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094.帰還。そして問い

「よく…………お戻りになられました」


 森の奥地から着た道を戻ること1時間強。村の入口を通るとともにそんな出迎えをしてくれたのは村長さんだった。

 ヒゲをたくわえ年を召したご老人。曲がった腰を後手で抑えつつも真っ直ぐこちらを見て感慨深い目で俺達を見ている。


「村長。ただいま戻りました」


 そんな村長と相対するようにこちらも代表してエクレールが前に立ち一礼する。


「我が国が誇るレイコ殿がおられるとはいえ王女様を含めた幼子ばかりの旅路。村の者全員、戻ってこられるのを今か今かと心配しておりましたよ」

「ご心配をおかけしました。ですがほら、私達は怪我一つなく戻ってきましたよ。きちんと原因を特定し、対処して参りました」


 そう言ってクルリと優雅に回ってみせるのを見て村長や後ろで迎える村人たちから安堵と歓喜の声が聞こえる。

 「やったぞ!」「村が救われた!」など子どもたちは無邪気に飛び跳ね若者たちも笑顔で握手を交わしている。年老いた女性が「ありがとう」と涙を浮かべる姿に俺の胸も思わず熱くなった。


「それは何より。僥倖でございます。……ところでそのお荷物は。確か朝発つ時は手にしていなかったようですが……」

「えっ。あ、こちらですね。戦利品ほどではありませんが、依頼達成の証明といったところです」


 手にしていたエクレールもすっかり記憶から抜け落ちていたのだろう。言われたことで思い出したかのように持ち上げたのは魔物の住処で見つけた麻袋。エクレールはそれを村長に手渡す。


「我々がエクレール様のお言葉を疑うことなどありはしませんが……」


 そう言いつつ袋の中身を確認する村長。その中に入っていた被害物を見てこの村の物だと理解したのだろう。

 一瞬だけ驚いたかのような目をし、すぐに安堵するように息を吐く。


「僭越ですが一つだけお聞かせ願いたい。件の魔物は……どうなさいましたか?」

「しかと我々の手で討伐してきました。レイコが塵になったのを確認しております」

「そうですか……これでもう、村の被害に怯えなくても良いのですね……」


 村長が発したその言葉は、ようやく開放されたかのように大きく息を吐く。


 森の奥で見た魔物は熊のような姿をしていた。

 もし生態も俺の知識にある熊と同じだった場合、本来臆病な性格をしているはずである。

 最初は畑、そして昨日保管庫が被害に遭い、人に被害が及ばなかったのはその性格ゆえだと踏んでいた。

 一方で熊は慣れたものには物怖じしない性格も併せ持つ。もしも被害が続き村の人間に対し怯える必要がないと理解すれば、被害は甚大なものになっていただろう。


 きっと村長さんもその予想をしていたのかもしれない。涙まじりのその声は心からの安堵を示していた。

 そんな彼にエクレールはそっと近づきもう一つの戦利品を彼に見せる。


「その麻袋の中にこちらも入ってました」

「っ――――!これは…………!!」


 見せたのはあの時見つけたネックレス。

 あの暗い樹の下とは違い太陽の光が降り注ぐここではその銀色が輝きを増している。


 それを目にした瞬間、村長は表情を一変させた。

 まるで生き別れの兄弟に会ったかのように大きく目を見開いて跪くようにネックレスへと顔を近づける。


「あぁ……間違いない……。この輝き、この形……」

「やはりこれは村の誰かの?」

「えぇ……。これは以前村が賊に襲われた時に奪われたもの……。1年前に亡くなった妻から贈られた大切なものです……」


 妻の形見……。賊に奪われたのも驚いたが、それ以上に奪われたものがこうして戻ってきているのに驚いた。

 あそこにあるということはきっと、賊は魔物にやられたのだろう。因果応報でしかない。

 しかし何故魔物がこれを持っていたのだろう。カラスみたいに光り物を集める習性でもあるのだろうか。そんなことを考えていたらエクレールも疑問に思ったようで同じことを問いかける。


「でも何故魔物がネックレスを……」

「それはきっと、最下級程度ですがこれも魔道具だからでしょう。獣に襲われにくくする、そんなささやかな効果が込められております」

「そう、でしたか……」


 フッとエクレールの顔に影が差す。

 きっと亡くなった奥さんはささやかでも無事を祈ったのだろう。少しでも旦那さんが長生きできるようにと。もしかしたら今こうして戻ってきたのも奥さんの想いの力があったのかもしれない。


「エクレール王女、度重なる無礼をお許し願いたいのですが、そのネックレスを買い取らせて頂きたく存じます。いくら村長とはいえ、この偏狭な村では蓄えもあまりございませんが……」

「い、いえっ!そんなこと仰らないでください!私達はただ落とし物を届けただけですから!」

「でしたらその分を今回の報酬に上乗せという形で……」

「それも受け取れません!言い出したのはそこのラシェル王女ですし、もし無理矢理渡しても補助金という名目で村に返還しますからっ!!」


 慌てたように言い放つラシェルに村長は面食らう。


 確かに。今回の一件はラシェルが言い出しっぺで村の人は何一つ頼もうとしなかった。

 むしろ子供だけで危険だと止めたほど。”祝福”の秘匿性から王女二人がゴリ押したが、そんな押し売りみたいなことをエクレールは良しとしないだろう。


「……分かりました。でしたら宴を。宴を開かせていただけませんか?みなさまの歓迎も兼ねて」

「えぇ。宴でしたらご相伴にあずからせていただきます。村のみなさまも楽しめるとっておきの宴をお願いしますね」


 そう言って笑顔でお願いするエクレールの姿はまさしく王女。

 俺達と一緒のときとはまったく違う、本当の王女としての彼女の姿を、俺は後ろからずっと見つめていた。



  *****



 夕暮れ時。もう間もなく暗闇に世界が変わる逢魔が時。

 村の広場にはいくつかのテーブルが並び、素朴で温かみのある料理が所狭しと並べられていた。

 焼いた肉がジュウジュウと音を立て、こんがり焼かれたパンからは香ばしい香りが漂う。村の特産らしい果実で作ったジュースは大きな樽から振る舞われ、全員の木製のカップに注がれていた。

 そこはまさしく宴。婚約発表会のような豪華さは無いが、その分だけ手作りの温かみが広場に広まっていた。


 子どもも大人も関係なく楽しんでいる宴。楽器の得意な村人が奏でる演奏を聴きながら俺は遠目にベンチに腰掛けながら宴の様子を見渡していた。

 場所は違えど人々の温かさは変わらない。”神山”の後ろ盾を気にする者、利用しようとする者。日本では打算ばかりだった。しかしこの世界に来てそういったものは一切見受けられなかった。

 今日もエクレールへの憧れはあるも、それを利用しようとする人は見受けられない。魔物という恐怖がありながらも年中平和な日本と違って人はこうも優しくなれる。そんな温かさを胸にジュースを傾けていると、ふと聞こえてくる呼び声に目を向ければエクレールとラシェルが近づいてきていた。


「スタン様、今日はお疲れ様でした」

「スタン、今日は頑張ったわね」

「二人もお疲れ様。帰ってからも予定通り視察をした二人には負けるよ」


 俺は村に帰ってからすぐ、宴が始まるまで宿でダウンしていた。

 しかし二人は違う。二人は仕事の遅れを取り返すように本来の目的である視察をしていたらしい。その体力は何処から出てくるのか。ただひたすら脱帽である。


「ねね、スタン」

「うん?」


 そんなことを考えているとベンチに座る俺の隣にラシェルが腰掛けてくる。

 突然寄りかかった密着と呼ぶにふさわしい距離感。肩を寄せた彼女は上目遣いするような形で俺を見つめてくる。


「私、酔っちゃったぁ。スタン、介抱してくれない?」

「えっ……」


 よく見れば彼女の頬はほんのり紅い。

 グラスのドリンクは既にカラで、もしかして本当に酔ったのだろうか。嫌な汗が背中を流れる。

 介抱とは一体何をすれば良いのか。半分パニックになりながら何も反応できずラシェルを見つめていると、そんな俺達に割り込むようにエクレールの手が間に入る。


「ラシェル様!ここは私達を鑑みお酒は一切出ておりませんよ。そのカラのドリンクだって、一緒に受け取ったジュースですよね?」

「…………ちっ」

「演技だったの!?」


 嘘がカンパされたラシェルはわかりやすく舌打ちしてみせる。

 どうやら演技だったみたいだ。彼女はベンチにグラスを置いて立ち上がり、エクレールと向かい合う。


「バレてしまっては仕方ないわね。でもエクレール、あなたの作戦だってお見通しよ。この後魔物の住処を見つけたご褒美を求めてスタンとふたりきりになるつもりでしょ?」

「何でそれを――――!?コホン、何のことでしょう?」

「あら、しらばっくれるっていうの?あなたが日中ラットと密談してるのはちゃんと把握してるわよ。もちろん私の”目”でね」

「っ――――!!」


 この王女二人はなんてことに国の機密である”祝福”を使っているのだろうか。

 段々と言い争いになっている二人。今回は何処までヒートアップするかななどと考えていると、ふと隣に座る誰かの気配に気がついた。


「ご主人さま、お疲れ様です」

「……シエルか」


 どうやら座ったのは我が従者のシエルだった。彼女は両手にマフィンを持ち、片方を手渡してくれるのを受け取って口に運ぶ。


「うん、美味しい」

「こちらはジュースにも使われた果実をベースにしているようです。果実はユズというらしく、とっても美味しいですよね」


 そう言って舌鼓を打つ彼女は笑顔。

 だが俺は彼女の横顔をジッと見つめていた。


「……ご主人さま?どうなさいましたか?」

「ねぇ、シエル。ちょっと向こうで話さない?」

「向こう?もちろん構いませんが……」


 不思議そうな顔を浮かべる彼女に俺はそれ以上話すことなく黙って立ち歩いていく。

 後ろでシエルが着いてくる気配を感じながらたどり着いたのは今日まで泊まっている宿の裏手。村人みんな宴にかかりきりらしく人の気配はひとつもない。


「こんなところでどうなさいましたか?」

「うん。ちょっとシエルに聞きたいことがあって」

「聞きたいことですか……。検討つきませんが承知しました。何なりとお申し付けください」


 一瞬不思議そうな顔をしながらも戸惑うことなく了承するのは流石というべきか。

 そんな彼女に俺は真面目な顔で問いかける。


「昼……ボクが魔物相手に命令した時、シエルは『立ち上がれ』って言った意味を理解していた。これってどういうことなの?」

「…………」


 俺の問いに彼女もまた真面目な表情へと移り変わる。 

 しかしその目は微かに揺れていた――――。

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