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第1話 精霊術師となった少女

 ここは、魔法が存在する世界。誰もが魔力を持ち、日常生活でも使用されるほどに身近なものである。

 この世界での魔法とは、身体能力の強化に使用されることが一般的で、訓練を経て体外に放出・派生させていくことはできるものの、火や水といった属性魔法を使うことはできない。


 しかし、例外もある。


 魔力の源となる魔素が濃い場所に適応するため、体内の魔力が変異・性質が変わった結果、属性魔法と酷似した特殊能力を持ち、その姿も異形の者へと変化した[魔人]や、自然界の至る所に存在しているが、滅多にその姿を見ることができない [精霊]。

 そして、精霊と心を通わすことができる資質を持って生まれ、精霊と契約することで、その力を行使することができる人間。その魔法は[精霊術]と呼ばれ、その人間は[精霊術師]と呼ばれた。


 これは、精霊術師の資質を持った一人の少女の物語――――


 少女の名はノーマ・ムビオス。

 モッコク王国より少し離れた場所にある小さな村、ボタン村で彫金師のヒューゴ・ムビオス、その妻ルマリア・ムビオスとの間に彼女は産まれた。村での生活は裕福というほどではないが、平凡で幸せな日々を過ごしていた。


 彼女に転機が訪れたのは8歳の頃、突如原因不明の高熱で倒れたときだった。

村の医者であるマギ・オフラが治療を行ったが、薬を飲ませても熱は下がらず、様々な治療法を試みたが効果はなかった。新種の病の可能性を考え、ノーマは隔離されることになった。


 治療を開始してから、すでに5日経過しており、両親はマギから最悪の場合を覚悟するように言われていた。症状が改善されず、娘が苦しむ時間だけが過ぎていく状況に、両親は心を擦り減らしていた。


「ノーマ…」

「原因不明の病…わたしたちに異常がないなら、感染力が強いわけではないようだが…」

「う……うぅ……」

「ルマリア……」

「……もし、もしもあの子に何かあったら、わたし……わたし……」

「ノーマは今も戦っている。わたしたちが諦めてはダメだ」

「……うぅ……うぅ……」

「今日はもう休もう。わたしたちが倒れたら、誰もノーマを支えられなくなる」


 悲しむ妻をヒューゴは励まし、寝室に送る。しかし、ヒューゴ自身も焦っていた。扉越しに娘の喘鳴は日に日に酷くなっていく。もしも、この喘鳴さえも聞こえなくなってしまったら…そんな最悪の想像が頭を過ぎらない日はなかった。妻が自分の代わりに悲しんでくれなければ、とっくに心が折れていた。妻に向けた言葉を自分にも言い聞かせるように、ノーマの無事を唯々祈っていた。


 一方、ノーマは熱のせいでひどい頭痛と吐き気が襲い、身体の節々も痛み、苦しんでいた。だが、最も辛い症状は別にあった。


「はぁ……はぁ……寒い……」


 高熱と裏腹に、身体はひどく冷え切っていた。身体の震えは止まらず、身体を擦って暖を取ろうとするが暖まっている気がしなかった。


(わたし、どうなるんだろう……)

(マギ先生も何の病気かわからないって言うし……)

(このまま、死んじゃうのかな……)


 悪い想像で頭がいっぱいになり、不安で泣きそうになっていた。そのとき、赤い光を放つ球体が、自分の顔を覗き込むように視界に現れた。

 ノーマは、熱のせいで変なものが見えているのかと判断に困り、真偽を確かめるために声を掛けてみることにした。


「あなたは誰?」


 すると、赤い光は少し驚いたような仕草をした。自分のことが見えているとは思っていなかったようだ。

 赤い光は自分を精霊と名乗った。それは言葉の体をなさないものだったが、ノーマにはなぜか感じ取ることができた。


「精霊……さん?」


 ノーマは、母に読んでもらった絵本の話を思い出していた。精霊は特別な人にしか見えないが、いつでもすぐ傍にいて、自分たちを見守ってくれる存在であると……

 おとぎ話の中だけの存在だと思っていたものが、自分の目の前に現れたことにノーマは感激した。


「すごい……本当にいたんだ……」


 感激しているノーマを余所に、精霊は具合の悪そうなノーマを心配しているようだった。


「心配してくれているの? ありがとう。ちょっと寒いだけだから大丈夫だよ」


 ノーマは強がって見せた。精霊との会話で気が紛れたおかげで、精神的に楽になっていたのもあるが、ただでさえ両親にも心配をかけているのに、会ったばかりの精霊にも心配してもらうのは気が引けたのだ。

 すると、精霊はノーマに手を出すように言った。


「? こう?」


 ノーマは両手を差し出すと、精霊はゆっくりとノーマの手のひらに近づいた。精霊は柔らかい熱を放っており、精霊が手に触れると、徐々に手から身体全体へと温もりが巡り、身体が芯から温まっていった。


「…あったかい」


 ノーマは、数日ぶりに寒さから解放され、心地いい暖かさに顔を緩ませた。

 精神的に余裕ができたノーマは、そのまま精霊を目の前に引き寄せた。


「ありがとう。わたしはノーマ、あなたの名前は?」


 精霊は少し困ったような仕草をした。名前はないらしく、今までなくても不自由はしなかったらしい。


「そうなんだ。じゃあ、精霊さんって呼ぶね。 精霊さん。わたし、最近ずっと一人だったから退屈してたの。ちょっとだけ、お話に付き合ってくれる?」


 精霊はノーマの願いを了承した。そこからは、精霊との会話を楽しんだ。他愛のない話ばかりだったが、新種の病の疑いで隔離されていたため、他人とあまり接触できていなかったノーマにとって、とても楽しい時間だった

 しかし、興奮冷めやらぬ思いとは裏腹に、寒さから解放された身体には疲労が溜まっていたのか眠気が急激に襲ってきた。


「……ごめんね。もっと…あなたと、お話したいのに…… でも、付き合ってくれて、あり……が……とう……」


 ノーマは精霊にお礼を言うと、そのまま眠りについた。



―――その日、ノーマは夢を見た。


 どこかはわからないが、なぜか知っている。[自分]ではないのに[自分]だとわかる。見たことがないはずなのに、なぜか知っているような景色、建物、乗り物、場所、道具、食べ物。

 そして、[そこ]での家族や友人と過ごす、何気ない幸せな日常が、自分の中に溶け込んでいくような、そんな不思議な夢だった…



 目覚めると、朝になっていた。熱も引き、頭痛もなくなっていた。鉛のように重く、寝返りを打っただけでも身体の節々に痛みが走っていた感覚も、あれだけ辛かった寒気もなくなっていた。


「……治った……のかな?」


 病気そのものが完全に治ったのかまではわからなかったが、昨日までとは比較にならないほど体調が良い。寝ぼけ眼でしばらく呆然としていると、ふと昨晩のことを思い出した。


「そうだ、精霊さんは……?」


 周囲を見渡すが自分の身体を温めてくれた精霊はいなくなっていた。


「夢……だったのかな?」


 あの楽しい時間が夢だったことに気落ちしていると、布団の中から精霊は姿を現した。ノーマが眠った後もずっと側にいて身体を温めていたらしい。

 再会できたことを喜び、ノーマは精霊に改めて感謝した。


「ありがとう、あなたのおかげで元気になれたよ」


 感謝を述べながら、精霊に笑顔を向けた。精霊もノーマが元気になったのを喜んでいるかのようにその場を飛び回った。

 昨夜は話の途中で寝落ちしてしまったため、それを取り戻すかのように、しばらくの間ノーマは精霊と談笑していた。

 すると、母が部屋の扉を叩き、声をかけてきた。


「ノーマ……具合はどう?」

「お母さん?」

「!? ノーマ、大丈夫なの!?」

「う、うん……」

「っ!! 今すぐ、先生を呼んでくるから少し待っていてね!……あなた、あなたーーーっ!!」


 ノーマが熱で倒れてからは、声を掛けても苦しそうに掠れた声でしか返事が返って来なかった。しかし、今日はこれまでとは違い元気な娘の声を聞いたルマリアは、夫を呼び、マギの元へ急いだ。

 しばらくして、面会の許可が出たので部屋に入ると、そこには元気な娘の姿があった。


「ノーマ、よかった。本当によかった」

「よく頑張ったな。えらいぞノーマ」

「お父さん、お母さん、恥ずかしいよ…」


 両親は娘を抱きしめ、快復を心から喜んだ。ノーマは他人がいる手前照れくさかったが、久々に両親の温もりに触れることができて嬉しかった。しかし、その一方でマギは頭を抱えていた。


「信じられない。急にここまで快復するなんて……薬も特別な物は使っていないし、薬が効いたにしてはあまりに遅すぎる。一体どういうことなんだ?」


 昨日の様子と比べても症状があまりにも極端で、快復するにしても早すぎたからだ。これでは何の病気かも判別できなかった。

 頭を悩ませるマギをよそに、ノーマは嬉々として精霊のことを話した。


 「精霊さんが助けてくれたの。ほら、この子」


 ノーマは精霊が見えるように手を差し出した。自分が元気になるきっかけをくれた精霊を両親とマギに紹介したかったのだ。

 しかし、両親とマギは困惑するような表情を見せるだけだった。


「……ノーマ、精霊さんはどこ?」

「何も見えないが?」

「もしかして……いや、しかし……」

「えっ、見えないの?」

「ノーマ、あなた本当に大丈夫なの?」


 両親は困惑した。確かに、絵本で精霊の話を聞かせたことがあったが、精霊術師の資質は家系や血筋が関係する場合が多く、両親の家系には精霊術師はいなかった。故に、長期間高熱だったことよる後遺症で、娘の頭がおかしくなってしまったのではないかと心配した。

 一方、マギは思い当たる節こそあるものの、まだ断定できずにいた。


「本当にここにいるよ。どうしたら信じてくれるの?」


 自分のことを励まし、助けてくれた精霊。その存在を否定するような周りの態度に、ノーマは憤っていた。何とかいることを証明したいが、その方法がノーマにはわからなかった。

 すると、その様子を見ていた精霊がノーマにある提案を持ち掛けた。


「精霊さん?……けー、やく?」


 精霊は、契約の説明をした。精霊契約は、両者の合意、精霊術師が精霊に対しての願い、名付け、そして最終的に資質が合致すれば契約できる。ちゃんとした契約が結べれば、他の人の目にも見えるかもしれないとのことだった。


「よくわからないけど…わかった」


 すると、突如としてノーマと精霊を中心に、燃え広がった炎が魔法陣を形成した。魔法陣は燃え立っており、時折火の粉を散らしていた。


「これって…… ノーマ、大丈夫なの!!?」

「な、なにが起こってるんだ?」

「二人とも離れて!!」


 この魔法陣は、両親とマギにも見えているようで、突然出現した魔法陣に戸惑いながらも、両親はノーマを助けに行こうとした。しかし、何が起きているかわからない以上、下手に接触するのは危険と判断し、マギは両親を止めた。

 一方、ノーマと精霊の契約は進む。


「願いと名前、だっけ……名前は、どうせなら可愛い名前がいいよね」


 ノーマは、精霊の光に似た物を見たことがあった。それは以前、父に見せてもらった赤い宝石……名前も短かったのでよく覚えている。名前はすぐに決まったが、願いは何なのかわからなかった。


「願い……願い……うーん……なんでもいいの?」


 精霊は、なんでもいいが承知しかねる願いを言うと契約は失敗する旨を告げた。その言葉にノーマは少しだけ怯んだが、自分の気持ちに素直になることにした。


「もし、あなたが良ければだけど、わたしの願いはね… わたしと友達になって、“ルビィ”」


 その言葉に応えるように、魔法陣が煌めいた。そして、ノーマは自分の中から力が湧き上がるような感覚を、ルビィは自身の魔力の高まりを感じていた。

 契約が完了したことを知らせるように、魔法陣は徐々に消えていった。そして、両親とマギも精霊“ルビィ”が確認できたようで、驚きの表情を見せた。


「信じられん……夢でも見ているのか……?」

「まさか、本当に精霊が!?ノーマが!!?」

「まさかとは思ったが、聞いていた症例と大分違う。しかし、こうして精霊契約をしたところまで見た以上、疑う余地はない」

「先生、あの、娘は……?」


 不安そうにする両親だったが、マギは両親に向き直り、話し出した。


「わたしもこの目で見たのは初めてですが、彼女は精霊術師の資質に目覚めています」

「精霊術師!?うちの娘がですか!?」

「はい、精霊術師の資質を持つ者は、その資質が目覚める直前に高熱を出すそうです。こうして精霊と契約までできているので間違いないかと……」

「ただ彼女の場合、高熱を出した期間が長すぎるので経過観察は必要になると思います。2・3日様子を見て、問題がなければ今まで通りの生活ができると思いますよ」

「容体が急変した際には、すぐに呼んでください。それでは……お大事に」

「ありがとうございます」


 両親はマギに頭を下げ、見送った。そして……


「あなた……!」

「ああ、すごい!すごいぞ、ノーマ!」

「???」


 ノーマ自身は両親が何をそんなに喜んでいるのかがわからなかった。だが……


「まぁいっか、改めてよろしくね。ルビィ」


 とりあえず、今は新しい友達ができたことを喜ぶことにした。

 しかし、精霊術師として目覚めたことがきっかけで、この後の人生が大きく変わっていくことを、このときのノーマはまだ知らなかった。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 誤字・脱字等あれば修正するので、気軽に報告してもらえるとありがたいです。


 気に入っていただけたら、次の話も見てください。

 

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