089.保管庫と痕跡
「此処が件の保管庫でございまする」
村の入口から歩くこと数分。
馬車が何台も通った跡から出来た獣道に沿って立てられた何件も連なったレンガ造りの建物。そしてそこから覗く村人たちの物珍しそうな視線を抜けてやってきたのは事が起こったという保管庫だった。
人々が寝泊まりする小屋とは違う、一階部分は柱のみの宙に浮く形になった、いわゆる高床式倉庫。先導する村長に続いて俺達も中に入ると一気に視界に暗闇に襲われるが、暫くの後にポゥと魔道具の光が薄暗くも辺りが見渡される程度に照らされる。
「これが……。確かに、随分と荒らされてるわね……」
「酷い……」
ラシェルが理解を示すように呟き、エクレールが信じられないといった様子で口元に手を当てる。
俺達の目に飛び込んできたのは、散乱した食べ物の山だった。袋は切り裂かれて、辺りに散らばった穀物、干し肉、果物……あらゆる種類の食料がそこかしこに散りばめられていた。
明らかに。ここでなにかあったのは間違いない。足元に転がった干し肉を拾い上げると、無惨にも鋭い歯で食いちぎられた跡が残っていた。
「村長、犯人に心当たりは?」
「…………」
俺の問いに村長は黙って首を横に振る。
「残念ながら。先日は村の畑で作っている芋がやられ、電気鉄線で対策したと思いきや今度は保管庫に……。村人にも犯人追求などという無茶はさせず、援軍を待とうと」
「懸命な判断です。相手が賊か獣かもわからないままでは、物的被害では収まりませんから」
エクレールの言葉にホッとする表情をみせる村長。
扉の方に目を向けると、保管庫を施錠していたはずの鍵は、まるでハンマーで殴られたかのように壊されている。確かにこれは丸腰で対峙すればただではすまないだろう。
……だが、それは俺達だって同じことである。
「ラシェル、俺達で解決するって言ってたけどアテはあるの?」
「さぁ?分からないわ」
「えぇ……」
ここに集まった大半は子どもの集まり。7,8歳程度のひ弱な戦力だ。
正直村人が集まったほうがまだ戦力になるレベル。あんな大見得切ったラシェルになにか策があるかと思いきや無いと一刀両断されて思わず落胆の声を上げてしまう。
「でも大丈夫よ。スタン、村長さん。ここまで散乱してるってことはそれだけ手がかりがあるってことよ。それに万が一戦闘沙汰になっても、ここにはレイコっていう"一騎当千"がいるんだしね!」
「どうも。ラシェル様にご指名預かりました"一騎当千"こと"ガルフィオンの暴力装置"です」
「えぇ……」
今度はドン引きの声が漏れた。
根拠ない自信と変にノリの良いレイコさん。たしかに戦力的に彼女は的確、むしろ過剰レベルだろう。
「それにスタン、あなただって居るじゃない。学年首席の実力、期待してるわよ!」
「知力と探偵能力は別なんだけどなぁ……」
ラシェルの留学していた数日。当然俺のテストの点数もどこからか聞いていたのだろう。ポンと肩を叩きながら辺りを見渡す彼女に続いて、俺も頭を掻きながら探索に加わる。
しかし、探索といっても何を探せば良いのか。
ザッと見渡す限り広がっているのは四方八方に散乱した食料の数々。その惨状はよっぽど強い力が加わったか、大人数で押し込まれたかが伺える。
だが分かるのはそれだけだ。他に得られそうなヒントもない中無作為に薄暗い室内を歩き回いていくと、不意にある違和感に気がついた。
「…………あれ」
「あら、なにかわかったの?」
不意に抱いた違和感。思わず声に出すとすぐ隣で果物を拾い上げていたラシェルが真っ先に反応する。
「いいや、何もわからない。でも変だなと思って」
「変?」
「普通、こういう押し入りがあると賊なら盗むと思うんだ。なのにほとんど食い荒らされて……」
「私もそこは思いました。賊……人間ではない何らかの獣ではないのでしょうか?」
続いて近づいてきたのはラシェル。彼女はスカートを持ち上げながらピョンとこちらに飛んでくる。
「うん、でも獣は獣で見境なさすぎると思う。普通の獣なら好物だけを集中して食べると思うんだけど、ここは満遍なく全部が荒らされてる。これはあまりにも雑食すぎるような……」
「好物がなかっただけなんじゃ?」
「かもしれない。それなら同じ干し肉を何個も食べるのは学習しなさすぎだなって」
散らばっている食料の数々。どれも食べられた跡が付き、肉や果物も一口だけ食べた跡が残っている。好物が見つけられなかったら1個2個食べたら十分のはずだろう。
だがわかったのはそれだけ。それ以上は俺もさらなる特定に繋がりそうなヒントを持ち合わせていない。
「なるほど……それは魔物の仕業かもしれませんね」
「魔物?」
しかし、俺に続くように声を上げたのはレイコさんだった。
彼女は手を組みながら冷静に分析する。
「魔物は食べ物に宿る魔力を食べするんです。だから魔物には好物が存在しないんですよ」
「魔力を……食べる?」
「えぇ。魔物の身体は魔力で構成されています。魔物にとって食事とは栄養素ではなくそこに込められた魔力が目的です。この被害状況から察するにその可能性は高いと考えられますね」
そう言って持ち上げた穀物の袋は、まるで鋭い爪で付けたように裂けられていた。
「……なるほど、言われてみれば確かに。これは魔物で間違いないわね」
「ラシェル?どうしてわかるの?」
レイコへ同調するように声を上げたのはラシェルだった。
俺の問いに振り返った彼女の赤い目は、僅かながらに光っているように見える。
「私の"祝福"よ。その応用で場に残った魔力の痕跡がわかるのよ」
「魔力の痕跡!?」
「えぇ、噛み跡に薄く残るこの色……間違いなく魔物のものだわ」
「そんなことまで……」
俺には何も見えない。だが彼女の力には覚えがあった。
彼女の祝福。それは見た者の異能が分かる能力。
先日俺の祝福を見た時、魔力量がなんとか言っていた。その力を応用したのだろう。
ブラシーボ効果だろうか。もう一度干し肉を拾い上げてみれば温かさや生命力がすっかり失われている気がする。
「私だって成長してるのよ。このくらい出来るようになって当然でしょ?」
「あぁ、すごいなラシェルは」
「えへへ~!」
褒められて有頂天のように高らかに声を上げるラシェル。
しかしそれも一瞬のこと。彼女はフッと目線を下げてしまう。
「……でも、ここまでよ。私が分かるのは魔力の色と痕跡くらい。魔物を特定できるとはいえ、隠れ家なんてものは分かりっこないわ」
「……そっか」
彼女の言葉に俺も顔を落とす。
魔物か、獣か。それがわかったところで潜んでいる場所がわからなければ対処する方法なんて思いつかない。
罠を仕掛けるか?だが鍵を破壊するような魔物相手に有効な罠をすぐ作れるとも思えない。寝ずの番も現実的じゃない。
考えは行き詰まり、解決の糸口が見つからないまま思考の海を漂う。
その時、不意にポンと肩に手を乗せられた。思わず振り返るとエクレールがにこやかに微笑みかけている。
「そんなに思い悩まないでくださいスタン様。ここまでわかれば残りは私がどうにか出来るかと思います」
「……エクレール?」
彼女の微笑みは何処か自身に満ちていた。その表情はすぐに真剣なものへと切り替わり村長の方へ向き直る。
「村長、大体情報は掴めました。この件に関しては明日、私達で解決させていただきたく思います」
「なんと!」
驚きに満ちた村長の声が保管庫内に響き渡る。
彼は降り立つエクレールに感謝の表情を浮かべ深々と頭を下げる。
「村の都合へ協力だけでなく、解決までお力添えをいただけるとは……なんとお礼を申し上げればいいのか……」
「お気になさらないでください。ガルフィオン王国の問題は私の問題です。誠心誠意解決に導きたいと思います」
「エクレール王女様…………!」
「い、いえっ!そんな跪かないでくださいっ!」
膝をついて感謝の念を示す村長にエクレールは慌てて手を振っている。
だがその凛とした態度と自信に満ちた佇まいは、幼いながらもこの国を統べる王女様の姿であった。