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091.朝の決意

「本日の依頼。私はお手伝いいたしませんので」


 それは朝食の温かい空気を一瞬で凍りつかせる、突然の宣言だった。

 エニク村にやってきた翌日の朝。シエルといつも通りの夜を過ごして迎えた朝の時間。

 テーブルに並べられた、城下町では見ることのない新鮮な魚を中心とした食事に舌鼓を打つととも、にエクレールとラシェルから向けられる不満気な視線を受け流していると、突然レイコさんのきっぱりとした宣言が部屋中に響き渡った。

 一斉にそちらへ顔を向ける面々。その一言で村の人が用意してくれた温かなスープの香りも霞んでしまうような、張り詰めた空気が広がった。


「……レイコ、どういうことですか?」


 エクレールが食事の手を下ろしてレイコさんをまっすぐに見据える。その目には心なしか非難の意思が込められているような気がした。


「エクレール様、申し訳ございません。本日の私の任務はあくまでラシェル様の保護者。ラシェル様が勝手に承った依頼にまで応じるつもりはございません」

「それは……」


 躊躇いのなく告げられる理由に、当事者のラシェルが視線を落とす。


「それは私が……ガルフィオン王国第一王女が命じてもですか?」

「申し訳ございません。ラシェル様の依頼の前にエクレール様へ護衛の命も当然ございますが、それでも手伝うことはございません」

「…………珍しく強情ですね」

「申し訳ございません」


 冷ややかとも取れる霧氷所のまま、レイコさんは切り捨てるように言葉を続けた。彼女の言葉は本心だと判断したのか、エクレールは諦めたかのようにふぅと息を吐く。


 それは俺達にとってかなりの痛手だ。

 昨日集めた情報によると村を荒らしているのは魔物。俺達子供だけでは戦力に心もとない。

 だからこそ一騎当千のレイコさんを頼るつもりだったのだが、彼女が手伝わないとなればこの計画はご破産に終わる。

 つまりは計画遂行不可。打つ手が無くなったことにより俺も目を伏せると、暗闇の中からおもむろに「ですが……」と声が聞こえてくる。


「ですが……それはあくまで方便。今回の件を報告書に記載するための言い訳となります」

「――――!!」


 その言葉はまるで、暗闇から差す光だった。

 揃って顔を上げるとレイコさんは無表情ながらほんの少しだけ口角を上げる。


「じゃあ……!あなたも討伐を手伝ってくれるのね!?」

「そうはなりませんラシェル王女。討伐は一切手を貸しません」

「なんでよっ!!」


 ラシェルの憤慨も最もだ。

 手伝わないと言っておきながら方便だと言う。なら手伝うのかと聞いたら違うと言う。

 もはや希望も何もなかった。ぬか喜びしただけで損したと座り直すと、レイコさんは小さくため息を吐きながら言葉を続ける。


「それは今回の戦力を見てです。私が手を出さずとも、この四名だけで解決できると確信しているからです」

「どういうことよ……」


 困惑した顔で俺達三人に目を配るラシェル。

 子ども四人でどうやって解決できるというのか。そんな視線が込められているのがありありと見て取れた。

 しかし一つ心当たりがあった。もしかしてレイコさんは……


「もしかして……先日小耳に挟みましたスタン様、ですか?」

「えっ!?スタン!?」

「その通りですエクレール様。スタン様ならば私のかわりに最後のピースを埋めてくれることでしょう」


 ……やはりか。

 満足するように深く頷くレイコさんに俺は一人天を仰ぐ。


「私は解決に直接手を出すつもりはありませんが、全員怪我の一つもさせないよう、全力で護衛は遂行させていただきます」


 至極当然のように言うが、俺の力はまだ課題が多く山積している。

 全開は使ったら気絶した。力の及ぶ効果範囲も、どこまで命令を下せるかもわからない。それにもし、あの力がこの三人に及びでもしたら……


 カチャリと手に持つフォークが震えていることに気づく。

 ただの食事道具。しかし使い方によっては武器にもなる。制御が効くのか、ちゃんと狙ったように働いてくれるのか。自らの震える手をジッと見ていると、その手に大きな手が重ねられる。


「大丈夫ですスタン様」

「レイコさん……」

「あの時見たスタン様の力は正しいものです。力は相応しい者に相応しい形で宿ると聞きます。きっと懸念することにはならないでしょう」


 それはレイコさんの手。

 女性として小さいながらも大人として大きい、彼女の柔らかな手だった。

 まるで彼女の暖かな励ましが温度として伝わって来るようで、触れられたところから心までもがじんわりと暖かくなる。


「それに、私も個人的興味としてあの力について実験検証してみたいですし」

「……それが本音じゃありません?」

「バレましたか?」


 最後の最後で肩透かし感を食らった気分だった。

 真横で惚けるように舌を出してみせるレイコさんを見て一つ嘆息しながら、震えの止まった手をギュッと握りしめる。


「まぁ、やってみせますよ。どこまでできるかわかりませんが……」

「それでこそ婚約者候補というものです。イザという時はお任せを」


 どこまでできるかわからない。だが前回のように気絶してもレイコさんがいるのだからどうとでもなるだろう。

 決意の固まった俺はこれから始まるであろう戦いに向け、心に決め――――


「ちょっと!何勝手に説明無く進めようとしてるのよ!!」


 ――――心に決めようとして、思い切り俺達の間にラシェルが割り込んできた。

 まるで物理的に距離の近いレイコさんを引き剥がすように手を挟み込んだ彼女は眉を吊り上げながら怒りの視線をこちらに向けている。


「ほら、ラシェルも知ってるでしょ?ボクが"祝福"を持ってるって」

「……それでどうにかなるっていうの?」

「多分?おそらく?メイビー?」


 全部疑問形。自分でも確信が持てないのだから仕方がない。

 彼女の言葉に応えながら首を傾げると、そっと俺の手が彼女の手によって包まれる。


「怪我、しないわよね……?」


 それは彼女の不安な瞳だった。

 泣きそうなほど不安げにこちらを見つめ、包まれる手がギュッと強くなる。

 そんな彼女を安心させようと、俺も空いた手で握り返す。


「もちろん。心配するようなことは絶対に起こさないよ」

「……約束できる?」

「約束するよ」

「約束破ったら私と婚約だからね」

「あぁ。やくそ…………待って!!」


 思わず取り返しのつかないことになるのを既のところで回避した。

 慌てて呼び止めるもラシェルは自らの足で強く立ち、振り返ったその瞳には不安のかけらも残されていなかった。


「それじゃあスタン、約束だからね!」

「ちょっと待ってラシェル!ボクはまだ最後まで了承してないから!」

「……スタン様の浮気者」

「エクレール!?」


 必死に抵抗していると、今度はエクレールからの冷たい視線が。

 俺はその後の朝食の時間中、ずっと言い訳を重ねていくのであった。

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