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083.隠密の物色者

 ヨタヨタと。

 俺は身長を超えるほどの荷物の山を抱えながら不安定に廊下を歩く。

 高く重なった荷物が視界を困難にさせ、肩から汗が薄く滲む。


「ご主人さま、本当に私が持たなくて構わないのですか?そんなに重そうにして……」

「だ、大丈夫大丈夫。部屋まですぐそこだから……うわっ!」

「ご主人さま!」


 足元がふらつき、ついに一番上の箱が滑り落ちた。

 歩くたび荷物が揺れる不安定な中、彼女に問題ないことをアピールしようと身体を捻りかけたその時、グラリと手にしていた荷物が大きく揺れ箱が一つ落下する。

 重力に従って自由落下する箱。しかしそれが地面と衝突する前にとっさに手を出したシエルによってなんとか事なきを得る。


「まったくもう……だから言ったじゃないですか。ほら、半分貸してください」

「ごめんごめん。距離もそんなに無いし行けると思ったんだよ」


 呆れるような声とともにポイポイと器用に俺の手荷物荷物の山から半分近くを奪い去っていくシエル。

 顔を埋め尽くして視界もままならない山があっという間に消え去っていき、視界がクリアになったところで隣を見るとシエルは少し持つのに難儀しているのかほんの少しだけ苦しそうにしている。


「ねぇシエル……」

「『持とうか?』という言葉は聞きませんからね。お任せしてご主人さまがお怪我されたりなんかしたら大変です」

「…………」


 プイッと。

 俺の言葉を見事先読みした彼女は一刀両断。

 取り付く島も無くなった俺は閉口しながらトボトボ彼女の後ろをついていく。。



 あの婚約者で騒ぎとなったパーティーから二日経った昼過ぎ。

 初めての休日となった俺達はこれからの生活に必要なものを新たに買うため城下町に出かけていた。

 といっても買うかどうかを見定めるのは主にシエル。身の回りを面倒見てくれている彼女はアレもほしいこれもほしいとドンドン品物を選んでいき、気づけば買い物の箱は山となっていた。

 幸い移動手段は馬車。寮までは何一つ問題なかったものの寮から自室までは俺達で運ばざるをえなかった。

 自室までもう目の前。主人として頼れるところを見せようと頑張ったものの大失敗。結果荷物は折半して運ぶこととなった。



 すっかり意気消沈しながら彼女の後ろ姿をついていく。

 最奥にある自室も眼の前に来て一旦荷物を下ろそうとしたところ、ふと目の前の彼女が荷物も置かずにジッと扉に耳を当てていることに気がついた。


「シエル?」

「ご主人さま、少し静かに……扉に耳を当ててください」

「………?」


 何やら真剣味を帯びる彼女の視線に、俺も言われるがままにそっと自室の扉へと耳をつける。

 すると扉の向こうから微かに物音が聞こえてきた。

 カサカサ、ゴソゴソ――――。妙に落ち着かない音に思わず眉をひそめる。


「この音は……?」

「誰かいらっしゃるのでしょうか……。マティ様?」

「いや、それは無いと思う……」


 シエルの問いに静かに首を振る。マティは今日セーラと学校のはずだ。夕方まで戻らないと言っていた。

 だからといってエクレールの可能性も低い。今日は公務で忙しいとレイコさんから聞いている。

 他の人の可能性もあるが、そこまで俺の交友関係は広くない。鍵もかけている中勝手に入るとは思えない。

 教員は受付に何かしら伝言を残すから無いだろう。


 つまり考えられる候補は全員いない。

 他に考えられる人といえば…………泥棒だろうか。

 その可能性に至ってグッと自らの警戒度合いを上げていく。


「シエル、ボクが見てくるから。もし何かあったらすぐ逃げてね」

「……はい」


 シエルの心配そうな視線が向けられる。

 そんな彼女に俺も心配ないと笑みを返し、すぐに真剣な目を扉に向けた。

 未だ何かを物色しているのか扉の向こうではガサゴソと音が聞こえる。俺はゴクリと喉を鳴らしながら、一気に扉を開け放った。


「誰だっ!!」

「っ――――!」


 バァンッ――――!!


 勢いよく開け放った扉。

 そこには見慣れた俺達の部屋が広がっていた。

 ベッドに机、棚など朝来た時と同じ光景。違うのは部屋の片側半分だろうか。シエルの生活スペースには一つとして乱れがなく、もう片方……つまり俺の生活スペースの机は全開になり、ベッドにはまるで自室のようにうつ伏せになる人物が、俺の出現に驚いたのか目を丸くして振り返っていた。


「……何してるの?」

「びっ……くりしたぁ。あなた、思ったより帰って来るの早いじゃない」


 ベッドに横になるのは一人の少女。

 紅い瞳と金色の髪。肩甲骨ほどの金髪をストレートに伸ばした少女は自信満々のつり上がった大きな目。

 めくれ上がるのを気にしたのか慌ててスカートを隠しながらこちらを見上げるのは隣国、アスカリッド王国の王女様――――ラシェル王女が俺の部屋で待ち構えていた。


「ご主人さま、一体どなたが部屋にいらして……ラシェル様?」

「あらシエルちゃん!久しぶりね!元気してた!?」

「私は元気ですが……ラシェル様、その手に持ってらっしゃるのは……」

「っ……!!」


 バッと。シエルに気づいて挨拶するように手を上げたラシェルだったが、その手に握られているものを気づいて慌てて隠す。


「いやいや、隠しても無駄だから。ラシェル……それってボクのノートだよね?何してるの?」


 目に映ったそれに一筋の冷や汗が垂れる。

 彼女が手にしていたもの……それは俺のノートだった。

 課題用に持って帰ってきた授業で使っているノート。まだ入学から日も浅くあまり書き込まれていないそれを指差すと、え~と……と、彼女は目を逸らす。


「い、いや、違うのよ。これはその……ちょっと確認したいことがあって……」

「確認って、なにを?」

「えっと、ほら!あなたはちゃんと勉強してるのかな~とか親心よ!決して物色しながら面白いもの見つけたとか思ってないわよ!」


 語るに落ちるだ。

 完全に部屋を物色していたらしい。だがとりあえずは泥棒や不審者ではないことにホッとして、俺達は買ってきた荷物を伴って部屋に入ることにした。



   *****



「それで、どうして突然?」


 街で買ってきたミニテーブルを広げ、ラシェルと向かい合う。

 ノートをもとの場所に戻した眼の前のフンと鼻を鳴らして自らのバックを漁りだす。


「せっかく来たんだし色々話したくってね。まずはこれ、はいお土産!」

「おぉ!コーヒー!!」


 彼女が手渡してきたのは袋いっぱいに詰まったコーヒー豆だった。

 まさかのお土産に目を輝かやかせて受け取る。コーヒーが貰えるならさっきの物色は見逃してもいい。


「ここまで喜ばれるとこちらも贈りがいがあるわね」

「そりゃあもちろん!こっちの国じゃ高いからなぁ……」


 物自体は大した珍しさはない。ただうちの国では栽培していない上にアスカリッド王国からだと関税が高い悩ましい逸品。 

 だから普段は紅茶がメイン。それが久々のコーヒー補充ともなればテンションも上がるものだ。これでセーラにも布教ができる。


「今後も度々送ってあげるわよ」

「ホント!?ありがとうラシェル!」

「えぇ。……でも今日はその前に本題ね」

「本題?」


 そう言って彼女が次に取り出したのは一枚の手紙だった。

 ウチの国。王家の印が押された手紙。封の破られたそれを彼女は広げて読み上げる。


「えっと、『この度私エクレールは、スタン様と婚約することとなりました』……ですって」

「げっ……!」


 まさかの情報伝達速度の速さに俺は目を見開く。

 しかもその文面には明らかに語弊がある。素っ頓狂な声を上げて彼女を見れば笑顔。だがその裏に怒りの影が見える。


「……どういうことかしら?ねぇスタン」

「ら、ラシェル!それは違うから!」

「何が違うの?」

「婚約者”候補”だから!本当に婚約者になったわけじゃない!」

「一人きりの候補で?」

「くっ……!」


 エクレール……そこまで詳細に書いていたか……!

 グッと悔しがるように握りこぶしを強く作ると彼女はそんな俺の手を優しく包み込む。


「酷いじゃないスタン……私とも婚約するって話はウソだったの……?」


 ウルウルと潤む彼女の目に少し怯むも負けじと応戦する。


「ラシェル!?そんな話ボクは一度も了承して――――!」

「――――ご主人さま?」


 ゾッと。

 背後から絶対零度のような寒気が襲った。

 それは我が従者による冷たい視線。彼女のお盆にある淹れてくれた紅茶が一気に冷めるような視線が俺へと注がれる。


「違うんだシエル……ラシェル……話せばわかるから……」


 座りながら後退りするも、立って歩くシエルは間違いなく俺との距離を詰めていく。

 今回ばかりは巻き込まれたばかりで俺に非はないと訴える。

 そんな誤解が解けたのは今から更に一時間後のことだった。

2025.1.6 修正

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― 新着の感想 ―
[一言] 6歳なら問題にならない、と。中身はともかく。みんなで仲良くじゃれあっていける。 けれど、6歳でなくなったらどうなるか、というのが次回からなんですね。
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