三十頭を超える魔獣の群れを発見した。幸い、魔獣はまだこちらには気づいておらず、エメスたちは身を隠しながら様子を窺っていた。
「あれは……ボムボアですね。討伐しておきたいですが数が多いし、戦力的に厳しいと思います。ここは見つかる前に迂回した方が得策かと……」
「確かに。目的が行商人の救助である以上、無駄な消耗は避けるべきですな」
戦闘を避ける方向でエメスとジャイブが話をまとめようとしたとき、一人の人影が飛び出した。
「チェイン、お前何を……!」
「あんな魔獣、わたし一人で片づけてみせます!」
「馬鹿、やめろ!」
(わたしの力を認めさせてやる……!!)
「はぁぁあああああーーー……っ!!」
副隊長の座を降ろされたことが余程腹に据えかねていたのか、チェインは自身の力を見せつけるために一人で飛び出していった。
火の精霊術を風の精霊術で増幅させ、巨大な炎の竜巻を作り出し、ボムボアの群れに解き放った。大抵の魔獣ならばこの一撃で黒焦げになるのだが……今回は相手が悪かった。 ボムボアは次々と竜巻を突き破り、チェインたちに向かって突撃してきたのだ。
「そ、そんな……」
「プギィィィイイイーーーッ!!」
「ガッ……!?」
「チェイン! ……くそっ!」
「……総員戦闘態勢!陣形を整えろ!!」
皮肉にも炎の竜巻で視界を塞がれていたチェインはボムボアの突進に反応できずに突進を諸に食らい、気絶してしまった。捕食しようと群がるボムボアをエメスが退けたまでは良かったが、ボムボアは完全にエメスたちを敵と認識して襲い掛かってきた。
ボムボアは猪が変異した魔獣である。ボム……爆弾の名が付いているが別にボムボア自身が爆発するわけではない。その名の由来が意味するのは異常ともいえる瞬発力にある。止まっている状態から一歩踏み出した瞬間、爆発的な加速力で走ることができるのだ。速度は走る度増していき、その速度で突進されればひとたまりもない。しかも独特な形状の毛皮が空力を生み出し、発生した気流が攻撃を阻む障壁になる。その速度故に小回りが犠牲になっているが、それでも脅威である。
ジャイブの号令でどうにか陣形を整えたが、やはり急ごしらえの陣形では苦戦を強いられていた。ジャイブやアーノルドを始めとした熟練の騎士の面々はどうにか対処しているが、それ以外はボムボアの勢いに圧倒されていた。
精霊術師部隊も援護こそしているものの、よりにもよって風の影響を受けやすい火の精霊術の使い手、しかも大半が新人で編成されているため分が悪かった。おまけにボムボアは火の精霊術に怯まず突っ込んでくる上に、精霊術が騎士に当たりそうになる度に両者が言い争い、連携が機能していなかった。
「おい、どこを狙っている!邪魔をするなら引っ込んでろ!」
「はぁ?お前が射線上に来たのが悪いんだろ?!」
「いい加減にしろ!そんなことを言っている場合じゃないだろう!」
「……チッ」
「……申し訳ありません」
「精霊術師と組んで役割分担を!一人で戦おうとするな!」
「ボムボアは方向転換の際に一瞬足を止める。精霊術師はその隙に精霊術で攻撃しろ。ボムボアの毛皮が焼ければ気流が乱れて精霊術も通りやすくなる。騎士は怯んだところを仕留めるように連携!強みを生かせ!」
「「……承知しました」」
(ノーマの方は大丈夫なのか……)
それでもエメスとジャイブがフォローすることで、何とか持ちこたえていた。
エメスはノーマが心配だったが、負傷者を逃がしたり、他の者への指示やフォローで手が回らない。今のエメスにはノーマを信じることしかできなかった。
お疲れさまでした。
祝・ブックマーク二桁!
皆様の暇つぶしになればいい程度に思っていましたが、気に入ってもらえるとやはり嬉しいですね。しかも、評価までしていただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。