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100.これから

「それじゃ、みんな世話になったわね」


 日も天高く昇った昼下がりの学校前。

 校門の前には俺をはじめ、エクレールにシエル、マティが集まっていた。

 俺達と向かい合っているのはラシェル。俺達は世話になった彼女を見送りに来ていた。


 数人の使用人が伴う馬車と俺達以外誰も居ない校門前。それは王女として人が大挙する前に授業中に退散しようというラシェルの計らい。

 彼女も最初は俺達の挨拶もまたず去ろうとしたのだろう。だが俺達はエクレールの権限で授業を抜け出し、驚いた後呆れた彼女は一人ひとりに挨拶をしてから馬車に乗り込んだ


「なかなか会えなくなるだろうけれど、機会を見つけてまた訪れるわ」


 「なんて言ったって日帰りできる距離だもの」と付け足すも、その表情は寂しそうな笑顔を浮かべている。

 それは今後王女として忙しくなるであろうことを予感させた。しかし泣き言の一つも漏らさない彼女は軽く手を招いて俺を呼んでいることに気づいて近寄っていく。 


「どうしたの?忘れ物?」

「忘れ物……間違ってないわね。スタンには最後に伝えたいことがあるのよ。……これを受け取って」

「……なにこれ?」


 窓から手渡されたのは一枚の紙。

 B4サイズ程度の紙が4つ折りにされたものだ。何が書かれているのかと手をかけると、「待って!」との声が頭上から降りかかる。


「それは私が見えなくなってからにして頂戴」

「そう……?わかった」

「ん、よろしい」


 サァ――――と、俺達の間に一陣の風が吹き抜ける。

 それは終わりの合図。名残惜しむような俺に彼女はそっと頭を撫でる。


「それじゃ、次会う時のあなたを楽しみにしてるわね。"騎士"として、みんなを守れるようになりなさい」

「騎士……?」

「職業としての騎士じゃないわ。シエルを、マティを、エクレールを……みんなを守れるようになること。お姉さんとの約束よ」

「…………うん」


 俺の頷きを見て笑ってみせた彼女は「じゃあね」と短く言葉を紡いでから今度こそ馬車に動くよう促していく。

 徒歩のようなペースでゆっくりと動き出す馬車の列。段々と小さくなっていく彼女の姿を見送っていく。


「いってらっしゃい――――」


 ふと、後ろから誰かの声が聞こえてきた。

 3人の誰か。シンプルな挨拶の言葉。その言葉を耳にした俺は、眼の前の光景がぼんやりと滲む。


 ――――それは、俺が日本で過ごしていた最後の朝。

 高校受験に向けて勉強漬けの日々を送っていたあの頃、俺の背中を押してくれたのは家の使用人たちだった。

 家族は応援などするはずもない。家から送り出してくるみんなの笑顔を背中に受けながら扉を開けたあの日。俺は自分の未来のために一歩を踏み出した。

 そしてこの学校に入学する朝もまた、未来のために一歩を踏み出そうとする時に屋敷の家族たちがみんな背中を押してくれた。


 どちらの世界でも変わらない見送りの朝。そしてラシェルを見送るみんなを見て、俺は不意にこみ上げる感情に気づく。


「どっちの世界でも……変わらないんだな」


 そう思った瞬間、俺の胸に熱いものがこみ上げてきた。

 日本で家を出たあの日、使用人たちの背中押しを受けて不安と期待を抱えたまま一歩を踏み出した。そして訪れたこの世界。あの時の俺は自分が何をできるのかもわからず、ただ必死だった。

 そして今、この世界でまた一歩を踏み出す瞬間が訪れている。この世界で出会った人たちは俺に自分の役割を教えてくれた。俺が守りたいと思える存在を与えてくれた。


 世界が変わってもそこに立つ人々の心は変わらない。

 そんな胸に暖かさを感じながら遠ざかるラシェルの後ろ姿に心の中で別れを告げながら、静かに拳を握りしめた。


 クシャリと。

 拳を握ると同時に何かが潰れる感触。それはさっきラシェルから受け取った紙。

 そういえば見えなくなってから開けって言われていた。何が書かれているのかと思いながら畳まれた紙を開くと、そこには簡潔な言葉が記されていた。


【絶対モノにしてやるんだから、私のこと忘れるんじゃないわよ!】


 たった一文、しかし彼女の想いの籠もった言葉だった。

 自信の表れ。それでもなお決して諦めてやるものかという決意表明。朝食堂のキスを思い出しながら頬に手を当てて思わず笑みが溢れる。


「俺も頑張るよ」


 それは騎士として。せめて手が届く範囲は守れるように。

 俺は豆粒になった彼女がとうとう見えなくなるまで、ずっと遥か遠くの姿を見つめるのであった。




   *****



「ご主人さま、紅茶をお淹れしました」

「あぁ、ありがとう」


 夜。いつもの時間。

 ラシェルが去ってからも日常は続く。俺達も普段通り学校で授業を受け、いつも通り日々の雑事をこなして夜の自由な時間として考え事をしていると、コトリと机に紅茶が置かれた。

 寒くなってきた冬の入口。カップから立ち上る香ばしい香りが心を落ち着け、冷えた手にじんわりと温もりを伝えてくれる。それだけでどこか救われた気持ちになりながら口をつける。


「ねぇシエル」

「はい、何でしょう?」


 俺の呼びかけに迅速に応えてくれる、信頼する従者のシエル。

 同じ日本出身である彼女に一つの決意を口にする。


「俺、この世界で生きていくよ」


 小さく漏れるような、独り言のような言葉。

 それを聞き逃さなかった彼女は少し驚いたような顔を見せる。


「それは……日本には未練がないということでしょうか?」

「もちろん未練はあるよ。特に妹が心配だ。……でもそればっかり気にしても前に進めない。この世界に来たからこそやれることがあるって分かったからさ」


 先日の村の件や俺に宿った"祝福"について。まだ謎も多いが、やるべきこと……守るべきものは今たしかに存在する。

 特に目の前の彼女は最たるものだ。絶対に守らなければならない存在であるシエルはそっと隣に腰を下ろしながら穏やかに告げる。


「どこまでだってお供します。ご主人さまが望む限り――――ずっと」

「頼りにしてるよ、シエル」


 彼女の肩を寄せると受け入れるように頭をあずけてくれる。


 俺もせめて強くなろう。ラシェルが言ったように騎士として。せめて大好きな仲間たちを守れるように。

 願うように見上げた窓の外には満天の星空が俺達を包み込むように広がる。その中でひときわ輝く星が、俺の願いに応えるように、夜空に淡い軌跡を描くのであった―――――。

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