101.新たな日常
「好きです!付き合ってください……!」
夕焼けに染まる校舎裏。一人の少女が目の前で頭を下げている。
彼女の頬は夕陽に照らされてなお赤い、一世一代の告白。
きっと勇気を振り絞ってくれているのだろう。ありがたいと思いながらも、俺は一瞬だけ目を逸らしつつも彼女を見据え、ゆっくりと口を開く。
「――――ごめん」
俺の口から出したのは謝罪の一言だった。
それだけで意味を理解したのだろう。その一言を聞いた瞬間、少女は理由を聞こうとする素振りも見せず、まるで逃げるように踵を返し去っていく。夕空はすっかり冷え込み、寂しげな風が吹いてきた。俺はひとりその場に取り残される。
「……はぁ」
「また、随分と派手にフッたわねぇ」
沈黙が耳をつく中、ため息をついて立ち去ろうとしたその時だった。
突如後ろから聞こえてくる声にゆっくりと振り返る。
「……マティ」
聞き慣れた声。
振り返ると腰まで届く茶色の髪をポニーテールにした少女がこちらを見て肩をすくめている。身長は160センチ《・・・・・・》に少し届かないくらい。活発で美しいその顔にはどこか呆れたような笑みが浮かんでいる。
「どこから?」
「もちろん最初からよ。アンタがそそくさと教室を出ていってるのを見てコッソリとね」
ニヤニヤと笑うマティに俺は小さくため息をつく。
「……ってことは、マティがいるなら――――」
「もちろん。あの子も一緒よ」
そう言って振り返ったマティの後ろにはシエルが立っていた。150センチそこそこの小柄な背丈で黒髪を携えた美少女。緑色の瞳が夕陽に反射しながらこちらを見つめ、彼女は一礼し恭しく口を開いた。
「本日もお疲れ様でしたスタン様。……また告白を受けていたのですね」
「いや、俺の意思とは関係ないというか……」
「受けていたのですね」
「……はい」
シエルの緑の目が鋭さを増し俺を射抜く。その有無を言わさぬ迫力に渋々頷いた。
「まぁ仕方ないじゃない。コイツの”後ろ盾”狙いなんでしょ。さっきの子だって話したこともない子だったんでしょう?」
「まぁ、うん」
「なら不可抗力じゃない。違う?」
マティがかばうように軽い調子で言うと、シエルは少しだけバツの悪そうな顔をする。
「文句ならあの王女サマに言ってやりましょ。ほら、そろそろ食堂が開く時間。混む前に早く帰るわよ」
手をヒラヒラと振りながら先に行くマティ。その後姿を見送りながら、俺とシエルだけがその場に取り残された。
「…………」
「…………」
校舎裏に静寂が支配する。
互いに黙った空気の中、チラリと隣を見下ろすとふとシエルと目が合った。
しかしそれも一瞬のことでフイと視線を逸らされる。夕陽の光を受けた横顔は少しむくれているようにも見えた。
「……ご主人さまってば、成長するたびに告白されることが増えて。。従者として心配してしまいます」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だと。俺たちだってもう大人だし」
「……日本ではまだ子どもの扱いです」
むくれる彼女の一言に思わず俺は笑みを浮かべた。
「……ご主人さま」
「うん?」
「もう間もなく……日本で入学できなかった高校生になるのですね」
その言葉に俺は思わず胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
高校生。かつての世界で夢見ていた、けれど手の届かなかった日常。
教室での賑やかな声、体育祭や文化祭の熱気、放課後の寄り道――――かつてはそんな小さな煌めきを心の何処かで憧れていた自分がいる。
けれど今は違う。この世界ではそれが叶うのだ。シエルたちといっしょに。
「……あぁ、そうだな」
俺の言葉に彼女は微笑み、そっと手を伸ばしてくる。その指先が俺の手に触れた。
自然と彼女の手を握り返して夕暮れに染まる空を見上げた。
「今度こそ、一緒に高校生活を満喫しましょうね」
「もちろん」
一日の終わりの空。晴れやかな明日を予感させる夕焼け。二人して綺麗な紅色の空を見上げていると、遠くからマティの声が響いた。
「ちょっと何してんの~!置いてくわよ~!」
「あぁ!今行く!!」
待ちくたびれたようなマティの呼びかけに、俺は笑いながら声を上げた。手を繋いだままのシエルと目を合わせ、微笑み合う。彼女はすっかり成長して落ち着きをましたけれど、どこかあどけなさを残る表情で応え、ともにマティの待つ場へと駆けていく。
あれから8年。
俺達はいよいよ高校生相当のハイスクールへの入学を目前にしている。
日本では到達することの出来なかった未知の世界に俺は心踊らせながら駆けるのであった。