045.乱入者
「ふぅ……。随分買い込んじゃいましたね」
「これだけ揃えればしばらくは買わなくてもよさそうだね」
夜が近い。
太陽が段々と低くなっていき、もう1時間ほどで日没となる城下町。
未だ賑わいがピークを維持しているメインストリートからほんの少し離れた位置で眼の前の馬車を覗き込む。
車内には大きめの室内。それを半分埋め尽くすほどの大小さまざまな箱で占められていた。
今日の買い物の成果。戦利品。主にシエルの服ではあるが両親がついでにと言わんばかりに俺の服までも山のように買ってきた結果、相当量の買い物になってしまった。
シエルも俺のも、成長を見越した服のラインナップ。おそらく5年は服に困ることはないだろう。そう思うほどの山を前にして俺達二人は達成感を味わっていた。
「シエルも満足した?」
「はいっ!とっても!」
荷物に占領された結果大の大人二人がせいぜいの車内にシエルが足を踏み入れながら、満面の笑顔で振り返る。
買い物はストレス発散にもなる。延期になった誕生日。これで少しは穴埋めになっただろう。
そのスッキリとした笑顔に俺もホッと一安心していると、彼女は馬車の窓からこちらに身を乗り出してくる。
「ご主人さま!」
「うん?」
「今日はありがとうございました!やっぱり私、ご主人さまの従者になってよかったです!大好きです!!」
それは彼女なりのめいっぱいの感謝だった。
夕焼けに照らされてるのか頬をほんのり赤く染め、ニッと笑うシエルに俺も思わず笑みがこぼれる。
「俺も、シエルが従者でよかったよ。好きだよ」
「っ……!まったくもう、ご主人さまってばそんな軽々しく……」
もちろん変な意味では決してない。
不安な異世界。彼女がいなければ身の回りのことはおろか一般常識さえも怪しかっただろう。彼女がいたから陰ながら耳打ちしてフォローしてくれたり、彼女がいたから不安な異世界を穏やかに過ごすことができた。
感謝もあるし家族愛だってある。本心を口にしたつもりだったが彼女は一瞬言葉を詰まらせながら不満げに口を膨らます。
「シエルも同じこと言ってたよね?」
「私はっ……!私はいいんですっ!でもご主人さまは軽々しく口にしてはいけませんっ!!」
「えぇ~」
なんとも理不尽な要求だった。
恐ろしいジャイアニズム。シエルの要求に驚いていると彼女はクスリと笑いながらこちらに手をかざしてくる。
「さっ、帰りましょうご主人さま!」
「そうだね。……ところでもうボクが従者設定はもうしなくていいのかな?」
「やっぱりご主人さまはご主人さまなので。これが一番落ち着きます。……あっ、でもすごく新鮮ですごく嬉しかったです!今後もほんのちょっとだけなら……またリクエストしたいなって」
「……そっか。よかった」
悪い気はしていないようでよかった。恥ずかしそうにはにかむ彼女を照らす夕焼け。もうそろそろ帰らないと一気に暗くなってしまうことだろう。
今日は馬車二台体制で来た。もう片方の馬車には既に両親が乗り込んでいて俺待ちの状況。迎え入れようと席を空けながら待ってくれているシエルに軽く手を上げながら、乗り込もうと手すりに手をかける。
「――――やぁっと!!みつけた~~~!!!」
「っ――――!?」
――――しかし、俺が馬車に乗り込もうとした寸前、そんな叫び声が高校から響き渡った。
驚いて後ろを振り返れば、そこには俺と同じくらいの背丈の女の子が膝に手を支えにしながらゼエゼエ肩を上下させている。
「えっと……見ない髪色ですが……ご主人さま、お知り合いですか?」
「いや…………たぶん……」
おずおずと問いかけるシエルに俺は首を横に振る。
俺の交友関係は極端に狭い。シエルを筆頭にマティとエクレールくらいだ。
眼の前にいる女性は俯いて顔はわからずともその二人ではない。金の髪を持つ少女。その服は城下町では目立つであろう、無地の白を首元から足先まで包んだ汚れ一つないアオザイ…………
アオザイ……何やら聞き覚えのある響きが……。
「その服に髪……もしかして……ラシェル王女!?」
「はぁい。贈り物は受け取ったかしら?せっかくだから会いに来ちゃった」
一度見たら忘れることはない。
美しい金の髪にこの世界で彼女以外に見たことのないアオザイ。
真っ直ぐ俺を見つめるその紅い瞳は隣国……アスカリッド王国の王女様であるラシェル王女殿下その人であった。
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「粗茶ですが…………」
コトリとテーブルに湯気立つカップを置く。
急いで淹れた紅茶6つ。この部屋にいる人数と同じ数。
6人もの人が一堂に介したこの部屋は、まるでお通夜のようにシンと静まり返っていた。
誰も音の一つも立てない恐ろしい空間。誰しもがピリつく空気感に俺も怯えつつ空いた席へ腰を下ろすと、唯一その空気をものともせずに鼻を鳴らして置かれたカップをぐいっと傾ける。
「……うん!美味しいわ!粗茶だなんて謙遜しなくてもいいじゃない!」
「いやぁ……恐縮です」
この世界に本来の意味はともかく粗茶という言い回しは広まっていないようだ。
背筋を伸ばし真っ直ぐとみつめる紅い目は俺だけを捉えている。
「それで!ここがスタンのお屋敷なのね!静かでいいところじゃない!」
「ど、どうも」
どういうテンションで彼女と関わればいいかさっぱりわからない。
俺は眼の前の元気な少女……ラシェル王女に圧し任されていた。城下町で突然接近してきた彼女。なぜこの国にとか、なぜ俺をとか色々あるが、それよりも気になる二人へと目を移す。
「…………」
「…………」
二人とも無言で、ジッとこちらを見つめていた。
1人は不機嫌そうに腕を組んで、もうひとりは上品に笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
マティにエクレール。この二人については本当にわからない。あのあとラシェル王女が『出てきていいわよ』などと言った途端出てきた二人組。なぜ二人までも城下町にいたのか。そして結託していたのかなど理解が追いついていない。
「……レイコさん」
「何でしょう。スタン様」
「とりあえず簡潔に説明願えます?」
理解できないなら誰か分かる人に聞くまで。
そう考えた俺はこの中で最も頭が回るであろうレイコさんへと助けを求めた。
俺とシエル、訪問者の女子3人に加えて6人目であるレイコさん。この中で最も俯瞰し客観視できるであろう彼女に問いかけると、相変わらずの鉄面皮でほんの少し考える素振りを見せる。
「……そうですね。至極簡潔に説明いたしますと、全員スタン様と同衾するためにこちらに参った次第です。やりましたねスタン様、王女様二人を加えたハーレムですよ」
「そっか、同衾かぁ―――――ど、同衾!?!?」
無表情で繰り出されるはとんでもない言葉たち。
経緯も何もかもを吹き飛ばした驚くべき簡潔具合。俺は理解を越えた説明に声を上げ、変わらず鼻高に自信満々なラシェル王女へと改めての説明を求めるのであった。
2024.11.29 修正