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第12話 焦り


 この日、ノーマは森の奥深くで魔獣と対峙していた。これも修行の一環であり、エメスはその様子を近くで見守っていた。

 魔獣の名はニードルモス。蛾が変異・巨大化した魔獣である。身体全体に鱗粉を覆い、細く鋭い針のような毒の体毛が無数に生えている。身体を覆う鱗粉は撥水性が高く、雨の中でも飛行が可能。獲物を狩るときは、大きな翅を羽ばたかせて起こした風に鱗粉と体毛を織り交ぜて攻撃する。意外にも鱗粉に毒はないが、大量の鱗粉で視界を塞がれる状態で体毛を回避することは困難。それに加え、体毛の毒は痛みと痒みで正気を失い、のた打ち回るほどの苦痛を伴う。そんな状態の獲物を組み伏せ、体液を吸い尽くす。

 厄介な相手ではあるが、ノーマは風の精霊術により全身に風を纏い、鱗粉と体毛を受け流し、無効化することに成功していた。鱗粉はニードルモス側からも目隠しになっているため、その間に火の精霊術の力を高めていた。


(―――よし、これなら……!)

「せーーー……のっ!」

「ギャッ!?」


 獲物の悲鳴が聞こえないことを訝しんだニードルモスが獲物の様子を確かめるために高度を下げた瞬間、ノーマは風の精霊術で鱗粉を吹き飛ばしながら一気に跳躍した。突然目の前に現れたノーマに怯んでいる隙に狙いを定め、火の精霊術を一気に解き放った。


「ルビィ、いっけぇーーーっ!!」

「ピギャアアアアァァァァアアアアーーーッ!!?」


 真っすぐ伸びる火線がニードルモスに直撃し、ニードルモスは炎に包まれていく。実はこの鱗粉、撥水性が高い一方で非常に燃えやすい性質がある。そのため、身体全体を覆っていた鱗粉に次々と引火し火だるま状態になった。なお、この性質から鱗粉が密集している状態で火を使うと粉塵爆発の危険があるため、予め風の精霊術で鱗粉を吹き飛ばす必要があった。

 ニードルモスの翅は焼け落ち、地面に身体を打ち付ける。身体からは所々焦げた異臭を放ち、明らかに弱っていた。


(ここまではいい、後は……)

「よし、これでトドメ―――」

「ピギュィィ……」

「!?」

「ピギュィィ、ピギュィィィ……」

「―――っ!」


 ニードルモスは、まるで命乞いをするかのようにか細く弱々しく鳴いていた。そんな様子を見て、ノーマは攻撃を躊躇ってしまった。そんなノーマをエメスは一喝する。


「ノーマ、何をやっている!早く、トドメを刺せ!!」

「―――! ル、ルビィッ!!」


 ルビィの火球がニードルモスに直撃する。しかし、仕留めるには至らず、ニードルモスは森の奥へ走り去ろうとしていた。ノーマは逃げる魔獣に対して追撃を仕掛けるが、蛇行して走り回るニードルモスを捉えられなかった。


「この、この……!」

(……またか)


 そんな様子を見かねたエメスはフィルトに指示を出して風の刃で追撃し、ニードルモスは真っ二つに両断され絶命した。

 呆気に取られているノーマに対し、エメスは怒りを露わにする。


「あ……」

「ノーマ、何度言わせる気だ?」

「……すみません」

「また躊躇ったな。これで何度目だと思っている」

「そんなつもりは……」

「だったら、なんだあの火球は!全然魔力が練られてなかったじゃないか!!魔獣を取り逃がすことが後々どれだけの被害に繋がるか散々説明しただろう!!」

「……っ!」


 ノーマは日々修業に励み、その結果ルビィもアクリアも中位精霊に進化し、魔力の精度も魔力の使い方も効率化され、魔獣の討伐も初めのうちは恐怖でほとんど何もできなかったが、魔獣の知識を頭に叩きこみ、一対一で対峙できるほどになり、この二年間で確実に力を付けていた。

 しかし、魔獣を撃退することはできても討伐することはこれまで一度たりともできていなかった。

 魔獣を討伐できなかった場合、様々な問題が発生する。敗北したことから人間を目の敵にして、人間と見るや見境なく襲い掛かってくる場合がある。ただし、それはまだマシな方で、最悪なのは徒党を組む魔獣の場合、仲間をやられた報復に大群で襲い掛かってくる。その被害は周囲をも巻き込み、大災害と呼ぶに相応しいものになる。

 基本的に魔獣の方が格上で撤退しなければならない場合以外は討伐した方が後々の被害が少ないのである。


「人を助けたいと言っておきながら、多くの人を危険に晒すようなマネをするんじゃない!」

「……すみませんでした!」

「……さっさと魔獣を解体してこい。わたしは鱗粉を集める」

「はい!」


 初めのうちは吐き気を催してまともに見ることすらできなかった魔獣の解体も、料理の感覚を応用することで手慣れたものになっていた。魔獣を解体する場合において、素材回収の他に魔核を処理することが非常に重要になる。魔核は魔獣化した際に形成される魔力の塊みたいなもので、これを他の魔獣が取り込むと強くなるだけではなく、思いもよらぬ進化を引き起こしてより手強くなることがある。

 魔核は何かしらの実験材料に使用されることもあるが、専門的な知識が必要なため、依頼されない限りは砕いて無害化させる常識である。今回のニードルモスは素材として使える部分がほとんどなく、エメスが両断したこともあって解体は比較的に簡単だった。魔核を砕き、鱗粉を回収して帰路につく。しかし、その間二人は終始無言だった。


「……今回の素材は使い勝手がいい。半分は冒険者ギルドに引き取ってもらうが、もう半分はうちで使う。小袋に入れたら瓶に移しておけ」

「わかりました……」


 ニードルモスの鱗粉は、その可燃性の高さから火種に最適である。しかし、粉のまま使うと他のものに燃え移ってしまう危険があるため、布の袋に入れたまま燃やして使う。湿った木でも簡単に火が付くため非常に重宝されている。

 ノーマが作業をしている間、エメスは自室で頭を抱えていた。


「ニードルモスでもダメだったか……」


 エメスが今回発見した魔獣は、ノーマとの相性が非常に良かった。だが、倒すには至らない。それがエメスの中では納得いかず、頭を悩ませていた。


(精霊たちも進化して、確実に威力は向上している。魔力操作も申し分ない。だとすると原因は……)


 エメスの悩みの原因、それはノーマの精霊術が不自然なほど弱かったからである。精霊が中位精霊に進化すれば、ニードルモス程度なら命乞いなど聞く間もなく簡単に倒せると踏んでいた。だが、ノーマにはそれができなかった。宮廷精霊術師は契約している精霊にもよるが、精霊術師師団の指導の他に、他国への救援や国防も行う。宮廷精霊術師の後継者として考えるならこれは致命的な欠点だった。

 ため息をつきながら、エメスは呟いた。


「最悪、諦めるしかないか……」

「―――!」


 何気ない一言だったが、タイミングが悪かった。作業を終えたノーマがエメスにお茶を持ってきていたのだ。


「……おぉ、ノーマ。お茶を持ってきてくれたのか」

「あ、あの、お、お茶、ここに置いておきますね……」

「ありがとう」

「……失礼します!」


 エメスの発言が聞こえていたノーマは動揺を隠しきれずに足早にその場を立ち去った。一方、エメスは考え事に集中しているせいでそんなノーマを気に留めることはなかった。


 ノーマは焦っていた。この二年間、エメスは他の弟子入り志願者を断り、ほぼ付きっきりで修業に注力してくれていた。だが、魔獣を一度も倒せなかったことで何度もエメスの怒りを買っていた。ノーマ自身も魔獣を相手に手を抜いたつもりはない。だが、なぜ倒せないのかは自分でもわからなかった。

 思い悩む最中、エメスの発言が胸に刺さった。ただでさえエメスは選り好みをする人物なのはわかっていたため、見限られようとしていると思うとどうしても動揺が隠せなかった。


(どうしよう……どうしよう、どうしようどうしよう―――)


 動悸が激しくなり、嫌な汗が滲む。そんなノーマを見て中位精霊に進化したことで猫の擬態を手に入れたルビィと、アザラシの擬態を手に入れたアクリア、そしてわざと軽口を叩くことで落ち着かせようとするネフラ、それぞれがノーマを気遣った。


「みんな……ありがとう。わたし頑張るからね」


 しかし、ノーマのやる気とは裏腹に精神的に不安定な日が続いた。気負ったがために失敗が続き、それをどうにかしようと躍起になると魔力のコントロールが雑になり失敗する。そして、次こそはと無理矢理自分を奮い立たせ、失敗を取り返そうと躍起になる。そんな自分を精神的に追い込む悪循環が長く続くはずもなく、ノーマは日に日に衰弱していった。


「……ノーマ、しばらく修業を休め。今のままでは何度やっても無駄だ」

「……まだ、まだやれます!わたしは―――」

「師匠命令だ。そんな状態で修業を続けるなど許可できない」

「でも……でも……!」

「……どうした、なにか悩みでもあるのか?」

「……っ!」


 「自分を破門するつもりなのか」打ち明けるだけならば簡単だった。しかし、それを肯定してほしくない気持ちがある以上、言えるはずもなかった。押し黙るノーマに、エメスは優しく問いかけた。


「……言いたくないなら無理には聞かない。だが、今のお前には休養が必要だ。最近食欲も落ちているだろう?」

「……」

「……そうだ!いっそのこと一度実家に帰ってみるか?気分転換にもなると思うし―――」

「ま、待って!待って……ください……」

「お、おぅ……本当にどうしたんだ?」

「……いえ、ごめんなさい」

「……とにかくだ。帰りたくないならそれでいい。だが、残る以上当番は守ること……後何でもいいから気晴らしをしろ。いいな?」

「わかりました……」


 実家に帰れば気晴らしにはなるかもしれない。だが、そのまま捨てられる可能性を考えると帰りたくなかった。その日以降、ノーマなりの気晴らしをしてみた。花を愛でて見たり、ひなたぼっこをしてそのまま昼寝をしてみたり、精霊たちと遊んだり……

 修業詰めの毎日と比べて少しだけ気が晴れていくのを感じる一方で、ふと我に返ると「こんなことをしていていいのか」「精霊術の勉強をした方がいいのではないか」と不安に駆られる。何よりもエメスに声を掛けられる度に破門の二文字が頭を過ぎり、震え上がってしまうようになっていた。

 そんな日が続き、ノーマは木陰に寝転がり、ヒューゴのペンダントを見つめながら考え事をしていた。


(やっぱり、わたしなんかじゃ無理だったのかな……)

(……なんだか、もう疲れちゃった。いっそのこと、破門される前に自分から―――)

(……だったら、どうしてわたしは実家に帰りたくないと思ったんだろう……見捨てられたくないとも思ったけど、こんな気持ちになることも何となくわかってたはずなのに……)

(……結局、わたしはどうしたいんだろう……)


 精神的に限界であることは感じている。何もかも諦めて実家に帰ればこんな思いもする必要はない。しかし、どうしてもその踏ん切りが付かなかった。矛盾する想いが渦巻き、心がささくれていく中、不意にエメスが声を掛けてきた。


「ノーマ」

「ほわぁっ!!?」

「どういう悲鳴だ……話がある。家に戻ってこい」

(……あぁ、いよいよか……)

「わかりました」


 ついにその日が来たのかと身構えていたが、その予想は外れていた。モッコク王国の同盟国トモイテから捜索依頼があった。モッコク王国への積み荷を運んでいた商業ギルドの行商人が道中で行方不明になったらしい。すぐに冒険者を派遣したが、魔獣の出現により捜索が難航しているという。モッコク王国からも騎士団と精霊術師師団を派遣したが、両方のそりが合わないことに加え、道中でも魔獣に襲われて苦戦しているという。事態を収拾するため、王の命令でエメスに話が回ってきたとのことだった。


「騎士団もゴタゴタがあったからな……それに魔獣も手強いと聞く。そこでだ、お前にもついて来てもらう」

「わたしも……ですか?」

「そうだ。人手は欲しいが王国の守りも手薄にするわけにはいかない。まぁ、これも修行だと思え」

「わたしで……役に立つのでしょうか?」

「立つと思ったから声を掛けた。 ……それとも、やはりまだ本調子ではないか?」

(これが、最後のチャンスになるのかな……)

「……行きます」

「よし、荷造りが出来次第出発するぞ。」


 荷造りが終わり、フィルトが空を翔ける。ノーマは、最後になるかもしれない大空の景色を目に焼き付けようとしていた。「ここで足手まといになるようなら自分から出て行こう」そう考えながら……


 お疲れさまでした。


 今回、魔獣の参考にしようと蛾の画像を検索したのですが、精神的にキツかったです。

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