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096.帰ってきてから

「…………」


 重苦しい沈黙の中、ガタンゴトンと車輪の音が規則的に響いていた。それはまるでこの静けさを際立てるために鳴り続けているよう。時折馬の鳴き声が聞こえ、鳥の会話が遠くから聞こえる。だが人の話し声は一つも聞こえてこなかった。


 宴のあった翌日の昼。村での視察を終えた俺達は王都へと戻る馬車に揺られていた。

 運転席では行きと変わらずレイコさんが馬を操っている。車内には俺を含めた子どもたち四人が向かい合うように座っていた。

 行きの道中はみんな思い思いに雑談を楽しみ、お菓子をつまみながら穏やかな時間を過ごしていた。しかし今は違う。帰りは最悪の空気。まるで生気を失ったかのように誰も口を開かない。車内に漂う空気は最悪だった。


 まるでお通夜のような雰囲気。その原因を作り出したのは、紛れもなく俺自身だった。

 昨晩シエルから告げられた真実。それを知った俺はマトモに彼女と顔を合わせられなくなっていた。部屋を飛び出し冷静さを取り戻して戻った頃には既にシエルの姿は無く。偶然廊下を歩いていたラシェルに尋ねると「今夜は自分たちの部屋で寝る」という。それ以降、俺達の間には気まずい沈黙が続いている。

 エクレールとラシェルがあの真実を知っているかはわからない。ただ俺達の様子がおかしいことくらい敏感に感じ取っているみたいだ。

 なんとか空気を変えたい。だがどう話しかければいいかわからない俺は、窓の外の景色をぼんやりと眺め続けていた。


「スタン様……その……」


 不意に声をかけられて視線を窓からエクレールに移す。彼女は無理をするような笑顔を浮かべながら、一つの袋を差し出しきた。


「その、朝発つ直前、村の方に頂いたのです。クッキー……いかがですか?」

「……ありがとう、もらうよ」


 差し出されたクッキー。よく見れば手が僅かながらに震えている。

 ここで拒否したら空気がもっと悪くなるだろう。震えに気づかないふりをしながら袋から一枚取り出し、シャクリとクッキーを口の中で砕くも味がしない。

 甘さは感じるが脳が味の理解を拒否していた。それでも笑顔を作り「ありがとう、美味しいよ」と応える。


「そうですか……良かったです」


 エクレールは安心するように微笑んだが、すぐ顔に影を落とした。その表情が痛々しく、心のなかで謝りながら窓に視線を戻す。

 自分が悪いと思いつつもどうすることも出来ない。ただ早く、早くこの馬車の旅が終わってほしいと願いながら、黙って馬車につられて揺られ続いていた。




    *****



 昼過ぎ。太陽が天辺を越えて少し経った頃。

 ようやく戻ってきた寮の部屋。懐かしいとさえ思える自室にたどり着くと真っ先にベッドへ倒れ込む。

 それは疲労感の限界。荷物全てを放り投げるながら枕に顔を埋め、重くなる瞼に身を委ねる。


「10分……10分だけでいいから……起きたら片付けとかするから……」


 誰も居ない部屋で自分に言い聞かせるように意識を闇に沈めていく。




 ――――そうして次に目を開けた時、窓の外は赤い夕焼けに染まっていた。


「寝過ごしたっ!!」


 10分の休憩。仮眠をしたと思ったが随分と寝入ってしまったみたいだ。

 顔を起こせば薄暗くなっている世界。部屋も寝る前と比べて随分と寒気を感じる。


 身体を起こして辺りを見れば灯りも付いていない薄暗い部屋。誰も居ない部屋に放り出した荷物もそのままで一人だったことを改めて自覚する。


「……コーヒー、淹れなきゃ」


 一人の空間がひどく広く感じながらそう呟いて立ち上がる。

 生前、日本の頃より作り続けてすっかり染み付いたコーヒーの手順。ぼうっと粉にお湯を落としていると思わず「あっ」と声を上げる。


「2人分……作ってた……」


 どうやら無意識で2人分も作ってしまっていたみたいだ。

 作ってしまったものはしょうがない。頑張って二杯飲もうと思いながらミルクを入れることなく傾ける。


「……不味い」


 呟いたのはその一言。日本のときから淹れ続けてきたコーヒー。身体に染み込んで忘れるはず無いのに、手順を間違えてもいないのに不味い。

 苦いのではない。シンプルに雑味が多すぎて不味かった。材料は普段と変わりない。きっと作り手のせいだろう。

 孤独を噛み締めながら湯気立つコーヒーを握りしめていると、突然扉のノック音に身体を大きく震わせる。


「誰だ…………」


 ジッと待つも開かれることはない。

 だがこのタイミングはもしかして……もしかしたら彼女かもしれない。

 そんな期待と不安が入り混じりながら踏みしめる力が強くなっていき、勢いよく扉を開ける。


「おかえりっ!!」

「やっ!スタン!帰ってきたのね!あんたの活躍を聞いて労いにきてあげたわよ!!」


 勢いよく開く扉。

 そこに待っていたのは茶色の髪を持つ少女、マティだった。

 予想と違っていた彼女の登場に俺の肩は一気に落ちる。


「……何だ、マティか」

「何だとはなによ。失礼しちゃうわね」


 そう文句を言いながら俺の言葉を待つこと無く横を通り過ぎるマティ。

 遠慮の一つもなくドスンと片方のベッドに腰掛ける彼女に唖然とする。


 薄暗い部屋の中キョロキョロと辺りを見渡すマティ。そうかと思えば彼女は眉間にシワを寄せて腕組みをしてくる。


「なに?この部屋はお客様に飲み物の一つも出ないの?」

「……さっき間違えて淹れたやつならあるけど」

「何で間違えるのよ……。まぁいいわ。それ頂戴」


 マティの無遠慮さに戸惑いつつも間違えて淹れたカップを彼女に手渡す。それを一気に傾けた彼女は思いも寄らない味に出会ったかのように目を見開いて一気に咳き込んだ。


「ケホッ!ケホッ!……にっがぁ!なにこれ!?コーヒー!?あんた未だにこんなの飲んでるの!?」

「慣れれば案外美味しいよ?」

「慣れるわけ無いわよ!まったくもぅ……」


 これだからスタンってやつは……などとブツブツ呟くマティ。不味いコーヒーで喉を潤しつつ向かい合うように自身のベッドへ腰掛けると、「まぁいいわ」とカップを脇に起きながら俺の目を真っ直ぐ見る。


「聞いたわよ。シエルちゃんと喧嘩したって?」

「…………」


 彼女の言葉にウッと一瞬息が詰まった。

 マティまで知っているとは。だが誤魔化しても意味がない。俺は静かに首を立て振る。


「あの子はセーラの部屋で預かってるわ。何があったの?」

「…………」


 何が……。その言葉の重みが胸にのしかかる。


「話したくないならそれでもいいのよ。でも、話せば少しは楽になるんじゃない?」


 マティの言葉には一理あった。関係のない第三者だからこそ、気持ちを客観視できるかもしれない。

 何より全てを知っていそうな彼女の目。俺は観念するように口を開いた。


「……シエルに、()は取り返しのつかないことをしたのかもしれない」

「取り返しのつかないこと?怪我も何もした様子はなかったけど」

「そうじゃない。そうじゃないんだけど……。何ていうのかな、昔というか、とにかく俺が原因で深く傷つけたかもしれない」


 それこそ命を落とすこと。俺が手を出したから彼女は命を落としたのかもしれない。あくまで可能性の一つ。だが否定はできない。無駄死にとなった俺。むしろ事態を悪化させたかもしれない俺。そんな俺が彼女にどんな顔を見せればいいというのか。


「どう顔を合わせればいいかわからないんだ……」


 それがずっと思い悩んでいたこと。彼女を殺したかもしれない自分が何を言えばいいのかわからない。

 静かに聞いていたマティは、少しだけ眉を寄せながら口を開く。


「それで、あんたはどうしたいの?」

「どうって?」

「このまま話さなくてもいいわけ?ただほとぼりが冷めるのを待って、あの子を傷つけたまま黙ってこの部屋に籠もってるつもり?」

「いいわけないだろ!!」


 思わず声が大きくなる。感情があふれ出し、言葉が次々と飛び出した。


「いいわけない……。シエルに……"あの子"に謝りたい……」


 シエルに謝りたい。命を落としたあの子に謝りたい。気づけば涙を流しながら訴えていた言葉に、マティはフッと笑みを浮かべて頷き、俺ではないどこかへ視線を向ける。


「――――というわけよ。ここまで聞いて、あなたはどうするの?」

「えっ……?」


 彼女が見たのは扉だった。締め切られた扉。

 どうやら目線から「開けろ」と言っているようだ。

 俺は訝しみながら彼女の言う通り扉に近づいて扉を開ける。


「……シエル」


 扉を開けて立っていた者――――そこには目を真っ赤にしたシエルの姿が立っていた。


「ご主人さま……ご主人さまっ!!」


 俺と目が合った彼女は堰を切ったように胸へ飛び込んできた。


「ごめんなさい……ご主人さま……!」

「シエル……」

「肝心なところを言わなくてごめんなさい……!私……私は……!」

「謝るのは俺の方だよ。ごめん、シエル」


 抱きつく彼女を受け止めながらマティを見る。


「もしかしてマティ……セーラの部屋にいるっていうのは……」

「もちろん嘘。あたしがスタンの真意を聞いてきてあげるってこの子を廊下で待たせていたのよ」


 どうやら嵌められたようだ。胸の中で嗚咽を上げる彼女を撫でながら一つため息をつく。


「……ありがとう。マティ」

「貸しにしておいてあげる。それじゃ、あたしは部屋に戻ってるわね。王女様二人も心配してたわよ」


 そう言って部屋を出ていく彼女を見送りながら俺はシエルを強く抱きしめる。そして彼女の目の淵から溢れ出る涙を拭き、今一度シエルと直接向かうのであった。

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