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鬼畜生によるトンデモナイトレーニングを開始した耶生だが真面目にきつすぎていつか死んでしまうんじゃないかというほど地獄であった。
一人の時はサボってしまおうかとも思ったが、両親の言葉を思い出して必死に頑張った。
ただ、時折無意識のうちに漏れてしまう弱音を善に聞かれた時は訓練内容が2倍になると言う地獄の閻魔様も全裸で逃げ出すような所業を受けた時は、本気で善に殺意が沸いた、あれは酷い。
しかしそんな訓練も一週間続けていると段々慣れて行くもので、一ヶ月経った頃には卒なくこなせるようになっていた。
「予想以上に飲み込み速いね……存外天才肌?」
「嬉しいような嬉しくないような……」
「まぁ君の目標にはかなり近づけるしいいんじゃない?
本当はあと一ヶ月かける予定だったんだけど…出来るのに意味もないトレーニングやらせるのもあれだし、うん。予定変更、次のステップに移ろうか」
「次のステップですか?」
「そう、武器を使用した戦闘訓練ね」
午後12時を過ぎたあたりでご飯を食べる為に店で買ったご飯と善が余った煮物をオカズにしながら話す。
善の言う次のステップは実際に武器を使った訓練だそうで、善が持ってきた大き目の手持ち鞄の中を見てみれば、おかずを入れていたタッパの他に大ぶりのナイフや刀、ライフル等々が入っているのが分かる。
ライフル何て初めて見た。
教科書でもイラスト程度でしか見たことのないソレの銃口を見ていると自分に向けられている訳でもないのに、何故だか背筋が粟立った。
「あ、武器に慣れてきたら実際に不死者をぶっ飛ばしに行くからその気でね!」
「っ、はい」
最終目的は、不死者を狩る事
其の為には、あの恐ろしい生物を殺さなくてはいけない。
それは分っているが、未だに三か月前のあの光景が思い起こされるたび、体が竦む。
その恐怖を振り払うように耶生は頭を振った。
食事も終え、ついに武器選びが始まった。
「まずはナイフね」
「はい!」
大ぶりのナイフを受け取る。
ハンドルの部分には細かい傷があって、使い込まれているのが分かる。
しかし刃は新品のように綺麗で、少し触れるだけでも斬れてしまいそうなほど、研がれている。
刃の表面が反射し、耶生の顔を写し込む。
「じゃぁ、振り方ね」
そう言って善は小ぶりのナイフを取り出すと、それを下から上に切り上げるようにブンっと振る。
振り終わると、此方を見て「振ってみ」と指示を出されるので耶生は一つ頷き同じ風にナイフを持ち、振る……が。
「………」
「………」
「なんで?」
「さ、さぁ……?」
耶生は確かにナイフを握りしめていた、そのはずなのにナイフは彼女の手から飛び出すと、そのまま勢いよく天井に突き刺さる。
そして突き刺さったナイフは、ナイフ本体の重みにより徐々に抜けてストンと落下し地面に転がる。
パラパラと天井から屑が振ってくる中、流石の善もこれには困惑していた。
まぁ、当事者である耶生が一番困惑しているが。
痛いほどの沈黙が流れ、善はぎこちなく此方に顔を向ける。
「刀とかあるんだけど………やる気ある?」
「……や…ってみます」
そう言って耶生は善から刀を受け取る。
ナイフとは違い、かなりずっしりとした重みが手に使わる。
そうして鞘を抜こうとして
「待って、鞘は嵌めたままやって!」
真剣な顔で言われるので、耶生は鞘から手を離しそのまま柄を握る。
そうして先程のナイフ同様、善が木刀を両手に取り振り上げて振り下ろす。
シンプルであり、初歩的な動きだ。
それを終わると善は神妙な面持ちで「…今度は、絶対に手を離しちゃ駄目だよ」と言われ、耶生は頷く。
「では、やります」
「ちょ、待って!避難するから待って!!」
善はそのまま部屋の隅に逃げる。
前には布の山があって、そこから恐る恐る善が此方を見ている。
その様を見て、流石に大げさすぎやしないかと思いつつ耶生はギュッときつく柄を握りしめ
深呼吸を一つ、目をつぶって、あの不死者を思い浮かべ
「!!」
クワっと目を見開き、足を素早く、かつ大きく一歩踏み込んでブンっと勢いよく刀を振り下ろす。
瞬間、体中を駆け巡る達成感に近い感覚……。
(軽い、刀の重さをほとんど感じないみたいに。体が……自由に動く!今ならきっと不死者だって)
目を輝かせ、胸を高揚で高鳴らせながら、耶生は善の方を見る。
「見ましたか!ヨイさ」
そこで耶生の言葉はピタリと止まる。
善の姿がそこにはなかった。あるのは布の山だけ。
そうして気づく、耶生の手には本来ある筈の刀が無かった。
壊れたブリキの人形のように首をゆっくりと、ぽつんと置かれた布の山に向ける。
そしてそっとそっと奥を覗き込むと
「よ、よいさぁぁぁぁん!?」
善は目をグルグルと回して倒れていた。
額が赤くなっており、その近くには耶生の手からすり抜けたであろう刀が放り出されていた。
・・・・・
「ほんっとうにすみませんでした!!」
現在耶生は、目を覚ました善に全力の土下座を披露していた。
目を覚ました善は額に湿布を張りつけ、ため息を吐いている。
「うん、もうそれは良いよ。寧ろその後の処置について謝って欲しいくらいだし
なんでわざわざソフトクリームを保冷剤代わりに貰ってくるの?凄いベタベタしてて嫌なんだけど、嫌がらせ?」
「申し訳ございません!!!」
耶生の一振りで気絶してしまった善を前に気が動転した耶生はまずは冷やすものをと思った。
しかしここには保冷剤や氷などはなくどうしようかと考えた結果
初日に買って貰ったソフトクリームの存在を思い出し、急いで購入
それを善の額に押し当てたのだ。
その話を聞いた善はそれはもう深いため息を吐き、頭を抱えていた。
「君が予想以上に馬鹿なのはよく分かった」
「え、酷い」
「ん?」
「ナンデモゴザイマセン」
「とりあえず、ナイフとか刀は駄目だね、君握力はある筈なのに、何故か抜けちゃうし
ライフルは重さ的にキツイだろうし、ピストル一択かな」
「一応他にも武器はあるけど、見た感じ君じゃ無理でしょ」といって善はピストルを取り出し、渡す。
「後で試し打ちの的作ってあげるから、それまで勝手に引き金引いたりしないでね?絶対だよ?」
そう何度も念を押され、耶生も何度も頷いた。
・・・・・・・・
____4か月後
地区外に響く、ゴゴゴっという轟然たる地響きと共に、地面は一瞬にして抉れ、土や石が天に舞い上がる。
地面深くから姿を現したのは、6本の足を生やし、太く硬い尾を持った2メートル程度の不気味な生物
パッと見た感じではまるで虫のような見た目だが、その顔は犬のような顔をしており、その額には角が生えている。
そして何より目を引くものは、その犬の首だ。
蔦で彩られた首の中心部、そこにはギョロリとした紅い目玉が一つ生えている。
そんな化け物____不死者を相手取るのは、一人の少女、神無月耶生だ。
彼女は不死者の尾により周りの石達と共に、宙に巻き上げられるが、器用に体を捻り、着地する。
しかし、それだけでは終わらない。
不死者は虫のような細い足を振り上げ、振り卸す。
その足は耶生の腕を掠る。
ダメージは薄い、しかし細い足には細かい棘が多く、掠った部分の布が破け、彼女の白い肩に紅い線を作る。
しかしそんなものは気にも留めず、弥生は速度を上げ、不死者目掛けて走る。
目の前まで差し迫る二本の足
それを素早くホルスターから取り出したピストルで根元から撃ち落とす。
ダバダバダと黒い液体が弥生の顔や服に落ちる。
その体液を体に浴びながら、耶生は善に言われた言葉を思い出す
”不死者は元々人だったんだよ”
”えっ、人……なんですか?”
”元だよ元………あれらは”ホワアンヘル”っていう植物を原材料としたウイルスに”感染”した人間達の成れの果て”
”なれの……はて”
”そんな不死者の弱点は一つ”
体液を乱雑に腕で拭うと、弥生は不死者の攻撃をかわしつつ、標準を定める、狙うは一点
”不死者の種は”
「目!!!」
弥生の声と同時に銃口から打ち放たれる一発の銃弾。
その銃弾は一寸の狂いもなく不死者の紅い瞳目掛けて飛び、不死者の瞳を貫いた。
柔らかい眼球は意図も容易く一発の銃弾によって撃ち抜かれ
「ア”アッアァァァァァアアァァッッッ!!!!!!」
そんな絶叫と共に破裂する。
目玉が破壊されたことにより、不死者は糸が切れた人形のようにばたりと地面に倒れた。
はぁ、はぁと息が荒れる。
肩で何度も息を繰り返し、バクバクとなる心臓を抑える。
ああ、倒せた、本当に倒せた!!
あれから4か月
初めて触ったピストルに不安こそあれど、耶生は何とかマスターし、今、ここで一体の不死者を己一人で葬った。その興奮が胸に確かに広がる。
ピストルを撃った時の反動でビリビリと痺れる腕の事など気にならない程、脳内を埋め尽くすのは歓喜の言葉のみだった。
「初戦闘おつかれさん」
そこで善がヒラヒラと手を振りながらやって来る。
善は不死者を見て、確実に死んでいることを確認すると「中々うまくやったじゃん」と褒めてくれる。
ああ、でもこれで不死者殲滅隊に本格的に入隊することが出来るのだ。
その事実が嬉しくて嬉しくて仕方が無くて、耶生は善の肩を掴んで跳ねる。
「いやぁ、1年でも大分きついかと思ってたのに真坂半年足らずで終わるとは。今まで何人か指導してきたけど君がダントツだね、吃驚吃驚」
「えへへ…ヨイさん!これで私は不死者殲滅隊に」
「うん、これなら”試験”も何とかやってけそうだね」
「………え?」
試験、という言葉を聞いた瞬間、頭から冷水を掛けられたように一気に熱が冷めていく。
(しけん?しけんって……なに?)
思わずポカンとして耶生は善を見上げると、善は首を傾げる。
「あれ?言って無かったっけ?不死者殲滅隊に入隊するには入隊試験をパスしないと入れないよ」
「……………は?」
「いやぁごめんごめん、訓練の事で頭一杯で不死者殲滅隊の話するのすっかり忘れてたよー」
そうヘラヘラ笑いながら善は笑う。
あのあと”試験”と”まだ不死者殲滅隊に入れない”いう言葉を聞いて放心した耶生を善はE地区まで連れて帰ってくれたのだが
そこで漸く我に返り、問いただしたところ帰ってきた答えがこれだ。
常々抜けている人だし、何処かいい加減な人だとは思っていたが、そこら辺はしっかりして欲しかった。
私の喜びを返せ、という恨みを込めて睨めば善は「そんなに睨まないでよ」と眉を下げて笑う。
そうして一つ咳払いをすると、善は大き目の紙に文字を書いて説明を始める。
「試験の話の前にまず、殲滅隊の内部に付いて説明しとくね。
殲滅隊は大きく分けて4つの部隊に分かれてて
不死者との戦闘を主にしている”戦闘部隊”
不死者に付いての研究を主にしている”開発部隊”
裏切り者の処断や情報集めを主にしている”断罪部隊”
雑務や隊員のサポート、村の復興などを主にしている”支援部隊”
この四つの部隊がある。
あ、因みに戦闘部隊以外の部隊も時と場合によっては戦闘に駆り出されるね」
「どこも戦闘はするんですね」
「まぁね。そしてこれらの部隊に入るにはどこも試験が存在するわけだけど…。
因みにヤヨイちゃんは何処の部隊に入りたい?」
「私は………戦闘部隊に入りたいです」
「まぁだろうね」
善は予想通りと言いたげに頷く。
それにしても、殲滅隊は不死者をただただ殺す事だけの部隊だと思っていたからこんなに役割があるなんて思わなかった。
「じゃぁ戦闘部隊の試験内容だけ教えるね。戦闘部隊の試験は簡潔に言えばサバイバル」
「サバイバル?」
「まぁ詳しいことは言えないけど、不死者がうじゃうじゃ居る館で5時間過ごすって試験」
「え!?そ、それ死んじゃうんじゃ!?」
目を見開いて叫ぶ。
不死者がうじゃうじゃ居る時点でかなり危ないのに逃げ所にない館の中で5時間も過ごすなんて自殺行為に等しい。
「いや、館はかなりデカいから上手くやれば一回も遭遇せずに終わることもある、それに………………」
うじゃうじゃいる不死者たちと会わずに終われるほど広い館………どれだけ大きいんだろう
そう考えていると、善の言葉が途中で途切れる。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、ちょっと考え事」
そう善はヘラりといつも通りの表情で笑う。
「まぁそれでも遭遇する確率の方が高い
危ないって思うでしょ?でもね、館に居る不死者は特殊なんだ。
回復力が著しく低い個体ばかりだし、大きさはあれどそこまで重くも無いから踏まれても潰されて死ぬことはない。
まぁ普通に襲い掛かって来るから実力不足なら死ぬし不死者の大行進に巻き込まれれば流石に死ぬだろうけど、でも毎年死亡者は精々一人二人いるかいないか程度だから」
「思った以上に死亡者少ないんですね……ってことは、毎年かなりの人が受かってるんですか?」
「…いや、戦闘部隊の合格者数は毎年10人行かない事の方が多いね、殆どが不合格で終わる。
因みに前回は33人受けて2人しか受からなかったらしいよ」
2人、という少なすぎる数字に目を見開く。
確率は16分の1
死ぬことはないし、聞けば不死者を数体狩らないといけないっていう内容でも無いだろう。
なら、どうしてそんなに合格者が少ないんだろうか……善を見るが、善は静かに首を振る。
「試験の事は基本一般隊員には伝達されないんだ。隊長クラスの人間なら知ってるんだけどね。
大凡、どれだけ咄嗟に対応出来るかも見るために情報絞ってるんだと思うよ」
(確かに、知り合いに殲滅隊の人が居たら、試験内容をこんな風に教えてもらえるから
そこから対策とか立てることとかも出来ちゃったら試験にならないか)
試験内容を知ることは大人しく諦め、耶生は善の方を見る。
(この人は割といい加減だから、いや割とじゃない、かなり……)
だからこそ、そんな彼に今一番するべきであろう質問をする。
「…………試験日はいつですか」
「今回はスルーで次回参加してもらおうって思ってたんだけど…思った以上に君の成長が早いから。
実は一番近い試験って9日後に今年度後期の試験があったりするんだけど」
「!」
「出る気、ある?」
「次回となると後期だから…半年後になるけど」という言葉に耶生はすこし考え
「参加します、させてクダサイ」
「言うと思った」
真剣な表情をする耶生に宵は笑った。
おまけ
「弥生ちゃんって、料理とか出来るんだよね?包丁とか飛んでったりしなかったわけ?」
「え、あ、大丈夫ですよ!たまに気づけば野菜が潰れてることはありますけど」
「包丁使って切るものだよね?潰れるって何!?」