044.サプライズプレゼント
「よい……しょっと!」
ドスン!
そんな音が鳴るかのように腕いっぱいに抱えた荷物を馬車の荷台に乗せていく。
馬車というのは楽なものだ。
人を乗せて長距離を進むのはもちろん、物を運ぶ時にも重宝する。
人を乗せ、荷物を乗せ、時にはその中でゆっくりと休みながら目的の場所まで移動することができる。
まさに文明の利器代表ともいえる馬車は、今回の街散策において十二分に役立ってくれていた。
歩きで2時間ほどかかる距離の負担軽減や時間短縮はもちろん、購入したものを放り込んで手ぶらで散策し続けることを可能にしてくれる。
置いた荷物は全てシエルの服。これまでなかった分相当量を買い込んだ彼女の服は、もはや俺の背丈を超えるほどとなってしまった。
「ご主人さま~!次のお店行きましょ~!!」
「うん!今行く!!」
先行していた彼女の呼びかけに応えながら休憩もそこそこに声の元へを走っていく。
今日は俺が従者となる日。ファッションの口出しから荷物運びまで全て俺の仕事となっていた。
『デートなのだから自分も持つ』とシエルは言ってくれたがこれは精神15歳の男としての小さなプライド。手を差し出す彼女を振り切って荷物を1人で抱え馬車へと運んでいた。
今日これが徒歩で来てたら大変な事になっていただろう。背丈を超えるほどの洋服の箱たち。これらを持って帰るなんてとうていできっこない。
馬車があってくれて助かった。助かったのだが……しかし一方で便利がゆえに欠点も確かに存在する。
それは買いすぎるということ。
買ったものを右から左の如く馬車へと突っ込んでいくと自らのフットワークは軽くなり、あっちの店へこっちの店へと突き進む体力が持続してしまう。
俺のような目的の物以外は興味ない人にとってはなんら問題ないのだが、逆に買って見て回ることが楽しい人にとっては無限ループのようなものだろう。
買っても買ってもその両手は軽い。だから体力の消費が少なく店から店へのハシゴが捗ってしまう。
その証拠として今日一緒に来た従者であるシエルも…………
「ご主人さま!これなんてどうですか!? このお洋服!ご主人さまに似合うと思うんですけど!!」
「う、うん……いいと思うよ……」
彼女は自らの洋服を買うという目標を終えたにも関わらず、またも店に舞い戻って新たな服を漁りまくっていた――――
「短パンもいいですしワンポイントのスカートもいいですし……ご主人さまに似合いそうなのがたくさんあって目移りしちゃいますねぇ……」
「シエルさん、これなんてどうですか? サスペンダー型の短パンなのですが」
「いいですねっ! ですが紺よりもあっちの黄色のほうが明るくて可愛んじゃないかと――――」
女が三人集まれば姦しい。
今回は二人だが、その言葉はどうやら本当のようだ。
今日の主役であるシエルと、護衛兼先ほど合流したメイド長。
両者は服屋をハシゴしながら俺の服を見繕っていた。
さっきシエル自身の服を買うためハシゴしたのに2ループ目。もはや女の子の体力は無尽蔵かと思うくらいのアクティブさだ。
しかも俺の服を漁ると聞いてはメイド長も参戦しちゃって……。
二人して服を漁っている姿はなんだか新鮮だ。
買い物している姿を見てこなかっただろうか。それともシエルが俺以外の人と深く関わる姿を見てこなかったからかもしれない。
ああでもないこうでもないと言い合いながら二人して漁っている様はまるで親子のよう。それほどまでにシエルは楽しそう。
「あ……あの……スカートは勘弁してくれない……?」
――――たが、俺は楽しいよりも恐怖が勝っていた。
楽しげなシエルとは裏腹に、こちらはまさしく戦々恐々。
さっきから手を取る服は女物ばかり。どんな服を提示されるかわかったものではなく気が気でない。
短パンやサスペンダーは好みでないけど全然許容できる。けれどスカートには異を唱えたい。俺には全く似合わないだろうに。
「そうですか? ご主人さまなら似合いそうですけど……」
「いやいやいや……」
さすがにそれはないと断言する。
彼女が今まで手にしていたのは蛍光色のミニスカート。そんなものを履いた日にはマティに色々言われること間違なしだ。今日来てなくて心の底からよかったと安堵する。
渋々ながらも棚へ戻した彼女は、ピョンと俺の横に移動しながら手を取ってキラキラした瞳で俺を見つめてくる。
「じゃあっ! ご主人さまの好みのものを教えてくださいっ!」
「へ? 自分の服を選ぶならってこと?」
「はいっ!」
まぁ、それくらいなら全然いいけれど……
ここは街の中でも大きな洋服のお店。ちょっと奇抜なものもあればカジュアルな服まで様々な種類を取り揃えている。
ギュッと手を繋いだ彼女は気になるが、変な服を選ばれるよりも全然いい。
今日一日隅々まで散策した上、2ループ目だから店の配置はある程度頭に入っている。
一切迷うことなく進んだ先はカジュアルなものが並ぶコーナー。
そこで選ぶのはよくある白いシャツに黒いパンツ。日本のサラリーマンが仕事で着ていてもなんら違和感ないものだ。
「これらとか?」
「これ……ですか。なんというか……普通ですね」
「坊ちゃまはもっと冒険したほうがいいかと」
「散々な言われようだね……」
シンプルイズベスト。迷ったら間違いがない。毎日の服をセレクトするのすら面倒な俺に最高のセットを提示してみせるも、二人の表情は微妙そのもの。
普通こそ最高だと言うのに。けれど両者はそんな者に目もくれず他の棚へと向かっていく。
「やっぱりご主人さまはこういう、カラフルなシャツのほうが……!」
「さすがに派手すぎるから置いておこうね。僕たちもそろそろ学校入学するんだし、相応しくないと」
「むぅ………」
手に取ったのは店の隅の隅にあったアロハシャツ。よくそんなものを見つけたと感心するほどだ。
せいぜい父へのお土産くらいだろう。受け取ったシャツを棚に戻すと、視界の端にピンクのヒラヒラとしたものが目に入る。
「……メイド長、これは?」
「かわいいかわいい坊ちゃまにはこういうものも似合うと思いまして」
メイド長が見せたのは上から下までピンク水玉のワンピース。
夏場には涼しくていいと思うが、問答無用で身体に当ててきたのを引っ剥がす。
「絶対に着ませんから。戻してきてください」
「坊ちゃまってば恥ずかしがり屋さんですから」
さすがに精神年齢的にそのワンピースは精神が無事で終わるわけがない。
文句を言いながら去っていくメイド長を見送っていると、入れ替わるように再びシエルがやってくる。
「ご主人さま、こういうのはどうですか?」
「次はどんなネタモノを…………って、ハンカチ?」
おずおずと。彼女が差し出したものを警戒しながら手に取ったそれは以外にもハンカチだった。
手のひらサイズの、なんの変哲のないハンカチ。タオル地で黄緑色のシンプルな無地柄。
値段も手頃だし、これなら俺のお小遣いでも買えそうだ。
「はい。ご主人さまのハンカチは使いすぎてほつれておりましたので。そろそろ新しいのをと思いまして」
「たしかに。こういうのなら……」
言われてみれば俺の使うハンカチは同じものを使いまわしてボロボロになってきていた。
手にしたそれは愛用のものとあまりコンセプトが変わらない俺好みのもの。
これならアリだ。そう思って会計に向かおうとすると、シエルが突然手を伸ばしてハンカチをひったくられる。
「ではご主人さま、買ってきますので少々お待ち下さい」
「えっ!? ちょっとシエル!?」
ひったくってからは一瞬だった。
俺の静止を聞くこともなく、まるで疾風の如くスピードで会計に向かうシエル。
「……シエルが使う用かな?」
もしかして俺には好みを聞いただけだったのだろうか。
自分で使うために従者としてあまり可笑しくないようなハンカチを探していたのかも……そんな思いで店員さんと話す後ろ姿を見つめていると、会計を終えたシエルが可愛らしい袋に包まれたハンカチを手に戻って来る。
「おまたせしました」
「おかえり……。シエルも欲しかったの?」
「いえ、私が欲しいというわけでは…………ご主人さま、どうぞ!」
「…………へ?」
彼女自身が使うもの……。そう思っていたハンカチだったが、シエルは唐突に手にした可愛らしい袋をこちらに突き出してきた。
日本でもよくある、プレゼント用に可愛くラッピングされた袋。それを満面の笑みで俺へと手渡してくる。手にした袋を開けて見ると先程のハンカチが顔を出してくる。
「……これは?」
「はい! ご主人さまへのプレゼントです!!」
「…………プレゼント?」
…………プレゼント?
誰が?シエルが?誰に?俺に?
一体全体どういうことだ?今日はシエルの誕生日振り替え。彼女の服を買いに来たというのに何で俺に買っているんだ?
「どういうこと? 今日はシエルの誕生日の続きじゃ?」
「だってご主人さま、今回のお洋服全部お代出してくださいましたよね?」
「そりゃあシエルの誕生日だしね」
今日のシエルの服は、全て俺の持ち出しだった。
と、いっても自分で稼いだわけではなくお小遣いなわけだが。それでも出す分には問題ないくらいには貯めている。
「確かに今日は私の誕生日の代わりですけど……私だってご主人さまにもっともっと感謝されたいんです!あの日死んでもおかしくなかった私をずっとお側に置いてよくしてくれて………せめてもの感謝のお気持ちです!」
ほんの少しだけ恥ずかしそうに。モジモジさせながらもその言葉ははっきりと告げてくる。
手を後ろに回し、身体を少し左右に振りながら笑って見せる少女。
「……私のお洋服のお買い物中、メイド長と一緒に話していたんです。ご主人さまになにかプレゼントしたいって。だから気に入ってくださるのを探してて……受け取ってもらえると嬉しいです!」
「シエル……」
服を買い終えてから二人してずっと俺のものを探していると思ってたけど、まさかそんな事を考えていただなんて思いもしなかった。
不安気な視線が俺を見つめる。きっと受け入れてもらえるか心配なのだろう。そんな彼女に俺はそっと頭に手を乗せ、微笑んで見せる。
「ご主人……さま?」
「ありがとう、シエル。 このハンカチ、大切に使わせてもらうね」
「…………はいっ!」
貰ったハンカチを胸ポケットに入れ、手を繋いだ俺たちはともに笑顔。
そんな俺たちは少し遠くで見守ってくれているメイド長のもとへ、ともに駆けていくのであった。
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「――――決めたわ」
「何を決められたんですか?アンジェリカ様」
お店から少し離れた木陰。
伺うように店を見つめる二人のうち赤髪の少女は、何かを決心するかのように立ち上がる。
「私、今度スタンを拘束する」
「こっ、拘束!?突然何を言い出すのです!?」
それは立派な犯罪宣言だった。
突然の宣言に隣で双眼鏡を覗いていたエクレールは目を丸くしてマティナールを見上げる。
「拘束して……逃げられないようにしてアイツに水玉ワンピースを着させるの。絶対抵抗するだろうけど絶対似合うわよ!」
「本人にとってはトラウマものですけど……」
「でもエク……オリヴィエ、アイツのワンピース姿よ。想像してみなさい。さっきメイド長が当ててるの見たけど絶対似合うわ!」
「それは……たしかに……」
グッと拳を固く握るマティナールにエクレールもそっと同意する。
目的の人物もまた幼い。中性的な顔立ちを残しており、髪型と衣装を整えれば女にもみえるほど。
ダメ押しに一瞬だけ見えたワンピース姿。あれを間近で、実際に着たところを見てみたい。そんな思いが二人の間で共通認識として広がっていく。
「でしょう?今度協力なさい。もちろん記録用魔道具持ってきてよね」
「うぅ……本当はいけないことですけど……私も見たいです……!スタン様、すみません!!」
それは陰ながらの作戦会議。
二人でコソコソ話し合っていると、不意に後方からザッ……と何者かの足音が聞こえてくる。
「あら、面白そうな話をしてるじゃない。ちょっと一枚噛ませなさいよ。"オリヴィエ"」
「っ……!あ、あなたは…………!!」
夕焼けになるのも近い昼下がり。
二人の少女に割り込んできたのは、凛とした自信満々の女の声。
レイコという万能の護衛がいるにも関わらず後方からやってきた不意の言葉に驚いて振り返ったエクレールは、風に揺られてたなびく金の髪に、驚きに目を丸くするのであった。
2024.11.28 修正