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「じゃ、試験会場に案内しまーす」
試験前日、善が耶生の元にやって来るなりそういう。
「荷物持った?半日とはいえ一応予備のピストルと水くらいは持ってた方がいいよ」
「ちゃんと持ちました」
小さいポシェットを持っていうと善は「おっけー、ならいきましょー」と言って歩き出す。
「にしても試験前日から移動って相当遠いんですか?」
「遠いなんてもんじゃないね、徒歩だと一ヶ月くらいかかるんじゃない?」
「え、そんなに!?間に合わないじゃないですか!」
「だからE地区なんだよ」
「へ?」
そう言われキョトンとすると善は指を宙で円を描くようにクルリと回す。
「べっつに訓練するだけならB地区でも全然よかったにはよかったよ。でも態々E地区に来たのは」
そうして階段を降りるとそこには長い乗り物が一つ
電車だ。機体を覆う金属は見るからに頑丈そうで、タイヤの代わりについているのは、宙に浮かぶ為の推進装置、窓は付いておらず、代わりに操縦席らしき場所には、複数のモニターとキーボードが取り付けられている。
そしてその中央には操縦桿やペダルなどが設置されている。
「他の地区行きの交通機関がある数少ない地区だからだね」
「そうなんですね。それにしても細長いんですね?」
電車というわりには横幅が無い電車に驚く。
「そりゃね、地区外の下を通るわけだから、上には不死者が居る可能性がある。
あんまり穴を広げ過ぎたら不死者の重みで潰れたら怖いから極力穴を細くして、それに適応するために電車本体も細いの」
「なるほど」
「因みにクソ程金がかかるし、ここ予約制っていうね」
「え!?」
「まぁ他地区に行ける事なんて滅多にないから」
「ち、因みに予約はしっかりしてくれたんですよね!?お金はその……出世払いしますから!」
「必死じゃん大丈夫だよ」
「ああ、ちゃんとしておいてくれ」
「あ、予約はしてないよ」
「ちょぉぉぉぉ!?」
「でも殲滅隊だからタダかつ優先的に乗れます」
善が車掌と少し話直ぐに入って良いと言われ、二人は中に入る。
電車の中は矢張り狭く、通常の電車のように椅子があるのだが、対面には椅子はなく、一本だけだ。
「電車は早いけど、それでも一日半くらいかかるから」
「ご飯どうするんですか?」
「この鞄に入れてるから安心していいよー、トイレは電車後方ね」
人がドンドン乗り込んでいくのを見ながら足を延ばす。
「ところで」
「ん?」
「帰りってヨイさん迎えに来てくれるんですか?」
「いや、迎えにいかない、え、行った方がいい?」
「いや、私お金持ってませんし、帰れるかなって」
「そのこと……合格した瞬間から殲滅隊になるから特権使えるよ」
「そうなんですか、でも不合格になったら?」
「あー……まぁ心配はないよ。ヤヨイちゃんはしっかり受かる。そんな簡単に不合格になられたら困るし」
「いや、そりゃ受かるつもりでいきますけど……」
「言霊ってあるから、タラレバとはいえネガティブなこと言わない方がいいよ」
「…そう、ですね」
「あと一つ、君は人の役に立ちたいみたいだけど、不合格になりそうな人庇って落ちるとかはなしだからね」
「と、当然ですよ!」
「ならいいけど」
そうして耶生は不安を振り払うためにも仮眠を取ろうと目をつぶる。
目をつぶり眠り込む耶生、隣にいる善は微妙な顔をすると「……なんでどいつもこいつも死に急ぐんだか」善はぼそりと呟いた。
・・・・・・
真っ暗な夜道
その夜道を埋め尽くすように咲き乱れる彼岸花
紅い花は、空に浮かぶ満月からの月光を浴びて尚その赤さが増す。
彼岸花が咲くその先には階段と、大きな館
何処か不気味に立ち尽くすソレに、少々の恐怖感を煽られる。
それを飲み込んで、耶生は館への階段を登る。
コンクリートで造られた階段は、ところどころ欠け、罅が入っており、一段一段踏むたびにジャリッという音が響く。
「此処が、試験会場……」
階段を登り切り、先ほどより近くなった館を見上げる。
予想より二回りも大きな館
館の前には、これまた大きな門が設置されている。
年季が入っているのか錆びや、蜘蛛の巣が張られたその門に触れ、押し開く。
そのまま中に入れば、目の前には一つの看板
【奥にお進みください】と書かれた看板に従い、耶生は館から少し逸れた道に入れば開けた場所に出る。
(人いっぱい………)
そこには、同じく殲滅隊の試験を受けるであろう受験者たちが集まっていた。
見渡せばそのほとんどが男子であり、見た所女子は見受けられない。
もしかして、この場に居る女子は自分だけなのか?そう錯覚するほど周りには男子しかいなかった。
(それにしてもかなりの人数……それでも合格する人はほとんどいないんだよね…いや、弱気になるな、心で負けたら受かるモノも受からなくなっちゃう)
両頬を叩いて気合を入れる。
その時、キーンというハウリングが響く。
音の方を見るとそこには、黒髪を一つにまとめ、赤縁の眼鏡をかけた細身の黒スーツの女性がマイクを持って立っていた。全員の視線が彼女に向くと、彼女はピンっと背筋を伸ばして、綺麗にお辞儀を一つする。
「ただ今を持って受付時間を終了いたします。
では、これより不死者殲滅隊戦闘部隊、試験を開始いたします。
私、この試験を取り仕切らせていただく三坂千歳と申します。
それでは今から試験の内容を説明させていただきます」
そう言って千歳は、館を見る。
「皆様には今からあの館の中に入っていただきます。
もう知っている方も多いでしょうが、あの館には不死者が放たれています。
しかしあの館に居る不死者の”蔦”や”花”は抜いてありますのでご安心ください」
不死者はホワアンヘルと呼ばれるウイルスの感染者たちの成れの果て。
そんな彼等と同じく、人間もウイルスに感染する可能性があるらしい。
どのようにして感染するかというと、不死者なら必ず持っている蔦や、花が”体内に入れば”ウイルスに感染するのだ。その花や蔦が抜かれているなら、まず感染することは無いだろう。
「皆様にはその館で5時間過ごす、ただそれだけです」
そう千歳が言った瞬間、ギィィという軋んだ音と共に館への扉が開かれる。
「皆様、館の中へお進みください」
催促され、館の中に入る。同時に扉が一人でに閉まり始める。
扉が閉まり切る寸前、千歳はニコリとお手本のような綺麗な笑みを浮かべる。
「それでは皆様…………ご武運を」
彼女のその言葉を最後に、扉は音を立てて閉じられた。
閉じられた扉の音と同時に、目の前に何かが振って来る。
反社的に飛び退けば、何かは……不死者であった。
(どこから!?)
不死者が居るのは知っていたが、こんなに直ぐに来るなんて思って居らず驚く。
そして天井を見て、目を見開く。他の参加者も気付いたらしい
天井には、カエルのような見た目の不死者が大量に張り付き、蠢いて居てた。
そんな不死者の背中にある、目玉が一斉に私達の方を見たと思えば一匹、また一匹と降って来る。
「うわっ!気持ち悪い!!」
「俺カエル無理なんだけど!!」
「っ、数が多すぎる……!」
素早く、銃で不死者の目玉を打ち抜くが、数が多い。打った傍からうじゃうじゃと這い出てくる。
更にこの場は洋館の玄関口と言うには非常に狭く、人も多い。
満足に動くことも出来ず、下手に武器を振るえば人間に当たってしまうかもしれない。
(一旦この場から離れないと……!)
何とか人と不死者の波を掻き分け人だかりから抜け出すと、そのまま細い通路を抜け館の奥に走る。
途中三つの分かれ道があり、左の道を進む。
そのまま通路を抜ければ玄関からは想像もつかない程に広いエントランスホールに出る。
そこには他の部屋に続く扉の他、大量の傷や、凹み、乾いて赤黒くなった血が張り付いており
ホールの奥には、更に奥へ続く廊下と階段が置いてある。踊り場には窓が三枚並んでいる。
上を見上げれば天井は高く、シャンデリアはぶら下がっておらず、その代りなのか二階の床から伸びた無数の鎖が天井を這っている。横にある階段、見た所この館の構造は6階建てなのだろうと予想がつく。
(確かにこの広さなら、不死者に遭遇せずに終わることも出来るかも……まぁ、玄関でもう遭遇しちゃったんだけど)
苦笑いをすると、手を置いていた壁、通路の壁に目が行く。
玄関に繋がる廊下の壁はがさがさしていて黒くなっている。
(焦げ跡……?なんで……不死者は花無しじゃないの?)
試験に使われる不死者は”花無し”だ。つまり異能を使う不死者はいない。
ぐるりと見回すが館の内装を見る限り火が付きそうなものも特に見られない、あるのは電球くらいか。
不思議に思い首をかしげていると
「っ」
突然横腹に衝撃が走る。
そのまま体は吹き飛ばされるが、上手く受け身を取って転がる。
顔を上げれば、そこには黒い鱗を体中に張り付けた不死者の姿
「※励縺コ谿※励縺コ谿」
奇声を上げて不死者は此方に突撃してくるが、それを寸前で躱す。
追いかける様にUターンした不死者は直ぐに前足を振り上げ耶生の居た場所に正確に振り卸されダンっという音と共に館が微かに揺れ、硬い鱗を纏っているからか床に僅かに罅が入っていた。あんなものまともに食らったら死にかねない。
まずは腕を落とそうと思うが、硬く、なんとか打ち飛ばす事には成功した者の直ぐに回復し元通りに戻ってしまう。
(ヨイさんの嘘吐き!全然回復力高いじゃん!……キリが無い、予備のピストルと手持ちの弾は有限、一々手を打ってたら、先にこっちの弾が尽きる……っ)
必死に頭を回すが、その間も迫りくる凄まじい攻撃の嵐に防ぐ事しか出来ない。
(どうにかしないと………)
頭を必死に回し、一か八かの賭けに出る。
耶生に伸びてくる手を躱し元来た道へ向かって真っすぐ走る。
扉を雑に開け、その先に広がる細い廊下
廊下を全力疾走すれば、耶生を追いかけて不死者が入ろうとするが細い廊下、鱗が邪魔なのかつっかえている。やがて無理だと判断したのだろう、戻ろうと顔を少しずつ引き抜きに掛かる。
(不死者は人間だったころの習性が体に出やすいから行動が予想しづらい、でも誰でも同じように取るであろう行動をさせれば想定はしやすい!)
耶生は走っていた足を止めると再び低姿勢のまま道を引き返す。
そうして耶生はそのままの姿勢で不死者に向かって駆けると、そのままスライディングをし地面を滑る。
不死者の又の下を地面を滑ることで潜り抜けると、素早く体制を戻す。
この不死者は常に耶生に背中を見せようとしなかった。
見た所体の前には目玉は無かった。なら、背中に生えているということになる。
そして予想通り不死者の背中には目玉が一つ
不死者は直ぐに顔を抜いて此方を向こうとするが、ピストルが火を噴く方が早かった。
「イ”ァアアッアア”ア”アアアア!!!!!」
渇いた音と共に、不死者の背中に付いた目玉は破裂する。それに不死者は絶叫する。
(なんとか倒せた!)
そう完全に安堵の息を吐いた時だった。
”あ、そうそう稀に死ぬまで時間がかかる生命力が無駄に高い不死者とかいるから”
目の前に迫る尻尾
その尻尾は耶生の顔を捕らえ。
”最後まで気を付けたほうが良いよ”
ガンッという鈍い音が耳元で響いたと同時に、耶生の意識はプツリと途切れた。