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098.知らないクセ

「そういえばさ……」

「なんでしょう?」


 夜もすっかり更けた寮の自室。

 ふと思い出したかのように声を上げれば真正面の少女が目をパチクリしながらこちらを見る。


「なんでシエルは俺の中身が神山 慶一郎だってわかったの?」


 問いかける内容は昨日から常々気になっていたこと。


 昨晩から微妙な雰囲気となっていたシエルと仲直りしてから数時間。

 俺達は一つのベッドで横になりながらともに他愛もない話を繰り広げていた。


 暗闇の部屋でシエルの真意を聞き出し、ともに抱き合って気づいたらもう深夜だった。

 どうやら二人してすっかり寝入っていたと笑いながらもベッドから出ることなく気づけば日付変更手前。


 俺が気になったのは正体を見抜いた経緯だ。

 俺自身多少ボロが出たかもしれないが、それでも特定できるのは日本人というところまでだろう。

 なのにシエルはあろうことか個人名まで言い当てて見せた。一体何故かと問いかけると「そうですね……」と思い出すような仕草を見せる。


「まず私がご主人さまの中身に気がついたのはこの春に。従者として屋敷での生活から1週間程度……更に言うと私がこの身体にお邪魔してから数日経ってのことです」

「そんなに早く!?」


 まさかのスピード看破だった。

 1週間というと俺がこの世界について本を読み漁っていた時くらいだ。あまりにも早すぎる。どこでボロが出たというのだ。


「まず『ご主人さまが変わった』という噂を聞いて日本人が憑依したと察しました。それに、ご主人さまには特徴的なクセがありますから」

「クセ?」

「はい。ご主人さまは手持ち無沙汰のとき、右手で左肩の裏を掻くクセがありますよね?――今みたいに」

「えっ……あっ!」


 その指摘とに動かされる視線につられて自らの腕の位置を自覚してみれば、確かに言われた位置に手が置かれていた。

 なんとなく恥ずかしくなって勢いよく手を下ろす。


「それと食事の始めに水を一口だけ含むクセに、考え事をする時は唇に手を当てるクセもありますね。あ、コーヒーの一口目は感想が表情に出るところも。あとは――――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 止めなければ永遠に出てきそうな怒涛のクセに、思わず声をあげる。

 キョトンとする彼女に俺は恐る恐る質問を投げかけた。


「それって、神山 慶一郎のクセだよね?」

「? もちろんです。神山様と同時にスタン様のクセでもありますけれど」


 この話の流れで何を当たり前のことを。

 そんなことを言いたげな瞳に俺は一つ息を吐く。


「えと……もしかして俺とキミって、昔日本で会ってた?」


 その言いようはまさに俺のことをよく知っている言い回しだった。

 そんな言葉に彼女は少しだけ寂しそうにしながらもゆっくりと頷く。


「……はい。時折開かれるパーティーで、何度か」

「そうだったんだ……ごめん、全然気づかなくて」


 どうやら俺と彼女は日本でも顔見知りのようだ。

 しかしまったく記憶がない。必死にあの事故の時一瞬だけ見えた顔を思い出すも、会っていた記憶を掘り起こすことが出来ない。 

 そんな申し訳無さから顔を伏せると、シエルは優しく首を振る。


「いえ、気づかないのも無理はありません。だって会話をしたのはご挨拶をした一度きり。友人のように話したことなんて一度もないのですから」

「じゃあ何でそんなに俺のクセを?」

「…………」


 挨拶だけで深くは会話していないのにそのクセの把握を?

 どういうことなのかと再度問いかけると、彼女はスッと視線を逸らしてしまった。


「シエル?」

「その、怒らないで聞いて下さいね?」

「そりゃあ怒るわけなんて無いけど……」


 何やら不安がるように上目遣いで見上げてくる。

 どうしたのだろうと首をかしげると、一息おいた彼女はその理由を口にした。


「その……初めてお会いしてから気になっていましたので……。大人にも物怖じせず立ち向かう姿が忘れられず……。それ以来パーティーではいつもコッソリ近くに寄って、ずっと神山様のお姿を……見ていて……」

「―――――」


 空いた口が塞がらなかった。

 そんなことになっていただなんてまったく気づかなかった。

 毎日勉強。そしてパーティーではお偉方への顔を売り。そのことに必死で彼女がいたことなんて全然……。


 俺が呆然とする間にも当時の罪悪感からか彼女の顔には段々と影が差していく。


「その、すみません……。気持ち悪いです、よね?」

「い、いや……驚いただけで気持ち悪いなんてことは……。むしろ嬉しかったというかなんというか……」


 友達さえも疎ましいあの時の自分ならきっと鬱陶しいと思っていただろう。しかし今の自分からしてみればそれは単に嬉しかった。


「―――!本当、ですか?」

「っ……!」


 ゴニョゴニョと俺の小さくなった言葉を聞き逃さなかった彼女は勢いよく顔を上げて俺を射抜く。

 真っ直ぐで期待の籠もった目。キラキラと輝くような瞳に今更事態を把握して今度は俺が目を逸らす。


 今同じベッドで横になり、眼の前にいるのは同い年の少女だ。

 肉体的にもそうだが、精神的にも。それを今更ながら自覚して段々と恥ずかしくなってくる。


「ご主人さま?」

「そっ……!それより! シエルの名前って何ていうの!?」

「私のですか?」


 無理矢理話を逸らすように。俺はその場から逃げ出すように別の話題を引っ張り出した。

 しかしこれも聞きたかったこと。もしかしたら名前を聞けば何かしら思い出すかもしれない。


「そう!日本の!政治家の娘さんなら俺も思い出せることもあるかもだからさ!……忘れてないよね?」

「もちろん名前はきちんと記憶にございますが……」

「……?」


 ぼうっと、彼女の考えているのか考えていないのかわからない、不思議そうな目が俺を見上げる。


「……いえ。やっぱり名前を教えるのはやめておきます」

「何で!?」


 数秒呆けたような不思議な顔を向けたシエルだったが、一度顔を伏せて笑顔で応えたのは無回答だった。

 まさか伏せられるとは思わず声を上げると、彼女は優しく笑いながらギュッと俺の手を握りしめる。


「私はあの事故で命を落としました。未練がないといえば嘘になりますが、今はこの世界で新しい人生を生きています。それに……私には『シエル』という大好きなご主人さまに頂いた名前がありますので」

「シエル……」


 その回答はずるかった。

 自らの胸元で大事にするように握りしめる俺の手に、俺はそれ以上の問いを全て飲み込む。


「わかった。シエル」

「はい」

「これからも俺のことを支えてくれるか?」

「もちろんでございます。昨日も一番初めに言ったじゃないですか。『私は今までもこれからも、スタン様をご主人さまと慕う』と」

「ははっ。そうだったね」


 そうだった。彼女は一番最初からそう言ってくれていた。

 それなのに俺が冷静さを乱してこうも事態をややこしくしてしまった。


 自分の至らなさに反省しつつも、俺は眼の前で笑顔を浮かべる彼女の背中に手を回し、自らのもとへ引き寄せる。


「ご主人さま……?」

「ありがとうシエル。これからもよろしく頼むよ」

「――――はい。今生こそは、ずっとです」


 気づけば彼女もまた俺の背中に手を回し、お互いに抱き合いながら目を閉じる。

 その日の夜、俺は夢の中でシエルが日本で出てきた。そして目覚めた時にはシエルのぬくもりを確かめるようにそっと手を握っていた。

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