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030.かき氷とメイドさん

「暑いねぇ……」

「暑いですねぇ…………」


 カランと解けた氷がコップにぶつかって心地よい音を立てる。

 ダラダラと流れる汗。背中に張り付く不快感を取り除く方法などこの世界に限られている。

 その筆頭候補がご自慢の浴室でシャワーを浴びること。確かに一瞬のうちに不快感はなくなるが、すぐさま暑さで新しい服が汗にまみれて不快になるという無限ループ。


 どうあがいでも暑さから逃れることは出来やしない。

 俺は夏場の動物園にいるカピバラのようにダラダラとテラス席に身体を預け、チーズのようにとろけていた。



 あれから――――俺が日本で事故に遭い、この世界に来て3ヶ月ほどの時が経過した。

 春先にはこの子供憑依してどうなることかと思ったが、全く知らない土地や人々との暮らしにもすっかり慣れ、日常となってしまった。

 どうやらこの世界にも四季があるらしく、季節は春を越えて夏。日本から見たら地獄と名高い夏の季節の到来だ。

 ムシムシ・ミンミン・ジメジメと。この世の不快指数を煮詰めたような高い湿度と年々上がっていく熱気。

 まさに総日本蒸し焼き計画を喰らっているんじゃないかと思うような日本の夏と違い、この世界の夏は幸せなものだった。


 あくまで体感でしかないがこの世界の夏のピークはおよそ30度。湿度も全く高くなく、日本と比べたら大違いだった。

 身体は変われど記憶はあの苦しい日本の夏を覚えている。連日更新される猛暑。酷いところは40度まで達しエアコンがないと生きていけない。そんな日本の夏と違ってこちらはまさしく天国のよう。――――ではあるが、今日ばかりは違っていた。


 雨の次の日。夏真っ盛りの照らしつける太陽。気温も湿度も以上に上がった今日は、まるで日本の猛暑かと思うほどの不快感が俺達を襲っていた。

 テラスに出ているのはささやかな抵抗。吹き付ける風は湿度を伴って気持ち悪いものだが、部屋にいるよりずっといい。

 珍しく頑張り屋のシエルも向かいに座って身体を預けている。きっと金属製の机が気持ちいいだろう。


「こんなに暑いならいっそ、冷凍室に籠もりたいねぇ」

「妙案です……と言いたいところですが、そんなことしたら前みたいに凍え死んじゃいますよ……」


 だら~っと、二人して解けたチーズのまま益体のない会話を繰り広げる。

 この屋敷に設置された暗室だ。室内は魔道具でしっかり冷やされており、冷凍物も安心して置いておける小部屋。

 以前暑いからと入ったはいいが、そのあまりの寒さに5分と持たなかったことは記憶に新しい。脱出後は余計に暑く感じたものだから避暑地としての利用はナシとなった。


 流石にこの世界にはエアコンなんてものは存在していない。

 故に今日が特別だからと文句を言いつつ時間が過ぎ去るのを待っていると、ふと目の前に真っ白な帯が置かれるのに気づいた。

 シエルだ。彼女もさすがにメイド服は堪えたのか腰回りに巻き付けていた帯をほどいて圧迫感を軽減させている。


「シエル、せっかくだし服着替えたら?周りのメイドさんたちもシャツで働いてるでしょ?」


 チラリと部屋の扉をみると、タイミングよく廊下を歩くメイドさんの姿が。

 夏場にメイド服は流石に辛いだろう……ということで、父は来客がない時に限り服装自由と定めた。いわゆるクールビズだ。

 しかしシエルはそんなお達しがあってもメイド服以外を着用しようとしない。むしろ見たことがない。


「お心遣いありがとうございます。ですがこの服を気に入っているのです」

「そっか……。ちなみに他の服って持ってるんだよね?」


 シエルはこの家に雇われている形。当然賃金は渡されている。むしろ俺のお小遣いより遥かに多い量を貰っていることだろう。


「勿論です。前回の休日も奥様とマティナール様とで一緒に街へお買い物をしに…………そうだっ!!」

「――――!?」


 ガタンッ!

 と、これまで一緒にとろけていたシエルが何を思い出したのかおもむろに立ち上がった。

 そのあまりの勢いに座っていた椅子が後ろに倒れ俺も思わず身体を大きく震わせてしまう。


「ご主人さま、少しお待ち下さい!”いいもの”をお持ちしますのでっ!!」

「う、うん……」


 何を思いついたのだろう。

 シエルはそのままロケットスタートをかますかのように、勿論倒れた椅子は直してからダッシュで部屋を出ていってしまった。


「――――いいもの?」


 パタパタと駆けていくシエル。遠くでメイド長の叱る声と謝罪の声が聞こえてくる。

 あまりの慌てように周りが見えていなかったのだろう。聞こえてきた彼女の声に苦笑いしながら暫く待っていると、数分でその姿が再び舞い戻る。


「おまたせしましたご主人さま。”いいもの”をお持ちしました」

「………おぉ!」


 そう言って持ってきた両手いっぱいのお盆に乗せられていたのは透明な器に山盛りとなった夏の風物詩だった。

 高さにしておよそ15センチ。この世界に来て初めて見るそれに俺も思わず感嘆の声を上げてしまう。


「かき氷か!懐かしいっ!」

「以前街に行った時にフルーツを販売している行商人がいらっしゃったのです。暑い日にご主人さまと食べようって勝って正解でした!」


 コトリと眼の前に置かれたのは古き良きかき氷だった。

 山盛りの砕かれた氷、そして周りにはフルーツが乗せられて上から黄色いシロップの掛けられたかき氷。

 これなら今日の暑さも乗り切れると解けたバターから瞬時に人の形を取り戻していく。


「どうぞ、ご主人さま」

「ありがとう!……………ん~!おいしいっ!!」


 シャクリ

 口に入れたら瞬時に氷が解けていく感覚。ふわふわな氷が口の中で解けていき、キーンとする痛みを越えた先に絶世の甘みが口の中で舞い踊る。

 おそらくシロップも自作していたのだろう。周りに乗せられたフルーツの甘さと見事ベストマッチし、夏の暑さから一気に清涼感が生まれていく。


「ふふっ、喜んでいただけてよかったです。私も正面失礼しますね」

「あぁ!やっぱりこういう日にはかき氷だよねっ!…………って、あれ?」


 お盆に乗せられていたのはかき氷2つ。

 テラス席の向かいに座った彼女も食べようと腰を降ろすと、ふとおかしな点に気がついた。

 頭を働かせるまでもない。見比べれば一目瞭然。俺のかき氷は色とりどりの豪華仕様だが、シエルの分にはフルーツが一つも載っておらず、氷とシロップのみとなっていた。


「シエル……フルーツは?」

「えっ、あ。いえ、お見苦しいものをお見せしております。街でフルーツを買い求めたはいいのですが流石に衝動買いで予算も少なく、購入できたのはご主人さまの分のみとなっております」

「……………」

「あっ!お気になさらないでくださいね!私が喜んでほしくて勝手に買ったものなので!」


 そう言ってパタパタと手を振る彼女の顔は心残り一つさえも浮かんでいなかった。

 本当に本心から言っているのだろう。「いただきます」と行儀よく手を合わせてから何も無いかき氷を口にいれる彼女を見て、俺は黙って自らが座っている椅子を持ち上げる。


「美味しいですねご主人さま!…………って、どうして隣にいらっしゃるのですか!?」

「…………。シエル、あ~ん」

「えぇっ!?ご、ご主人さま!?」

「あ~ん」


 彼女の問いに応えることなく、俺は黙って持ってきたかき氷からフルーツを取って彼女に差し出す。

 突然隣にやってきたこと、そして唐突に差し出されたフルーツに二重で驚いている彼女は俺の顔とフルーツで視線を行き来している。


「いえっ、それは私がご主人さまにお渡ししたものなので!」

「うん。貰ったからこそ俺がシエルにあげても問題ないでしょう?」

「でも……」

「それともシエルは主人にずっとこの体勢で居続けさせる気?結構辛いよこの体勢」

「~~~~~~!!」


 地味にシエルの口元へ狙いを定めてフォークを差し出す体勢は辛い。腕も震え何分も維持出来ないだろう。

 自らが口にしないとこの体勢は解かれることはない。俺自信を人質にした見事な作戦に嵌まったシエルは顔を真っ赤にしてパクリとフルーツを口に収める。


「どう?美味しい?」

「…………嬉しさと恥ずかしさで味がわかりません」

「ははっ、正直だね。じゃあもう一個どうぞ」

「いえっ!流石にもう一個は……!!」

「あ~ん」

「~~~~!」



 もう一つを同じ要領で彼女に差し出せば更に真っ赤になった顔でフォークに口をつけていく。

 口元に手を当てて顔をそらしながら咀嚼する彼女はまるで小動物のよう。全部飲み込んだ彼女は赤い顔のままこちらを睨みつける。


「……ご主人さまのイジワル」

「虐めてない虐めてない。でも、恥ずかしがるシエルも可愛かったよ」

「~~~~! もうっ!そんな事ばっかり言って誤魔化すんですから!誤魔化されませんからね!」


 フンッ!と腕を組んで顔を背ける彼女だが、への字になった口元がユルユルになっているせいで全く覇気がない。

 そんな彼女とともに俺達はもたらしてくれたかき氷の涼を楽しんでいく。


 


 サァ――――とかき氷のお陰で数段と楽になった心地よい風が俺たちの間をすり抜ける。

 汗を吹き飛ばしてくれる風。もうあと暫くで夏を越え秋が来るだろう。

 そうなれば学校に入学する季節となる。人生二度目の学校もうまくいくといいのだが。


「そういえばもう学校まで2ヶ月くらいだけど、シエルは宿題終わった?」

「宿題ですか?後少しというところです。」


 話題も変われば彼女もまたスイッチが切り替わるように普通に返答してくれた。

 年齢というアドバンテージがあって、1週間で終わることができた俺と違い、彼女はメイドとしての仕事も並行しているから、丸一日をガッと宿題に当てることは難しい。

 俺でさえ日中丸々使って1週間かかる量だったんだ。シエルは無事に終わらせることができるかと常々心配していたが、順調なようで何よりだ。


「じゃあ、何の心配もなく学校に行けるわけだね。秋からのメイドの仕事は大丈夫?」

「はい!掃除や洗濯につきましてはメイド長や他の方々が私の分も埋めてくれるということでしたので。あ、でも!勿論ご主人さまの身の回りだけは死守しましたので!」

「別にそれくらい、ボク一人でもできるし他のメイドさんに頼んで良かったのに」

「だーめーでーすー! 私はご主人さま専属メイドですから!共通のお仕事ができない分そちらで頑張らないとっ!!」


 確かにそういう名目でこの家に招き入れたが肩肘張らなくたっていいのにと頬膨らます彼女を見てしみじみ思う。

 彼女もまだ子供。色々と遊び盛りの年頃だろう。メイド長も『頑張りすぎ』と評しているくらい。たまには遊んだっていいはずだ。


 彼女のリフレッシュ目的で街でも行こうかと一瞬思案したが、すぐにその考えは棄却される。

 あの春の誘拐騒ぎの一件以降俺が敷地の外へ出るのはかなり厳しくなった。

 メイド長や親同伴なら当然問題ないが、子供だけや大人と言えどもメイドだけを連れてというのも禁止されている。

 シエルが街に行ったのは殆ど強引だった。母が無理矢理マティと一緒に女子会と称して連れ出しただけ。そうでもしないと変なところで強情な彼女が聞くことはない。


 シエルの休日問題。今の俺はそれが大きな悩みだ。

 日本という環境で労働問題やらを目にしてきた影響だろうか。いずれ神山を背負って立つ勉強をしてきた分、彼女の熱心さはありがたいと同時に危機感さえ覚える。

 本人は「自分がしたいこと」と言って休もうとしないものだからいずれ爆発しないかヒヤヒヤだ。

 何か、シエルが休むに足る理由とかは…………


「……そういえばシエル」

「はい?なんでしょう?」

「シエルって元貴族だったんだよね? その時って何して毎日過ごしてたの?」

「貴族だった頃……ですか? あの頃はお父様もお母様もお仕事で忙しく、普段はメイドさんの誰かと遊んだり、こうやって一人庭でのんびり……ってところでしょうか」

「そっか……」


 どこの家庭も大差ないということみたいだ。

 忙しい両親に変わってメイドと遊んで、今日の俺みたいにテラスでゆっくりと無為な時間を過ごす。

 寝ても覚めても勉強勉強の前世とは大違いだが、この世界では標準みたいのようだ。

 なら貴族の暮らしは身についてると。ならば……。


「じゃあさ、ボクに変わってご主人さまになってみない?」

「…………? どういうことです?」

「シエルっていつもボクの為に頑張ってくれてるからさ、ボクが……メイド?するからシエルがご主人さまになってよ」

「へっ……? えぇ!?どういうことです!?私がご主人さま!?」


 突然そんな提案されちゃ混乱もするだろう。

 しかし、ふと思いついた計画ながらそれは中々理にかなっていた。


 前々から気にしていた、彼女の疲労問題。

 春から今までずっと、シエルは一日の休みもなく俺の側についてアレヤコレヤと身の回りの世話をし続けてくれていた。

 決して彼女自身からは言い出さず、表情にも見せないがきっとその内側には疲労が蓄積していることだろう。

 だからどうしようかと考えていたが前々から頭を悩ませていたが、俺と立場を入れ替えればいいんだと自らの思いつきを称賛する。


「い、いえいえいえ! いけませんよご主人さま!この家ではカミング家一人息子のご主人さまがご主人さまなんですから!」

「そういう難しい話じゃなくって、遊びみたいなものだよ。一日だけ役割を変えてごっこ遊びしないかってこと」


 さすがに本格的に戸籍さえも俺がメイド……もとい執事になってシエルがご主人さまになるなど、俺たちの問題だけじゃないだろう。

 けれどごっこ遊びにしてしまえば問題ない。シエルに休んでもらうための中々良いプランだ。


「でも……。いえ……これはもしかして……」


 ずっと抵抗の姿勢を見せていたシエルだったが、ふと「もしかして」と独り言を漏らすとともに抵抗が弱くなった。

 なにか彼女なりの受け止めがあるのだろうか。そう思って様子を伺っていると控えめな視線が俺を見上げてくる。


「もしかしてこれは、私に向けた誕生日プレゼントでしょうか?」

「……えっ?」


 何かを考えていたシエルだったが、ふと思い至ったかのように問いかけたのは考えもつかなかった言葉だった。

 誕生日。それは身近な人が生まれた日。誰が。この話の流れだと決まっている。


「きっとそうですよね!もしかして誕生日についてメイド長にお聞きになりましたか?」

「そ………そうなんだよっ!隠そうとも思ってたけどやっぱり仕事に支障をきたすかなって!」


 思いもよらぬ情報に内心飛び上がるほど驚愕した。しかしそれを顔に出すわけにはいかなかった。

 一人納得するように手を合わせた彼女に俺は知っていたかのように同意する。

 主人としてのプライドとして。そして何よりシエルからの信頼を裏切りたくないから。


「……確認のために聞くけど、シエルって誕生日いつだったっけ」

「そうですね……ちょうど1週間後ですね」


 ふと部屋の壁に貼られたカレンダーを見て計算し、導き出したのは1週間後。

 完全に寝耳に水の話。何の準備もしていない。けれど1週間もあるのは行幸だ。これはピンチでもありチャンスでもある。


「そ、そうだよね!計画と間違ってなくて良かった!来週のその日、シエルの一日ご主人さまデーにするから!ちょっと用事思い出したからこれで失礼するねっ!じゃっ!!」

「えっ!? 私やるとは一つも……! 行っちゃいました………」


 脱兎。

 このときばかりは俺は亀よりも早いウサギのように駆け出し目的の場所へ向かって部屋を飛び出す。

 きっと休みたがらないシエルだ。なんだかんだ自分も働こうとするだろう。

 ならば言い切ってしまえばいい。そうなればシエルでも受けざるを得ない状況になる。


 そんな策略を持って俺は彼女の言葉を聞こえないふりしながら部屋を後にする。

 俺は父の持つ通話用魔道具を目的に、彼の仕事部屋を勢いよく開け放つのであった。

2024.11.14 修正

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― 新着の感想 ―
[一言] 公園で遊んでいた子供達が一人抜け二人抜けしていく寂しさのような。でも、最後に一人残される訳じゃないから。 レイコさんは、イマイチ抜けていたりするのかなあ。
[一言] シエルちゃん、学校に行ける様になって良かったね。スタンといっしょに通えるよ。 エクレール王女の人柄がやっぱりわからない。どこまでが真面目で、どこからが冗談なのか。 -----------…
2022/07/09 00:22 退会済み
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