027.王族の躾
「友達……?」
「はいっ!!」
呆然と問いかける俺に、自信満々といった様子で鼻高に宣言する王女様。
「私と友達になれればメリットがたくさんありますよっ!たとえば……お城で美味しいご飯が食べられます!」
続けるように言葉を重ねる姿は、俺の困惑を更に加速させるものだった。
突然変なことをいい出した彼女になんて返そうか思いつかず言葉を失っていると、ふと隣のマティに肩を叩かれ背中を向くよう促される。
「なに?」
「ねぇアンタ、コレ……どう思う?」
「どうって……。友達作りってこういうものだっけ?」
「少なくとも私の知る友達作りとは違うわね」
王族貴族の友達作りとはこういう、この世界独特の文化慣習かとさえ思ったが、さすがのマティも困惑しているようだ。
俺達が話している間にも後ろでは王女様が必死にメリットをひねり出している。
「あとは……あと……そうっ!国が保管している美術品なども見られますよ!美術館にも行き放題です!」
さっきみたいにお付きのレイコさんにツッコミを入れてもらおうと考えたが、彼女はいつの間にか消え去ってしまい頼ることが出来ない。
しまいには俺達に代わって相槌をうってくれていたシエルが助けを求めるように視線を送っている。
「それでアンタはどうするのよ。なってあげるの?」
「そもそも王女様には他に友達いないの?」
「いるわけ無いでしょ。パーティーくらいでしか会ったことないけど王族の閉塞感は相当よ。身分が違いすぎてなろうと思ってもなれやしないわ」
貴族と平民で差があるように、貴族と王族でもまた大きな差があるということだろう。
もしかしたら彼女は友達の作り方を知らないのかもしれない。だから契約や交渉ごとのようにメリットを提示しようとすると考えれば納得がいく。
「いい加減返事してあげないとあの子の時間稼ぎも限界よ」
「……まかせて」
子供にとって対等な友達がいないというのは辛いものだ。
慶一郎も友人はいなかった。園児、小学の頃は友達付き合いも全て親に管理され、それを忌避されたクラスメイトからは敬遠された。中学に入ってからは神山を背負う者として言いつけられ、逆に俺から友人付き合いは低俗だと忌避してきた。
もしかしたら彼女は小学の頃の俺と同じなのかもしれない。今でさえ友人の作り方なんて語れるようなものではないが、シエル、そしてマティと二人の友人を見て心を固めて彼女に近づいていく。
「王女様……」
「スタン様!お友達になってくださる気になりましたか!?」
「王女様……いや、"エクレール" 」
「――――!!」
昨日名乗られた彼女の名前。その名を耳にして目を輝かせる彼女に、俺はほんの少しの人生の先輩としてゆっくりと言い放つ。
「エクレール、そういうのは友達として違うと思うよ」
「えっ――――」
俺が口にしたのは彼女の否定だった。
まさか否定の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。それは違う、認識が間違っていると告げると笑顔のまま固まってしまう。
しかし彼女元来の頭の速さと言うべきか、僅か数秒でその意味を理解したのだろう。暫くの静寂の後に開かれる口は震え、問いかける。
「それは……私とはお友達になれないと…………」
「それは違うっ!」
「きゃっ……!」
ジワリと目の端に涙が浮かべた彼女は見当違いの方向へと思考が及んでいた。
やはり彼女の教育環境は神山と似通っている部分があるのだろう。彼女のその考えは違うと否定するように肩を掴むと彼女は小さな悲鳴とともに目を丸くする。
「スタン……様……?」
「あのねエクレール、友達を作るのにメリットを提示はよくないと思うよ」
「で、ですが……メリットが駄目なら私は何を示せば……」
碧色の目が逡巡する。
そんな彼女に俺はにこりと微笑んで後方にいるマティとシエルへと振り返った。
「エクレールの気持ちを言うんだよ。メリットとかそういうのじゃなく、エクレールが二人とどうなりたいか」
「そんなもので、いいんですか?」
「もちろん。それともエクレールはボクたちのこと、メリットを感じるからだけで友達に誘ってくれたの?」
「そんなことはありませんっ……!そんなことは…………」
やはり年に似合わず頭が良い。
俺の言葉を強く否定した彼女は自分がこれまで何を提示していたかを理解したのだろう。
顔を伏せって迷いを見せていた彼女だったが、意を決したように決意の目で二人の少女へと一歩出る。
「マティナール様、シエル様」
「なぁに?」
「はいっ!」
「その……この2日間で私はお二人のことが大好きになりました。お友達になっていただけませんか?」
ギュッとドレスの裾を握りしめた言葉に二人は同時に笑顔を向ける。
「はいっ……よろこんで!」
「シエル様………。では、マティナール様も――――」
「あら、私はお断りよ」
「マティ!?」
「――――」
マティが笑顔で返事をして万事解決……。そう思われたが、マティはニヤリと笑って彼女の誘いを無下にした。
俺でさえ予測していなかった言葉にエクレールは驚きの表情で固まっている。
「ちょっと待ってマティ!この流れは頷くものじゃあ…………!」
「待ちなさいスタン。別に私は友達にならないって言ってるわけじゃないわ。"まだ"、ね」
「何が違うんだ……?」
"まだ"とは何か。何か条件でもあるのだろうか。
そんな疑問を呈す俺に彼女は「ちょっと見てなさい」とウインクしてエクレールに近づいていく。
フリーズするエクレールの正面に立つマティ。何を言うのかと黙って見ていると、彼女は両の手を広げてもう一歩距離を詰めてみせた。
「っ……!マ、マティナール様!?な……な……なにを……!?」
「―――――ごめんなさい」
一歩距離を詰めたマティはそのままギュッと立ち尽くしているエクレールを強く抱きしめた。
突然の出来事に何が起こったのか理解できなかっただろう。当の本人は目をパチクリさせながらマティのハグに混乱している。
「えっ――――?」
「ごめんなさいエクレール。昨日突然叩いたりしちゃって」
「――――い、いえっ!あれは私のせいです!私の不注意でお二人を巻き込んだのですから当然の報いで……!」
「それでも。それでもあなたを叩いたのは八つ当たりだったわ。だから謝らせて頂戴。ごめんなさい」
「マティナール様……」
「その上で私から言わせて。良ければ私と友達になってくれないかしら?」
「えぇ……。えぇ……!喜んで……!」
エクレールの頬には一筋の涙が伝った。
ギュッと彼女も手を回し、互いに抱きしめ合う。
「ご主人さま、ありがとうございます」
「シエル……」
「マティナール様も今日ずっと気にしてらっしゃいましたので。きっといつ謝ろうか期を伺っていたのだと思います」
「……あぁ、そうだね」
どことなくそんな感じがしていた。
不安や何か様子を伺う目。時折マティからはそんな視線がエクレールに向かっていた。
無事に言うことも出来て彼女としても本望だろう。
暫く抱きしめあった二人。
そんな二人はどちらからとも無くそっと距離を取り、エクレールはニヤリと笑ってこちらを見る。
「……さて、最後はアンタね」
「えっ、ボク?」
「そうよ。エクレールはアンタにはまだ言ってないじゃない。ほら、エクレール」
「そうでした!スタン様!私とお友達になってください!!」
そういえば。と、今更ながらに俺の事を忘れてたことに気づく。
しかしこの感動的な二人の抱擁。この流れで改めて友達に……だなんてこちらとしても空気が読めていない気がしないでもない。
だったら別ルートから以降じゃないかと、俺はあえて肩をすくめてそんなことかと笑ってみせる。
「いいやエクレール、それも違うよ」
「えぇっ!?でもスタン様が思いを伝えろって……」
「ううん、ボクはもう昨日から友達だと思ってたから。それともエクレールは違った?ボクの勘違い?」
「それは…………」
パチクリと。彼女の目が大きく瞬いた。
その後俺の言葉の意味を理解したのかクスリと笑ってみせる。
「……そうですね。私たちは婚約者候補でしたね」
「うん。僕達は既にともだ―――えっ?」
友達だ。そう笑ってみせようとしたところで、聞き慣れぬ言葉に思わず問い返してしまう。
婚約者……候補?それは彼女が考えていた願い予測の一つでは?
「え、エクレール?その……婚約者……候補って?」
「あら、先程言ったじゃありませんか。『思いを伝えろ』って。王家のしきたりにより異性の友人は婚約者候補となのですよ」
「なにそれ聞いてない!?」
そんなしきたり知らない!
いくら神山でもそんなしきたりなんて存在しなかった。
そんな事を声高に叫んでも彼女は受け入れてくれず。次第に見つめていた笑顔がだんだん雲を帯びていく。
「えっと、その……?」
「そんなに拒否だなんて……スタン様は私のことがお嫌いなのですか……?」
「えぇ…………」
否定することも肯定することも出来ない詰みの状態。
顔を覆ってしまう彼女の言葉は潤んでおり、何を答えても地雷に突っ込むしか道がなかった。
ならばせめて地雷は地雷でも不発を狙って。何の道が最もダメージが抑えられるか模索していると、不意にポンポン、と肩を叩かれた。
「…………スタン?」
「…………ご主人さま?」
その手に振り返るとそこには今日一番の笑顔を浮かべているマティとシエルが。
「ちょ……なんで二人との無言で近づいてきてるの?なんか怖いよ?」
笑顔が怖い。
こんな気持ちは初めてだった。
暖かな気候の中、まるで極寒のように震えが止まらなくなる。
「エクレール!どういうこと!?」
「最初は友達じゃないとか言って私の感情を弄んだバツです。甘んじて受け入れてください。…………べっ」
ベッと小さな舌を出してくる彼女に崖から突き落とされた気分になる。
気づけば俺の両腕には二人からのホールドが。
「さぁスタン、ちょっと"お話し"しましょうか」
「そうですねマティナール様。いい場所がありますよ。庭向こうにある牢屋なのですけど……」
「あらいいわね。そこにしましょうか。ゆっくり静かに"お話"できそうだわ」
「ちょ……!そこは駄目……エクレール……エクレール!!」
必死でエクレールの名を呼ぶが等の彼女はそっぽ向き。
昼下がりの暖かな日差しの下。俺は二人に引きずられながら庭へとドナドナされていくのであった。
2024.11.11 修正